タイトル 高速赤外光空間通信技術の研究
秋葉 誠

写真 高速赤外光空間通信実験風景
はじめに

 来たるべき高度情報通信社会においては、多様なマルチメディア情報通信機器とそれらを結ぶネットワークが社会の隅々に浸透すると考えられ、更なる高速・大容量通信が必要となる。しかしながら、携帯電話などの急増によって無線通信に用いる電波資源はひっ迫してきている。こうした状況を緩和するために、光エレクトロニクス研究室では高速赤外光空間通信の研究を進めている。光空間通信には、大きな通信容量だけでなく高いビーム指向性がもたらす高秘匿性、回線間の低干渉性などの長所がある。これらの長所を生かすことにより、光空間通信は、通信媒体として大きな役割を担うようになると期待される。
 光空間通信機器は、室内の端末間通信あるいは屋外でのビル間通信に既に使用されているが、より一層の普及のためには、更に技術開発をする必要がある。室内用光空間通信では、多数機器間のワイヤレス・ネットワーク化が課題となり、屋外では悪天候による通信の信頼性劣化や通信速度の高速化などの問題がある。光空間通信へのアイセイフ(目に安全)な波長帯の赤外線(後述)の利用は、これらの問題を改善する有効な手段となり得る。現在我々は、通信速度622Mbps、到達距離4kmを目標とした屋外での高速赤外光空間通信の研究を行っている。以下では、この屋外赤外光空間通信を中心に話を進めることにする。

光空間通信における赤外線の特徴

 光空間通信では送信した光が、大気中の分子・エアロゾルまたは大気揺らぎなどで吸収・散乱され、受信光強度が低下するため、受信機に対しては高速かつ高感度が要求され、送信機においては高出力のレーザが必要となる。しかし、現在の光空間通信で使われている0.8μm帯の光は、目に対する危険性が赤外線に比べて高く、安全性(アイセイフティ)の問題でレーザパワーが制限されている。それに対し1.4μmよりも長波長の赤外線ではこの制限値が100倍も大きく、ハイパワーレーザが使えるのである。
 赤外線は、大気や背景光の影響に関しても優位性がある。大気の影響は、一般的に、光の波長が長くなるほど小さくなるので、赤外線は光空間通信に有利となる。また熱放射光や太陽光の散乱光などの背景光も信号光に混入することにより受信信号の劣化を招くが、短波長側から2μm 付近にかけて減少していく。しかし、水による光の吸収量は、長波長になるほど増大し、降雨時には短波長の光の方が有利になると考えられる。これらの条件から、アイセイフ赤外通信では波長1.5〜2.5μmの赤外線が適していると考えられる。

図1 BERの降雨量依存性
図2 光受信出力電圧の時間変動
赤外線の大気伝搬測定

 光空間通信に最適な波長帯および通信方式の決定には、通信に対する雨や霧などの天候の影響を知る必要があるが、こうした測定はほとんど行われていない。そこで我々は、波長0.8μmと1.55μmの2波長帯で光の大気伝搬測定を開始した。写真は、受信機側から送信機の置いてある建物を臨んだ写真である。送、受信機の最大口径はどちらも10cm、距離はおよそ70m、送信レーザパワーは6mW程度、ビットレートは155Mbpsである。受信光強度の時間的変動、ビット誤り率(Bit Error Rate“BER”)などのデータを、風速、降水量、湿度などの気象条件と共に、30分毎に取得している。今年度中に2μmでの測定も開始する予定である。
 図1に降雨量に対するBERの値を示した。全体としては、いずれの波長でも降雨量と無関係にBERが大きくばらついている。このばらつきは、雨滴の大きさによる光の散乱特性の違いによると考えられる。実際、小雨でも霧のある時には、1.55μmより0.8μmの方が受信光強度が減りBERが増大している。図2は、最大降雨量時での受信光強度の時間変動である。比較のため晴天時のデータも示してある。驚くべきことは、短時間ではあるが降雨時の方が受信光強度が強い場合があることである。このことは、受信光強度の低下が、吸収ではなく光干渉効果によることを示唆している。もしそうであるならば、補償光学などによって補正することも可能である。光干渉効果は波長依存性が大きいので、2μm帯での計測はこの問題に対する重要な情報を与えると期待される。

赤外空間通信の技術的課題と研究成果

 実際の使用だけでなく、光の大気伝搬の測定にもある程度の性能をもつ送、受信機が必要となる。特に重要な要素技術は、送信用ハイパワーレーザと高感度、高速光検出器である。
通信で使用される波長は、0.8、1.55、2.2μmであるが、0.8、1.55μm帯の技術開発は進んでおり、こうしたデバイスは手に入れることができる。しかし2.2μm帯では、レーザパワーも光検出器も通信用としては不十分であったため、我々は、2.2μm帯用の高感度、高速光検出器の開発を行った。一方レーザに関しては、設備などの関係で残念ながら着手しておらず、今後の課題である。
 空間通信用高速光検出器では、高感度化のために受光面を大面積にし受信光量を増やす必要があるが、面積の増大は容量の増大につながり高速化の妨げになる。また長波長赤外検出器では、検出器の面積の増大に伴い暗電流(光が入らない状態でも流れる電流)が増加することも問題である。我々は、InGaAs PINフォトダイオード(インジウム、ガリウム、ヒソを用いた半導体)内部の不純物量を調整することにより、これらの問題を解決し、直径100μmで容量1.5pF、遮断周波数1.5GHz、暗電流1μA以下の2.2μm帯光検出器の試作に成功した。また高感度光検出では、増幅回路の雑音を減少させることも重要である。我々は、低雑音かつ高速で動作する回路を考案し、周波数1.0GHzまで応答する光検出回路を製作した。この結果、1.55μmでこれまで最も高感度の検出器であったInGaAsアバランシェフォトダイオードを上回る性能を2.2μm帯で得ることができた。

赤外光空間通信の展望

 アイセイフ高速赤外光空間通信システムの確立により、室内においてはマルチメディア情報通信機器がワイヤレスかつ自由にリンクできる環境が提供され、屋外においては信頼性の高いフレキシブルな高速光空間通信LANが実現する。例えば、過疎地や林間地など光ファイバーを敷設するには費用が掛かり過ぎるといった状況おいて有効な代替手段となり得るし、可搬にすることで、災害時など広範な用途に対応できるようになる。通信の信頼性が増せば高度道路交通システムなどにも利用できるようになるであろう。また、学校や公民館などを結ぶ光空間通信ネットワークが完成すれば、情報・通信の教育に大きな貢献ができると共に、災害時の非常通信などにも使用できる。
 光エレクトロニクス研究室では、こうした用途への普及を促進するため、先に述べた技術をはじめとして、1.55μm、2.2μm帯の屋内光通信リンク、屋外光空間通信LANシステムの構築に必要な要素技術の研究開発を進めていくつもりである。
(光技術部光エレクトロニクス研究室)


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