あなたの真上に衛星を!
田中 正人

8の字衛星とは

 「真上に衛星があればどんなに便利だろうか。」これはおそらく衛星通信、特に自動車を対象とする衛星通信に携わってきた多くの人々の夢であろう。赤道上空3万6千kmの静止軌道上にある従来の通信衛星は地上からは静止して見え、日本からだと地面から見上げる角度(仰角)が約45度の南の空にある。ただし、仰角が十分に高くないため、自動車が都市部・住宅街を走行すると高いビルや狭い道路脇の家などで衛星からの電波が遮られてしまい、安定的に回線を維持できない(図1)。また、「イリジウム」のように、静止衛星よりも低い位置に多くの衛星を飛ばして電波のやりとりをする低軌道周回衛星は、非常に多くの衛星を飛ばせば高い仰角を維持できるがコストは高くなる。これらの問題を解決する衛星が、私達の提案している8の字衛星である。
 8の字衛星は3機の衛星が交代で日本上空に滞空する衛星システムであり、衛星の数が3機とコストがそれほど高くなく、ほぼ真上から電波を受けることが可能となる。都市部での移動体通信に適用可能な衛星システムとなることが期待され、車などで高速に移動しても回線遮断のない高品質な通信・放送サービスの実現が可能になる。
 8の字衛星の軌道は静止軌道を約45度傾斜させた円軌道であり、衛星の高度は静止衛星と同じ3万6千kmである(図2)。このため他の周回衛星のように、システムに障害を起こすバンアレン帯を通過することもない。衛星は地球の自転と同期して1日で軌道を1周回する。この衛星の衛星直下点の軌跡は日本とオーストラリアの上空に輪がある「8の字」を描くことから「8の字衛星」と呼ばれる(図3)。よって南半球のオーストラリアでも同じシステムを使って同様のサービスができるという利点もある。衛星の進行方向は図3に矢印で示している。日本に対して8の字衛星を使う場合は、図3の軌道上に等間隔で配置された3機の衛星を8時間毎に切り替えながら最も仰角が高くなる衛星を用いてサービスを行う。衛星の切り替えは図3でS3と表す衛星が日本から遠ざかるとS1の衛星が接近してきて、両者の仰角が等しくなった時に衛星を切り替えることになる。衛星が運用される8時間は図3の8の字の上側約1/3に相当し、衛星は日本列島を中心に時計回りにほぼ3/4周運動する。
 8の字衛星の仰角は東京・大阪など太平洋岸の大都市で約70度以上を確保でき、日本全国でも約65度以上を確保できる。衛星の数を増やすことにより、仰角は更に高くできる。例えば、衛星4機の場合は、東京で約80度、日本全国でも約70度以上の仰角を確保できる。


図1 都市部での高層ビルと衛星仰角

図2 8の字衛星の軌道
(1衛星の場合)

図3 衛星直下点の奇跡

通信放送技術衛星(COMETS)による衛星電波受信実験

 80度以上の高仰角での衛星電波受信実験を通信放送技術衛星(COMETS)を用いて行った。COMETSは1998年に打ち上げられたが静止軌道の投入に失敗し、周回衛星となった衛星である。COMETSの軌道は日によって衛星の仰角が変化し、最大で仰角80度以上となることがあった。実験場所は高層ビルの密集する東京丸ノ内である。COMETSから送信された20GHz帯の電波を走行中の実験車で受信した際の受信レベルの変化の一例を図4に示す。横軸が走行距離で、縦軸が受信電力である。上の図が静止衛星の仰角にほぼ等しい仰角47度の際の測定結果、下の図が準天頂衛星の仰角に相当する仰角80度の際の測定結果である。両方とも走行場所は同じである。仰角47度の際にはビルによる電波遮蔽(ブロッキング)の影響がかなりあるが、仰角80度ではブロッキングが大幅に改善され、ビルが密集した都市部においても回線遮断の非常に少ない高品質な通信が行えることが確認された。

利用形態

 8の字衛星の利用形態としては、以下の4つが考えられる。

(1)自動車向け移動体通信
 高品質な通信を提供できることに加え、衛星が常にほぼ真上に見えることから車側のアンテナは10円玉サイズ程度の簡易な無追尾アンテナでよく、カーナビ用のGPS受信機のような安価で小型な車載局が実現でき、一般に広く普及する可能性がある。また、高利得の追尾アンテナを用いれば車から画像伝送が可能となり、回線遮断が少ない状態で、例えば救急車からの医療画像伝送ができるようになる。

(2)固定衛星通信での周波数共用
 静止衛星による固定衛星通信では主にKuバンドが利用されているが、CS放送など多彩なアプリケーションが続々登場してきており、周波数のひっ迫や、静止軌道の過密化が進んでいる。8の字衛星は地上局から見ると静止衛星の方向から常に20度以上離れて見える。このため、CS放送などに使用される指向性が鋭いアンテナを使えば、8の字衛星からの電波と静止衛星からの電波を混信しないで受信できる。従って、静止衛星が使用中の電波を共用できるようになり、周波数資源の有効利用が図られる。

(3)測位
 衛星測位システムで測位誤差が最小となる理想的な配置は図5の左図のように、1機の衛星を天頂に、3機の衛星を120度間隔の方位で低仰角に置くものである。GPSは全世界のどの地点に置いてもこの理想的なフォーメーションを作り出すために24機の衛星を使用している。これに対し、図5の右図のように8の字衛星と静止衛星3機を組み合わせると、理想的なフォーメーションから少しずれているため多少精度は落ちるものの、低コストで国内向けの衛星測位システムの構築が可能である。このような測位システムでは、すべての衛星が見える地上局に基準時計を持たせ、その基準信号をもとにした測位信号を各衛星経由でユーザに送るシステムにすると、GPSのように各衛星に原子時計を搭載する必要が無くなるという利点もある。

(4)南極域・北極域の観測
 地球の極域は、地球物理、地球環境、天気予報の観点から見て興味深い地域である。極域の観測は静止軌道からは困難であり、低い高度の極軌道が一般に用いられる。ただし、このような軌道の観測衛星では同じ地域を観測するのに何日も待たなければならないため、雲の動きやオーロラの変化といった広い地域で起こる現象の時間的変化を連続的に観測するのに適していない。これに対して、8の字衛星からは極域を斜め45度方向から見ることができる(図6)。このため極域の変化の早い気象現象等を連続的に、しかも毎日観測可能である。

図4 COMETSによる衛星電波受信結果 図5 衛星測位システム

  図6 8の字衛星から見た地球
おわりに

 8の字衛星は今までの静止衛星や周回衛星ではできなかったサービスを提供することが可能であり、実用化が期待される。
 実は、日本のような中緯度地域を対象として高仰角をねらった8の字衛星システムは、1972年に電波研究所(現、通信総合研究所)が世界で初めて提案したものであり、今後も日本がオリジナリティを発揮していける分野であると確信している。

(鹿島宇宙通信センター宇宙通信技術研究室長)




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