タイトル 航空機搭載雲レーダSPIDERの研究開発
黒岩 博司


写真1 航空機搭載雲レーダSPIDERの外観
1 はじめに

 雲はもっともありふれた気象要素の1つであり、降雨や日射量などを通じて気候に大きな影響を与えている。また近年重要な社会問題となっている地球温暖化は主として二酸化炭素などの排出ガスの増加によるものと考えられているが、雲もこの温暖化に大きく関係している。すなわち雲は遮蔽効果により地球表面に到達する太陽エネルギーを減少させる一方で、地球表面から宇宙へ放出される熱を閉じ込めるという効果がある(図1)。地球温暖化の高精度予測のためには雲の世界的分布を測ることが非常に重要である。このように雲は気象や地球温暖化に重要な役割を果たしているが、これまでは気象衛星ひまわりの画像で示されるように雲の表面分布(雲の上端のみが見える)しか観測されていなかったため、地球温暖化の高精度予測は困難であった。雲レーダはこの弱点を克服し、雲の内部構造を観測するレーダである。我々が研究開発を進めている雲レーダによって雲底高度、雲頂高度、雲水量、雲氷量などの気象学的に重要なパラメータが得られ、また衛星搭載雲レーダによって観測される雲の世界的分布データは、地球温暖化の評価および予測に大きく寄与すると期待されている。

2 通信総合研究所(CRL)における雲レーダの研究開発経緯


図1 地球放射収支における雲の役割
 雲粒は雨粒よりはるかに小さく(約100分の1)、雲レーダは降雨レーダに比べて大幅に高感度化されることが必要である。そのため、雲レーダの周波数としては降雨レーダよりはるかに高い周波数(95GHz帯)が用いられる。ところがこのような高い周波数で安定して動作する高出力送信機が従来存在しなかったため、雲レーダの開発が始まったのは極く近年のことである。95GHz帯において出力1.5KW程度の送信管が実用化され、現在では欧米のいくつかの研究機関において地上設置型の雲レーダが運用されている。
 当所では諸外国とほぼ同時期にあたる平成7年度に、広範囲の雲を短時間で観測出来るため応用が広く、また将来の衛星搭載雲レーダの基礎技術習得にもなる航空機搭載雲レーダの研究開発を始めた。そして平成10年1月に初の航空機実験を実現し、これまで3回の航空機実験を行ってきた。装置の不具合等により未だ十分な観測データを取得していないが、観測性能はほぼ設計どおりであることが確認されている。雲レーダでは降雨レーダの場合に比べ、測定量であるレーダ反射因子(Z因子)から必要とする雲の微物理量(雲水量、雲氷量など)を求めるアルゴリズムに未知の要素が多い。アルゴリズム開発のために、理論検討とともに比較参照データを含む検証実験を行っており、また航空機および衛星搭載降雨レーダ(TRMM降雨レーダ)で開発されたアルゴリズムの活用も検討している。

3 航空機搭載雲レーダSPIDERの概要

 CRLで開発した航空機搭載雲レーダ(SPIDER : Special Polarimetric Ice Detection and Explication Radar)は、偏波、ドップラーを測定できる多機能レーダである。一方向だけでなく、広い範囲の観測を可能とするため、送受信機を収納しているユニットとアンテナは一体となって回転出来るようになっている。写真1は航空機(ガルフストリームII)に搭載された時の外観であるが、アンテナは航空機の進行方向に直交して最大+40度〜−90度(直下方向が0度)走査することが可能である。
 SPIDERの観測データ例を図2、図3に示す。図2は平成11年6月に航空機実験で取得した航空機直下方向の観測データであり、図3は平成12年2月にSPIDERを地上に設置し、天頂方向を観測した時のデータである。縦軸はいずれも高度であり、横軸は図2では水平距離、図3では時間である。レーダエコーは距離分解能150m毎に得られており、エコー強度は色分けして表示されている。これらの観測データから、SPIDERにより雲の垂直分布構造が明瞭に捉えられていることが分かる。但し、レーダエコー強度は雲粒の組成(水または氷)および粒径分布に依存するため、SPIDERの観測量から雲の微物理量が直ちに導かれるわけではない。図3の地上観測では、気象研究所の協力を得て雲粒の直接サンプリングを実施し、またマイクロ波放射計やライダーによる観測も同時に実施した。これらのデータを比較照合することにより、雲レーダの性能評価とともにレーダエコー強度から雲の微物理量(雲水量、粒径など)を導出するアルゴリズムの高精度化についての研究を現在行っている。


図2 航空機実験観測データ例(平成11年6月。横軸は水平距離)

図3 地上実験観測データ例(平成12年2月。横軸は時間)
4 衛星搭載雲レーダに関する国際ワークショップ

 地球温暖化は緊急の課題であり、衛星搭載雲レーダ実現への期待が近年特に強くなっている。実際に米国航空宇宙局(NASA)では雲レーダを搭載するCloudSat衛星計画を2003年打ち上げ目標に進めており、ヨーロッパ宇宙機構(ESA)では雲レーダとライダーを搭載する地球放射ミッション衛星の実現に向けた取り組みを行っている。我が国でも宇宙開発事業団(NASDA)のミッション実証衛星(MDS)−3のミッション公募に対して、衛星搭載雲レーダのミッション提案をCRLが中心になって行っている。このような情勢を踏まえ、雲レーダ、ライダー等の技術開発の現状と計画、これらの観測データから期待される成果について討論する「第一回衛星搭載雲レーダに関する国際ワークショップ」を平成12年1月24〜26日、つくば国際会議場においてCRL主催で開催した(ドイツGKSS、地球科学推進機構(ESTO)、科学技術庁等協賛)。会議には国内外の研究者約80名以上が参加し、研究開発のレビュー、最新の研究成果の報告、情報交換、討論が熱心に行われた。世界的な研究者が参加した本ワークショップは、研究交流の一層の促進、また将来の衛星搭載雲レーダ実現への弾みとなる大変意義深いワークショップとなった。

5 おわりに

 航空機搭載雲レーダSPIDERの研究開発は、まだ性能評価およびアルゴリズム高精度化の段階であるが、既にその気象観測としての有効性も示されつつある。今後は外部研究者と連携した観測実験を行いながら気象研究への貢献を図っていく予定である。SPIDERによる研究開発と並行して衛星搭載雲レーダの開発は今後本格化していくと期待されるが、SPIDERを用いた研究開発成果をこの衛星搭載雲レーダの開発に今後大いに活用していく計画である。

(鹿島宇宙通信センター 地球観測技術研究室長)

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