12

前号 | 次号 | NICTホームページ


高分解能リアルモデルによる高精度な数値 - シミュレーションをさまざまな分野において促進

長岡智明 (ながおか ともあき) - 無線通信部門 生体EMCグループ 専攻研究員

2004年北里大学大学院医療系研究科修了。2004年10月より生体EMCグループの専攻研究員。現在、数値人体モデルの高精度、 高機能化に従事。博士(医学学)


はじめに

近年の電波利用技術の発達により、さまざまな場所で電波が利用されるようになってきています。そして今後はユビキタス ネットワーク技術の普及が見込まれており、携帯電話だけでなく、さまざまな情報処理端末が身体のさまざまな部位に 取り付けられて、無線で通信を行うことが予想されています。一方、携帯電話などから発射される電波による健康への 影響についての感心も高まっており、現在では、電波に対する防護基準が設定されています。この防護基準は電波が 人体に吸収されることによる熱的な影響(熱ストレス)が根拠となっており、その指標として人体各部に吸収される 単位重量あたりの電力、すなわち比吸収率(SAR:specific absorption rate)が用いられています。したがって、 先に述べたユビキタスネットワークのような電波利用形態に対して、適切な電波防護を行うために、これらの機器から 発射される電波によるSARを正確に求めることが必要となると考えられます。

実際の人間の体内をセンサーで走査することはできないので、SARを求める際には人体を模擬した数値モデルを利用した 数値シミュレーションにより推定することが重要になります。これまでに、携帯電話によるSARを評価するため、人体頭部の 数値モデルによるSAR計算が行われてきました。しかし、体のさまざまな部位の近くで無線機が利用されると考えられる ユビキタスネットワークに対応するためには、人体全身の数値モデルが必要となります。

これまで、いくつかの研究グループによって全身モデルが開発されてきています。しかし、これらの数値人体モデルは いずれも欧米人の解剖学的データに基づくモデルであり、平均的な日本人体型からかけ離れていること、女性モデルが これまでに開発されてきていないこと等の問題がありました。そこで、無線通信部門電磁環境センター生体EMCグループでは 北里大学・慶応義塾大学・東京都立大学との共同研究により、我が国で初めての日本人平均体形を有する成人男女の 全身数値モデル「モデル名 TARO(男性)とHANAKO(女性)」を開発してきました(図1)。そしてこの度、開発した数値 人体モデルのデータベースの無償公開を開始しました。

数値人体モデル

数値人体モデルとは、人体(組織・臓器)の形状を微小な要素の集合体として表現したもので、各微小ブロックに筋肉、 脂肪といった組織・臓器名を示す番号を付与したものです。その組織・臓器に対応する電気定数を与えることで電波が 人体に吸収される様子(図2)をシミュレーションすることができます。本人体モデルデータベースは、日本人成人男女の 平均身長と平均体重に合致したボランティアのMRIデータに基づき開発され、2mmの空間分解能をもち、51の組織・臓器を 有しています。数値人体モデルの開発後に、医学監修作業や解剖学的データの解析を行なった結果、本人体モデルデータ ベースが、以前に開発されてきた人体モデルデータベースに比べて空間分解能や同定組織・臓器数に優れていることや、 身体各部位の寸法や臓器重量も日本人の平均値に近い値を有していること(図3、図4)が明らかになりました。

このモデルは電波と人体との相互影響を調べる目的だけではなく、弾性係数や放射線吸収係数等をモデル内で設定する ことにより、例えば車が衝突した場合の搭乗者の被害解析や癌患者のための放射線治療計画作成等の様々な分野に応用が 可能です。

無償データ公開

優れた特性を有している数値人体モデルに対して、我が国のみならず、海外の研究者からもモデルデータの提供・公開の 要望が数多く寄せられてきました。そこで人体モデルの開発グループでは、これらの要望に応えるとともに様々な研究分野で 幅広く利用してもらうために、利用条件やデータベースの配布方法等について検討してきました。そして、人体数値モデルの データベースの著作権をNICTに一本化し、NICTを窓口に人体モデルデータの配布を行なうことになりました。データベース 公開対象としては、当面は非営利の研究利用目的に対して無償で数値人体モデルのデータベースを公開することにし、 2004年11月1日より 数値人体モデル公開Webページ上でデータ利用の申し込み受付を開始しました。

おわりに

数値人体モデルについては、現在も組織種類の追加や内部組織・重量の標準化等の改良を進めており、定期的にデータベース のバージョンアップを実施する予定です。また、任意の姿勢・体型・解像度に変形可能な高機能化人体モデルの開発も 進めています(図5)。今回の数値人体モデルデータ公開は非営利の研究利用を対象としていますが、今後、営利目的の 利用に対する有償のデータ公開についても検討しています。


Q. そもそも"電波の人体影響"とは何ですか。
A. 電波が人体に吸収されることで生じる、熱的影響(熱ストレス)などが考えられています。そこで、 携帯電話端末などの電波については、熱作用に基づいた電波防護指針が定められているほか、体内への電力の吸収量の 指標が用いられています。これら電波が人体に及ぼす影響については、50年以上にわたって世界各国で研究が行われています。
Q. 他に公開されている人体全身を模擬した数値モデルはありますか?
A. すでに、欧米では数種類の全身数値モデルが開発されているものの、無償公開されている数値モデルは、 米軍の研究所が開発したモデル(身長187.1cm/体重105kg /組織臓器数43)だけです。また、いずれの欧米モデルも男性で 日本人の体格から大きくはずれています。

これからの応用にも期待
このモデルが完成したことで、電波と人体の影響について調べること以外に、外から与えられた力に対する物質の変形を あらわす係数である弾性係数、放射線の吸収係数をモデル内に設定することで、交通事故などの人体の被害解析をはじめ、 ガン患者の放射線治療の計画作成など、多くの分野での応用が可能です。また、今後、高機能化人体モデルの推進によって、 数値モデルを各年齢層(子供から老人)の平均体型に変形させての評価や、携帯電話で通話している姿勢に変形させての 評価が可能になります。