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EMC分野の研究拠点をめざして

鈴木 良昭 (すずき よしあき) - EMCユニット長

はじめに

多くの機器が無線端末になるユビキタスネットワーク時代には、無線通信と有線通信の共存、機器の誤動作、電波の生体影響、 さらに微弱な電磁波を受信することによる情報漏洩などの課題が生じます。このような状況下で、NICTが掲げるICT社会の 「安心・安全」を確保するには、ICT技術の開発に加え、EMC(Electromagnetic Compatibility: 電磁両立性)を高め、 良い電磁環境を保つことが必要です。EMCユニットは調和のとれた電波利用促進を実現し、良好で安全な電磁環境のための 研究活動を推進しています。

3つのEMC

EMCには3つのカテゴリーがあり、EMCユニットは個別に「評価」「評価するための測定技術開発」を行っています。 カテゴリー別EMCへの取り組みを紹介します。

機器のEMC

機器からの妨害波の評価とその低減のための研究を行っています。様々な機器のEMC(エミッション、イミュニティ)測定法の 研究開発や国際/国内標準化に貢献しています。本年7月、CISPR(国際無線障害特別委員会)はPCをはじめとするITE (情報技術装置)からの放射妨害波の規制をこれまでの30MHz-1GHzから、6GHz まで拡張することを決定しました。これに 対応するため、1GHz以上の測定サイトの評価法について検討を行っています。また、国内標準化(情報通信審議会答申)への 準備を開始しました。これに加え、最近特に重要性が高まっている電磁波セキュリティに関する研究を,NICT情報 セキュリティユニット、IST(電磁波セキュリティを中心検討課題としている民間機関)と協力して進めています(図1)。

PCやプリンタからの漏洩電磁波の測定および画像・印字情報再現実験を行い(図2 )、電磁波セキュリティの基準策定や 測定法の標準化に貢献しています。また、電磁波セキュリティの対策に必要な測定技術の開発も行っています。さらに、 漏洩電磁波の測定に用いるプローブそのものを高感度化し、ミリ波帯までの微弱な電磁波を正確に測定する研究開発にも 着手しました。電気・磁気光学結晶を用いてプローブの高精度化を図り、材料の微細加工や集積化、さらに光エレクトロ二クス 技術や高周波電子回路技術等を駆使して、高精度・高感度な近傍電磁界測定システムを実現します。

さらに、普及が進んでいる電波時計が、各種の電気機器等から受ける電磁干渉の可能性を評価するために長波帯の電磁環境の 測定・評価をしています(図3)。

生体のEMC

電波の生体影響を明らかにし、安心・安全な電波利用のための研究を行っています。 携帯通信端末等の電波防護指針適合性試験法の開発評価を行い、総務省告示やIEC国際標準規格の制定に貢献しました(図4)。 また、日本人成人平均数値人体モデルを開発し、国内外の非営利研究機関へ無償貸与しています(現在約30機関)。さらに 生体影響評価のための動物実験用曝露装置を開発し、医学・生物学研究機関との共同研究を行っています。

通信のEMC

ブロードバンド、ユビキタスネットワーク社会における電磁環境と調和の取れた通信システム構築の研究を行っています。 電磁妨害波の評価法であるAPD(振幅確率分布)について、妨害波による通信障害との関連を実験的、理論的に明らかにし (図5)、身の回りの電気・電子機器から発生する電磁妨害波の新しい評価指針としてCISPR標準に採用されました。また 3軸型電磁環境測定車(図6)、マイクロ波電磁界イメージング装置を開発し、電磁環境の把握や予測を進めます。さらに 無線LAN、UWB等の新しい通信システムによる電磁環境への影響や、干渉対策をさまざまな角度から評価しています。これらの 研究活動を通して、ブロードバンド、ユビキタスネットワーク時代に向けた電磁環境の保全に貢献しています。

その他の活動

この他、紙面の関係で詳しくは紹介できませんが、総務省からの委託による無線機器の型式検定や、電波法に基づく無線設備の 機器の較正の実施とそれに必要な較正法の開発、さらにはレーダスプリアスの低減・測定法、アンテナ一体型無線機等の 次世代無線設備の実効放射電力の測定法についても検討を行っています。

今後の展開

これらの研究活動を通じて、電子機器からの情報漏洩・通信への干渉防止、無線機器による電子・医療機器の誤動作・他の 無線局への干渉防止、生体防護指針の策定に貢献していきます。


Q. エミッションやイミュニティとは何ですか。
A. エミッション(Emission) は、放射物や発散物といった意味ですが、EMCの分野では、本来、電波を出さない電子機器等から、 電磁妨害波が漏れ出てしまうことを言います。一方、イミュニティ(Immunity )とは免疫といった意味ですが、電磁妨害波の 影響を受ける側の耐ノイズ性(本来持つ性能を低下させずに正常に動作する能力)のことを言います。従って、EMCの問題を 解決するには、発生側のエミッションを低くする一方で、影響を受ける側のイミュニティを高めることが重要になります。
Q. 医学・生物学研究機関とも共同研究を行っているとのことですが、どのような内容・成果があるのですか。
A. NICTではWHO(世界保健機関)や総務省と連携して、国内外の医学・生物学研究機関と様々な実験を進めています。具体的には、 発がんへの影響・脳機能への影響・眼球への影響・疫学調査等を実施しています。これまでに行ってきた研究では電波防護 指針値以下の電波が健康に有害な影響をあたえることがないことを確認しています。これらの研究の詳細は 総務省のホームページで紹介されています。

3つのカテゴリーで安全で豊かなユビキタスネットワーク社会を
ユビキタスネットワーク社会では、電波の利用がより身近になってきます。すると、様々な電波による電子機器への干渉や 生体への影響の懸念が生じてきます。ユビキタスネットワーク社会実現には調和の取れた電波利用促進が重要です。EMCの 研究開発は、より安全で豊かなユビキタスネットワーク社会を実現するための「縁の下の力持ち」の役割を果たしています。