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ミリ波帯高出力トランジスタへの応用を目指して

東脇 正高 (ひがしわき まさたか) - 無線通信部門 ミリ波デバイスグループ 主任研究員

2000年通信総合研究所(現NICT)に入所。主に、窒化物化合物半導体の結晶成長、デバイスプロセスに関する研究開発 に取り組む。博士(工学)


はじめに、そして現状

我々は、ミリ波周波数帯でさまざまな応用が可能な窒化ガリウム(GaN )トランジスタの研究開発を行っています。 一般的に、トランジスタの動作周波数を上げるためには、電流をコントロールするゲート電極のサイズを小さくすることが 重要になります。実際、年々進歩するパソコンの性能評価の目安となるプロセッサ動作周波数の向上は、プロセッサ内の トランジスタにおいてシリコンを材料として用いている点や、トランジスタ構造の基本的な構成はここ数十年変わらず、 単純にデバイスプロセス技術の向上によりゲート長を年々微細化することによって実現しています。つまり、ゲート長を 小さくすることは、そのままトランジスタの動作速度の向上(動作周波数の増大)につながります。図1に我々の開発した GaNトランジスタの断面模式図を示します。図1に示すように、マッシュルームに似たゲート電極の足部分の横幅が、 ゲート長に相当します。トランジスタの動作速度は、このゲート電極直下を電子が通過する時間で決まるので、ゲートをいかに 小さく作るかがトランジスタの動作周波数向上には重要です。30GHz以上のミリ波帯動作を可能とする超高周波特性を実現する には、ゲート長をおおよそ0.1µm以下程度まで微細化することが必要となります。しかし、ゲート電極を微細化する ことにより高周波化が実現されますが、サイズが小さくなったことにより動作時にゲートに加える電圧は同じであっても、 ゲート長に反比例して電界が著しく増大します。その結果、トランジスタの動作電圧を小さくする必要が生じ、低電圧、 低出力動作を余儀なくされ、高い周波数特性を得ることと引き替えにトランジスタの扱える電力は急速に減少するという問題点が 残ります。実際、耐圧を超えるとゲート電極と半導体の接している部分が、高電界により発生する熱に耐えきれず焼けこげて しまったりします。そのため、従来のシリコン、ガリウム砒素、インジウム燐を材料としたトランジスタの場合、ミリ波帯以上の 高周波領域で高出力を効率良く得ることは困難です。パソコンのプロセッサなどの場合は、出力は基本的に関係なく耐圧は あまり問題になりませんが、無線送信機などに用いる場合は高出力であることが非常に重要となります。GaNを材料とする トランジスタの場合、GaNそのものが材料的に非常に丈夫であるために、高耐圧化が可能で高出力用途に適しています。 現在GaNトランジスタについては、高耐圧、高出力という特性を生かすべく、2GHz帯の携帯電話基地局への応用を目指し、 国内外の大学、企業などの研究機関で活発な研究が行われています。しかしながら、こうした強い要望があるにもかかわらず、 より周波数が高い領域に相当するミリ波帯での応用を目指したGaNトランジスタの研究開発はほとんど報告されていないのが 現状です。

GaNトランジスタの高周波化

トランジスタの高周波特性を向上させるためには、前述のようにゲート長を短縮することが重要です。しかし、ゲート長 0.1µm以下の極微細ゲートトランジスタになると、前述の耐圧の問題以外にも微細化に伴うさまざまな問題点が出てきます。 我々は、GaNトランジスタ構造を作製するための結晶成長技術において、RFプラズマ分子線エピタキシー(RF-MBE、写真1参照)と いう方法を用い、構造に工夫を凝らすとともに、電極、表面保護膜等を作製するデバイスプロセス技術に関しても試行錯誤を 重ねて問題点を一つずつクリアしてきました。その結果、GaNトランジスタの動作速度(動作周波数)の大幅な向上に 成功しました。現在、高周波特性においては、GaNトランジスタとして世界最高速記録となる電流利得遮断周波数(fT)163GHz、 最大発振周波数(fmax)192GHzを達成しています(図2 )。これらの値は、これまでのGaNトランジスタの記録より30%程度 高速動作が可能になったことを意味しています。他の半導体材料によるトランジスタとの比較では、最も良く用いられる シリコントランジスタの動作周波数を大幅にしのぎ、現在自動車レーダー等に応用されているガリウム砒素トランジスタと 肩を並べるレベルにあります。つまり、高速性は既存の半導体と比べて同等かそれ以上、高出力性は数十〜数百倍という トランジスタを実現することができました。一般的にトランジスタには、実際に送信機等の回路内で動作させる周波数において 十分な利得を得るためには、その動作周波数の2-3倍のfT、fmaxが要求されます。そのためこれらの結果は、GaNトランジスタの 応用可能な周波数領域を50-60GHz以上へと引き上げたことを意味し、他の半導体材料では不可能であったミリ波帯における 高出力トランジスタの実現に大きく近づいたことになります。

成果のまとめと、今後

これまでの我々の研究成果は、高速無線LAN、次世代の高度道路交通システム(ITS )、人工衛星の搭載機器用無線装置などの 応用的観点から、ミリ波帯の中でも特に利用価値が高いと注目されているV帯(50 −75GHz )へのGaNトランジスタ応用を 初めて現実のものとしました。現在、結晶成長技術、素子構造、作製プロセスの改善を図り、より一層の高速化、高出力化が 可能であると考え、さらなる研究開発を継続して行っています。


Q. そもそもミリ波とは、どういうものですか。
A. 30GHzから300GHzまで(波長10oから1o )の無線周波数のことです。ミリ波の特徴としては、周波数が高いことから 広帯域伝送が可能なほか、使用するアンテナや送受信装置の小型化や軽量化が可能です。また、光の性質に近く直進性が 強いのも特徴で、短距離の広帯域情報通信に適しています。しかしその反面、降雨や降雪、さらに雲などの水粒に弱い (減衰を受けやすい)性質もあります。
Q. 窒化ガリウムとは、どんな物質ですか。
A. 化学式ではGaNと表される、窒素とガリウムからなる化合物半導体です。青色発光ダイオードや青色レーザーダイオードの 材料として一躍脚光を浴びました。窒化ガリウムは化学的に非常に安定した物質です。また他の半導体と比較すると、 非常に高耐圧な材料であるにもかかわらず、電子の飽和速度が比較的高いなどの特性を有し、今後電子デバイスへの応用も 期待されています。

次世代ITSで実用が期待される、窒化ガリウムトランジスタ
窒化ガリウムトランジスタの研究成果で、その利用が期待されている分野の一つに、次世代ITS(Intelligent Transport Systems: 新しい交通システム)があります。現在のITSでは、VICS(道路交通情報通信システム)、DSRC(狭域通信)、 ETCなどが知られていますが、次世代ITSでは、ミリ波帯の60〜76GHz を利用した、車々間通信が登場すると考えられています。 車々間通信は、事故情報、緊急車両の接近、急ブレーキ注意、飛び出し注意などの情報を、周りを走行する車同士でやり取りを 行うものです。窒化ガリウムトランジスタは、利用性が高い50〜75GHz の領域で動作する素子の開発が進行中で、5〜6年後の 実用化を目指して、産業界と連携した応用研究も進められています。