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巻頭インタビュー

宇宙から食品、医療、セキュリティと幅広い応用範囲に期待 世界が注目するテラヘルツ技術研究 新世代ネットワーク研究センター 先端ICTデバイスグループ グループリーダー 寳迫 巌

これまで利用が進んでいなかった「テラヘルツ帯」はセキュリティや安心・安全のための技術として幅広い応用が可能です。実用になる小型で高性能な装置の開発が進んでいます。

さまざまな分野に応用が広がるテラヘルツ技術研究とは

―テラヘルツ技術研究の内容を教えていただけますか。

寳迫 我々がターゲットとしているのは、光も含めていろいろな周波数帯のデバイス開発を通じて周波数の利用効率を上げることです。その中で、周波数帯の中のテラヘルツ帯と呼ばれる部分、電波と光の中間くらいの電磁波周波数の研究開発を行っています。
 テラヘルツ帯は、電波法で3THz(テラヘルツ)以下の周波数帯と規定されています。今、よく利用されている電波の周波数帯の上限はミリ波帯で、最近になってミリ波帯の上、60GHzや125GHzといった周波数が使われ始めたところですが、100GHzよりも上の、例えば300GHz〜10THzの周波数は、まだほとんど手が付いていない状況です。そのほとんど手が付いていない部分の研究開発をやっていこうというのがテラヘルツ技術の研究です。

テラヘルツ帯の説明図

―テラヘルツ技術を使うと何ができるのでしょうか。

寳迫 例えば、南米チリに建設中の電波望遠鏡ALMA(アタカマ大型ミリ波サブミリ波干渉計)では、数十GHzから1000GHzぐらいまでの電波帯を幾つかのバンドに分けて観測します。また、天文衛星「あかり」には遠くの銀河や星の形成を観測するための3THzぐらいのイメージャーが搭載されています。こうした宇宙での利用分野だけでなく、もっと身近な農業とか食品分野、セキュリティ関係、バイオテクノロジー、薬や医療、いろいろな工業製品、さらにはITにも使えるのではないかと、基本的な研究開発を進めているところです。

―具体的な研究開発ターゲットというものはありますか。

寳迫 我々のテラヘルツプロジェクトは2006年からのスタートでまだ日が浅いのですが、それ以前に内外で行われていた研究では、実用になるものがあまりありませんでした。そこで実際に使える装置を作ろうということをターゲットにしています。具体的にはリアルタイム表示可能なテラヘルツ帯のイメージカメラや分光分析が可能な小型システム、テラヘルツ帯を使うためのデバイスといったものを開発していきたいと思っています。利用分野としては、最近問題になっているセキュリティや安心・安全の分野を考えています。例えば、X線や赤外線では見つけられない毒物などが食品に混入していても見つけられるような装置ができたら面白いなと思っています。

―パッケージされた食品でも異物混入の確認ができるわけですか。

寳迫 テラヘルツ帯電磁波は、水分はほとんど透過できませんが、氷はそこそこ透過できます。冷凍食品は検査のターゲットとして良いと考えているのですが、金属は透過しないのでアルミが蒸着しているような包装の食品はチェックできません。しかし、テラヘルツ技術を利用した検査で安心が確保できることが世間に受け入れられれば、包装自体が金属蒸着以外のものに変わることもあるかもしれません。

―2008年の冷凍餃子問題のようなことにも使えますね。

寳迫 問題になった農薬はテラヘルツ帯に特徴的なスペクトルがあるので、測定器の感度が十分に高くなれば検出できると思います。実現できれば非破壊・非接触検査の新しい方法になると言えるでしょう。

―セキュリティ分野にはどのように使われるのでしょうか。

寳迫 テロ対策として、ポケットの中の銃器や爆薬などを検査できるのではないかと言われています。数百GHzといったテラヘルツ帯の中でも低い周波数帯でそうしたものを開発した会社があって、既に使われているという話もあります。

実時間・小型可搬テラヘルツイメージング装置

テラヘルツの目が古典絵画を解析

寳迫 テラヘルツ帯がどのように役立つかというデモンストレーションの中で、古典絵画の解析というものがあります。例えば、人間の目では、白なら白、青なら青と同じ色に見える色でも、テラヘルツ帯ではスペクトルが違います。ですから、ある特定の物質がどこにあるかをマッピングできるのです。この技術をまず絵画分析に応用したのは、絵の具の材料は比較的純粋な物質を使っているためです。他の分野に応用するためには、雑多な中から特定の物質を見つけられる感度が必要になるでしょうが、この先を考えると非常に大きな可能性を持っています。

―将来はどんな分野が有望ですか。

寳迫 まずはセキュリティとか、バイオメディカル、食品などでしょう。やがてICT関連の市場もできてくると思います。

―今後の研究目標は何ですか。

寳迫 これまで、テラヘルツ波は大きな大気吸収のため、伝搬距離が短いので無線には使えないという先入観がありました。また、テラヘルツ波の発生と検出にコストが掛かり過ぎ、大がかりな施設でなければ発生させることができませんでした。こうしたことが、今まで研究が進まなかった理由です。したがって、小さく安価にできる可能性が大きい、半導体レーザや、半導体技術に基づいた小型システムを作り上げていくことが非常に重要であると、我々は考えています。

―ありがとうございました。


●2008年12月、イタリアのフィレンツェにあるウフィッツィ美術館の協力により、初期ルネッサンスの名画(テンペラ画)をテラヘルツ波を用いて分析しました。図中、テラヘルツイメージングの反射画像はグレースケールで、反射の強い方が白で表されています。テラヘルツが不透明なものも透過する特徴を用いて、(a)に表すように世界で初めて非破壊、非接触で絵画の下地構造を観測しました。まず彫り出しで面をつくられたベースの木の凹凸を埋めるように石膏が塗られ、その上に布が貼られ、石膏下地が上塗りされ、絵画層となっているものと思われます。これは、まだ「絵」というジャンルが確立せず、中世の彩色した彫刻や浮彫などからの技法が踏襲されていたためと考えられます。また、(b)の表面状態の観察では、本の赤、衣装の襞部分からの反射が大きくなっています。NICTの構築した顔料データベースと比較して、赤は水銀朱であり、襞は鉛白を重ねて表現していることがわかりました。さらに、肉眼では認識できない袖部分の金も鮮明に現れました。(電磁波計測研究センター:福永)


寳迫 巌 寳迫 巌(ほうさこ いわお)
新世代ネットワーク研究センター 先端ICTデバイスグループ グループリーダー
大学院博士課程修了後、日本鋼管株式会社勤務、通信総合研究所COE特別研究員を経て、1996年通信総合研究所(現NICT)に入所。遠赤外線(テラヘルツ)検出器、テラヘルツ帯半導体レーザ、テラヘルツ帯計測システムなどに関する研究に従事。博士(理学)。



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