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仮想化ノード特集
試作開発室(前編)―研究者の期待に応えるモノづくり―

NICTで行われる研究では、市販されていない部品が必要な場合も多くあります。市販されていなければ、新たに製作するしかありません。そうした研究者のニーズをくみ取り、必要となる部品を製作する部署が試作開発室です。研究者とコミュニケーションを取りながら、スピーディーに対応する試作開発室は、言わばNICTの最先端研究を支える「縁の下の力持ち」なのです。簡単な加工から、時にはアイディアを出し自ら設計、加工を行う専門家がそろう、試作開発室を2号にわたって紹介します。

最先端研究を支える試作開発室の役割とは

まず試作開発室の概要について聞かせてください。

小室 試作開発室は通称で、正式には、研究推進部門成果発展推進グループで試作開発を担当しています。NICT内で行われている様々な研究活動の中で、市販されていない機器や部品が必要となったときに、われわれ試作開発室が製作します。予算と時間に余裕があれば、外部のメーカーに依頼することもできますが、研究で「とにかくすぐ欲しい」という場合や、技術的に難しくて引き受けてもらえない場合もあります。NICT内部にある試作開発室を有効活用してもらえば、研究もスムーズに進むのです。

左から小室純一主幹、中村賢司主査

これまでにどのような物を作ったのでしょうか。

小室 アルミを削り出して作る簡単な保持器具から、研究に直接関わる超伝導用フィルターのような高精度加工が必要な部品まで、さまざまな物を作っています。強いて言えば、研究そのものに利用して性能を発揮する物より、研究の手段として必要な道具、例えば、治具(部品加工などのための保持器具。英語のjigの当て字)やケース、部品と装置をつなぐ部品のような物ですね。そうした部品がすぐに入手できないと研究のスピードが落ちることもあります。

小さな部品から大きな部品、精密な部品まで要望に応える

最近作った物の中で、特徴的な物はありますか。

小室 アル他では加工が困難だろうと思うのは、中村が加工したステンレス板です。

中村 ナノインプリント※1の研究でベースとして利用するプレート(図1)ですが、均等に圧力をかけなければならないため、平行平面がないといけません。「平面のばらつきができるだけゼロに近い物を作って欲しい」という要望で作りました。最近導入した平面研削盤の性能評価も兼ねて作った部品は、表面の凹凸がおおよそ0.5μmという平面が出ています。0.5μmという大きさは、検査装置で評価できるぎりぎりのレベルです。

図1● ナノインプリント用に加工したステンレスプレート(2インチ角、厚さ5mm、表面精度0.5μm)

研究者としては、そのレベルがなければ研究が進まないのですね。

中村 そうですね。やはり誤差は小さい方が良い、ゼロであればなお良いということでしょうが、片面だけでなく厚みも均等でなければならないので、技術的にはこのあたりが限界ですね。

こうした精密加工にはある程度の技量や熟練度も必要ですか。

中村 試作開発室では、熟練者でなくても高精度な加工が可能な機械を用意していますが、μm単位の研磨技術となると、ある程度のノウハウは必要ですね。同じ機械を持っている業者であれば作ることは可能かもしれませんが、トライ&エラーで作っていかなければならない物は、時間もかかるためコストが合わず作らないという場合が多いようです。

人工衛星に搭載される部品を設計から手がける

人工衛星搭載用の部品の試作もしたそうですね。

小室 宇宙航空研究開発機構(JAXA)との共同研究で使用するレーザー・リフレクター・アレイ傾斜部という器具(図2)です。当初、ブレッドボードモデル※2を外注していたのですが、プリズムが割れてしまうなどの問題があり、最終的にはプリズム以外の部分を全部試作開発室で製作しました。

金属の丸棒から削り出していますが、少し特殊な加工をしています。プリズムの取り付け方法については、われわれからアイディアを出して設計・製作し、衝撃試験と振動試験をクリアしました。

図2● レーザー・リフレクタ―・アレイ傾斜部(直径130mm、高さ43mm)

試作開発室で設計した部品が宇宙に打ち上げられるのですか。

小室 今回作ったのは、エンジニアリングモデル※2です。フライトモデル※2を製作するかどうかはまだ分かっていませんが、それを作ることが出来て、本当に宇宙に行ってくれれば嬉しいですね。

設計も含めて手掛けた物は他にもありますか。

小室 いろいろとありますが、例えば、テラヘルツ帯電波を利用してさまざまな物質定数を測定するために、真空中で上下にスライドさせて2箇所を測定できるようにした試料ホルダー(図3)を製作しました。この機器で測定した材料特性はテラヘルツデータベースとしてオンラインで公開され、ほぼ毎日、大学や民間企業の研究者がデータベースにアクセスしているようで、無くてはならないホルダーとして、研究者にはすごく喜ばれました*。その後、テラヘルツ帯電波で凍結試料の物質定数を測定する機器(図4)も製作しました。狭いスペースに工夫して多くの部品を配置したもので、冷却温度の制御部分を専門業者に外注していますが、その他を試作開発室で加工しました。こちらは窒素ガス中で測定して、結露が出ないようにという要望もありましたね。

図3● テラヘルツ分光器用試料ホルダー(全長255mm)
図4● 凍結試料の物質定数を測定する機器(全長254mm)

研究者からのさまざまな要求に応えるために

研究者から図面の形で提供される訳ではないのですか。

小室 そうした場合もありますし、要望だけもらって作る場合もあります。後者の場合、われわれが強度などをいろいろと考えながら設計しますが、最初から加工方法を設計に反映させることができるのは大きなメリットだと思います。

図面がある場合とない場合ではどちらが多いのでしょう。

中村 どちらかといえば、図面がある方が多いですね。

小室 そうですね。昔は試作開発室で設計して作ることが多かったのですが、今では図面が出てくる方が多くなったという感じですね。図面といっても、CADデータの時もあれば手書きのポンチ絵程度の時もあります。

依頼された試作品はどのぐらいの納期を要求されるのでしょう

小室 一週間で作ってということもあるし、明日には欲しいということもあります。試作する部品ごとに千差万別ですね。たとえば、表面の精度が必要な部品は時間をかけなければなりませんし、本当に簡単な部品はすぐその場で加工することもあります。よく使われる材料は取りそろえてありますので、特殊な材料を使うものでなければすぐに対応できるようになっています。最近使う機会が一番多い材料は、アルミ、ジュラルミン系ですね。これはストックを用意しておいて、どんどん補充していかないと、すぐに無くなってしまいます。

難易度が高くて無理そうだが挑戦したらできたという例はありますか。

中村 円錐と円柱を組み合わせた形のスロットアンテナの加工(図5)で、銅のコア部分全体に3mmのテフロンをコーティングするという要望がありまして、当初は外部の業者に依頼したのです。しかし、厚さの精度を0.03mm以内に抑えて欲しいという要望があって、どこに聞いても「うちではできません」というお話でした。外側の加工はできるのですが、内部の加工がなかなか難しいのです。そこで、円錐の内部をくり抜く工具を作ったのです。それから、円筒部分を均一に加工するための固定治具も自分たちで作りました。

 この加工をするためには、どんな工具や治具が必要かというところは、長年の経験が活かされる部分ですね。でも、最初のうちは何も分からないまま、とにかくやってみる、工夫してみるというところから始まります。

図5● テフロンコーティング(白い部分。外径36mm、全長325mm)と、自作した、円錐の内部をくり抜くための工具

(次号へつづく)

用語解説

※1 ナノインプリント
金型に数十~数百nmの凹凸を刻み、そこに樹脂材料を押しつけて形状を転写する技術。リソグラフィやエッチングなどの従来技術よりも、低コストでパターンを形成できる。特に光学部品での活用が期待されている。

※2 ブレッドボードモデル/エンジニアリングモデル/フライトモデル
ブレッドボードモデルは、衛星開発における最初の試作品のこと。多くの場合、衛星の機能を確認するために市販品を組み合わせて作られる。エンジニアリングモデルは、機能試験や性能試験、環境試験などを行い、設計の確認を行うための試作品。認定試験を経て、実際に宇宙へ打ち上げられる製品をフライトモデルと呼ぶ。

*テラヘルツ帯電波を用いた絵画の材料解析については、NICTニュース2009年6月号をご覧ください。バックナンバーは以下のWEBページでもご覧いただけます。
https://www.nict.go.jp/publication/NICT-News/0906/index.html

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