NICT NEWS
新世代ネットワークに関するITUにおける標準化
新しいネットワークのかたちITU-T Y.3001について−新世代ネットワークの国際標準化がスタート− 西永 望

新世代ネットワークの必要性

皆さんは、電子メールを使っていますか? 私はほぼ毎日、仕事仲間や家族にメールを書いています。この原稿もメールで広報部に送られました。今や電子メールは私の生活になくてはならないものです。私の受信箱には毎日大量のメールが入ってきます。仕事のメール、家族からのメール、友人からのメールです。そんな大量のメールの中に、出した覚えがない自分が差出人になっているおかしなメールがよく混じっています。いわゆるSPAMメールです。SPAMメールは、受信者の意向を無視して一方的に大量に送られてくるメールのことです。しかし、自分が送ったつもりがないメールなのに、なぜ、自分が差出人になっているのでしょうか? そうです。インターネットでは、自分以外の誰の名前でも簡単にメールが出せ、さらにそのメールがどこの誰から送られてきたのかを調べることがとても難しいのです。

インターネットは30年近く前に今とほぼ同じ構成(アーキテクチャ)になりました。その時代にインターネットを使える人はネットワークの研究者が中心だったといわれています。そのため、インターネットにつながっている人同士は仲間で、差出人をだましたりする人はいないと考えられ、それをチェックする機構を作りませんでした。その当時インターネットは、仲間内で、メールやデータをやりとりする小さいネットワークだったのです。しかし今はどうでしょう。日本のインターネットの人口普及率は78%を超え、世界では20億人近くがインターネットを利用しています。インターネットを使ったアプリケーションも様々です。音楽をダウンロードしたり、メールを送ったり、映画を観たり、買い物をしたり、銀行振り込みをしたり。このように30年前には考えられなかったアプリケーションが次々と生まれ、インターネットを使う人もどんどん増えています。しかし、このままでいいのでしょうか?

インターネットは日々ますます重要になっているにもかかわらず、基本的な構成は30年前とほとんど変わりません。その代わり、新しい機能を導入するために、いびつな拡張が行われ、結果として無駄な機能を複数持つネットワークとなってしまいました。他の誰にも知られたくない大切な情報をインターネットでやりとりしたいにもかかわらず、差出人が誰とも分からない情報にあふれ、情報を送った相手が本当に送りたかった相手かどうかも分かりません。このようなネットワークでは、今後さらに増え続ける社会からの期待に応えることができなくなるでしょう。今後さらに増え続けるのは社会からの期待だけではありません。ネットワークが消費するエネルギーも増加の一途です。2030年代には2010年に比べ1000倍から10万倍のデータがやり取りされると推定している研究者がいます。今のままのネットワークでこれだけ多くのデータがやり取りされれば、ネットワークが消費するエネルギーも大きな問題となります。そこで今のインターネットに替わる新しいネットワークが必要になります。この新しいネットワークを日本では「新世代ネットワーク」、世界では「将来ネットワーク(Future Networks)」と呼んでいます。今後、さらにネットワークを活用して、より安心安全で快適な生活を送るためには将来ネットワークが必要なのです。 NICTはこのインターネットの問題点にいち早く気づき、2006年頃から新世代ネットワークの研究開発に着手しました。NICTでは新世代ネットワーク技術の基礎検討を始めながら、社会的視点から、「どのような新世代ネットワークが将来望まれるか?」を中心に新世代ネットワークのビジョンや新世代ネットワークの実現目標を策定してきました。これらの成果はあとから述べるITU-T FG-FNでの活動を通じて、今回のY.3001に色濃く反映されています。

将来ネットワークの目的と設計目標に関する勧告*1Y.3001*2の成り立ち

将来ネットワークを作る必要性はご理解頂けたと思います。では将来ネットワークとはどんなネットワークなのでしょうか?この新しいネットワークを世界中が勝手にばらばらに作り出すのは効率的ではありません。なぜなら、ネットワークはつながることが重要であり、世界中でネットワークがお互いにつながることにより、欲しい情報が世界中から得られ、伝えたい情報を世界中に伝えることができて初めて大きな価値を生みだすからです。そのために、世界のネットワークの研究者を集めて、「将来ネットワークはどんなものか?」を議論するグループが作られました。それが、ITU(International Telecommunications Union)に設置された将来ネットワークに関するフォーカスグループ(Focus Group on Future Networks: FG-FN)です。ITUは国際連合(United Nations)の専門機関の1つで、世界中の国々で共通して使える通信方式を決める(標準化する)団体です。フォーカスグループはITUのメンバー以外の人でも簡単に参加でき、意見を言うことができる特別なグループです。FG-FNは2009年6月に第1回の会合を開催し、その後2010年12月の第8回会合を最後にその活動を終えました。世界中の研究者と議論するために、スウェーデン、アメリカ、スイス、日本、韓国、スロベニアで会合を開催しました。日本は将来ネットワークの研究開発に力を入れており、このフォーカスグループでも重要な役割を果たしました。FG-FNの議長や今回の勧告Y.3001およびその元となるFG-FNでの文書をとりまとめる共同エディタを日本から輩出しました。

FG-FNでは、「将来ネットワークがどういう性質を持つべきか?」、また、「将来ネットワークを設計する上での最終目標は何か?」について深く議論が行われました。具体的には、世界中の人々が考える将来ネットワークの性質や設計目標を寄書(Contribution)という文書にまとめ、会合で発表します。発表された寄書は参加者で議論し、内容を吟味した上で、文書に繰り入れていきます。回を重ねるうちに、文書の中身が充実し、論理的矛盾が解消され、誰が読んでも異なる解釈が発生しない勧告文書に近づきます。FG-FNで作成された「将来ネットワークの性質と設計目標」はITU-T SG13に提出され、そこでさらに議論することによりブラッシュアップされ、勧告草案としてまとめられました。5月に行われた会合で審議され、Y.3000シリーズの最初の勧告、Y.3001として成立しました。

Y.3001の内容

ではY.3001に書かれている将来ネットワークを見てみましょう。Y.3001は4つの目的と12の設計目標からなる将来ネットワークに関する世界で最初の標準化文書です。

4つの目的

Y.3001ではインターネットや電話網などのこれまでのネットワークと異なり、以下の4つの目的を持つネットワークを将来ネットワークとして位置づけています。これら4つの目的はいささか概念的で、ネットワークの専門家向けに書かれていますので少し補足をして解説します。

1. サービス指向(Service awareness)

今のインターネットは30数年前に作られた基本的な構成を中心とし、どのようなサービスに対しても、その基本的な構成を用いて対応してきました。将来ネットワークは、アプリケーションやユーザーが要求するサービスを適切に提供することを目的とします。すなわち、ユーザーが今、使いたいサービス(たとえばメールの配信、Webページの閲覧)だけでなく、今後新しく爆発的に増えるサービスについても、管理や展開コストが著しく上昇しないように対応できるネットワークです。そのためにネットワークはアプリケーションやユーザーに最適となるように柔軟性を持たなければならないでしょう。

2. データ指向(Data awareness)

これまでのネットワークは、データの置かれた場所を知らなければ、そのデータにアクセスすることができませんでした。たとえば、欲しい音楽がどこのサーバのどこのフォルダにあるか分からないとその音楽のファイルは手に入れられず、音楽は聴けませんでした。将来ネットワークは分散環境に置かれた膨大なデータを処理するための最適な構成をしており、必要なデータがどこにあろうとも、ユーザーが安全で、簡単に、素早くかつ正確にアクセスできることを目的とします。

3. 環境指向(Environmental awareness)

これまでのネットワークは、ネットワークが使用する電力や排出する二酸化炭素に関してあまり言及してきませんでした。将来ネットワークでは、環境に配慮し、基本的な構成の設計やその結果としての実装、稼働時において、材料やエネルギー、温室効果ガスの削減をし、環境への影響を最小限に抑えることができます。また将来ネットワークはネットワークの利活用により、他の部門(製造部門や小売り部門等)の環境負荷を低減することができるよう設計されます。特に日本における最近の電力問題に対しては効果的なネットワークとなるでしょう。

4. 社会経済的観点(Social and economic awareness)

これまでのネットワーク、特にかつての電話網の多くは国家的事業として構築され、その結果、公営であったり、その閉鎖性がサービスの低廉化や新しいビジネスの台頭に障壁となるケースがありました。将来ネットワークは、ネットワークを中心とした経済サイクルに、様々なプレイヤーが容易に参入できるように様々な社会経済的な課題に取り組みます。また、将来ネットワークは普及が容易で持続的であるために、ライフサイクルコストを削減できるような構成となります。これらによりユニバーサルサービスが可能で、すべてのステークホルダ(利害関係者)に適切な競争と適切な利益をもたらすものとなります。

会場の様子
●会場の様子

会場内の議論の様子
●会場内の議論の様子

12の設計目標

将来ネットワークは前述の4つの目的を達成するネットワークですが、これらの目的は概念的であり、実際にネットワークを研究開発するためには、ネットワーク技術に近い具体的な設計目標が必要になります。Y.3001では、この設計目標として以下の12の技術を挙げています。

1. サービスの多様性(Service diversity)

様々なトラフィック特性や振る舞い(たとえば、小さいデータが膨大な数の端末から発せられる状況や非常に高精細な映像信号を特定の場所に送る等)を持つネットワークサービスを収容。また、センサー端末等の膨大な数のデバイスのネットワークへの接続。

2. 機能的柔軟性(Functional flexibility)

新しいユーザーからの要求によって生まれる新しいサービスをサポートするための機能的な柔軟性。将来にわたっていかなるユーザーの要求にも応えられるネットワークを実現するのは現実的に困難なので、それを補うためにネットワーク機能のダイナミックな変更を可能とする技術を開発する。

3. 資源の仮想化(Virtualization of resources)

ネットワークの利用効率を向上させるために、ネットワークを複数の仮想的なネットワークに分離(パーティショニング)し、それぞれのネットワークを別々に管理できるようにするネットワーク仮想化技術。

4. データアクセス(Data access)

大量のデータを最適かつ効率的に処理できること。そのために、これまではデータのある場所を中心にアクセス方式が設計されてきたが、将来ネットワークでは場所ではなくデータそのものを中心としてアクセスできる手法を確立する。

5. エネルギー消費量(Energy consumption)

デバイス、機器、およびネットワークレベルの技術を利活用し、エネルギー効率を最大化させると共にユーザーの要求を最小のトラフィックで実現できるようにすること。デバイス、機器、およびネットワークレベルの技術が独立して動作するのではなく、ネットワークのエネルギーの節約のために連携して動作すること。

6. サービスの普遍化(Service universalization)

ネットワークのライフサイクルコストを削減し、オープンネットワークの原則を適用することにより、都市部や過疎地域、先進国や発展途上国など地域にかかわらず、ネットワーク設備の提供を促進し、加速できること。

7. 経済的インセンティブ(Economic incentives)

ユーザー、様々なプロバイダ、政府機関、および知的財産権保持者等、多様なステークホルダ間で繰り広げられる経済的衝突を解決するために、持続的な競争環境を提供するように設計されること。

8. ネットワーク管理(Network management)

効率的に動作、維持が可能で、かつサービスや通信の増加をサポートできる管理機構。特に、管理データや情報を効率的かつ効果的に処理でき、これらの情報を関連する情報や知識に変換して管理者に届けられる機構。

9. モビリティ(Mobility)

膨大な数のノード(通信機器)が様々な種類の異なるネットワーク(たとえば、携帯電話と無線LAN等)間をダイナミックに移動するようなネットワークで、高速で大規模な移動を簡単にできること。また、ノードの移動特性に関係なく、モバイルサービスをサポートすること。

10. 最適化(Optimization)

サービス要件とユーザーの要求に基づいて、ネットワーク機器の性能を最適化し、十分な性能を提供できること。ネットワーク機器の様々な物理的な限界を考慮してネットワーク内の様々な最適化を実行できること。

11. 識別(Identification)

モビリティとデータアクセスをスケーラブルにサポートできる新しい識別の構成を提供すること。

12. 信頼性とセキュリティ(Reliability and security)

困難な状況においても、耐障害性を持ち、高い信頼性を持つよう設計、運用、開発されること。安全性とユーザーのプライバシーを考慮して設計されること。

以上挙げた12の設計目標は、前述の4つの目的を実現するために必要な設計目標ではありますが、特定のネットワークでは実現がきわめて困難な場合もあります。また、すべての設計目標がすべての将来ネットワークで満たされなければならないわけではありません。

将来ネットワークの目的と設計目標との関係を図に示します。設計目標によっては2つ以上の目的と関連するものもありますが、この図では主要なものに関係づけて表現されています。

4つの目的と12の設計目標[1]
●4つの目的と12の設計目標[1]

将来ネットワークの今後

本文では、将来ネットワークの必要性と、世界で初めて成立した将来ネットワークに関する標準化勧告 Y.3001およびその成立過程について解説しました。このY.3001は将来ネットワークの目的と設計目標を記述した文書で、将来ネットワークを構築するためには、様々な技術開発が必要となります。日本ではNICTが中心となって、産学官で新世代ネットワークを開発する、新世代ネットワーク戦略プロジェクトがすでに進行中です。今後は詳細部分の技術開発を進めると共に、開発した技術が世界中で使われるように国際標準化活動を推進していきます。

用語解説

*1 ITU勧告
 情報通信分野におけるデジュール標準規格。国内標準はデジュール標準を基礎として用いなければならないほか、政府調達においては、適当な場合にはデジュール標準に準拠した仕様で調達しなければならない等重要な標準規格。

*2 Yシリーズ
 「グローバル情報通信インフラストラクチャ−(GII)およびインターネットプロトコル」に関する規定。現在既にサービスが始まっている次世代ネットワーク(NGN)はY.2000シリーズで勧告化された。

参考文献
[1]Recommendation ITU-T Y.3001(2011),
Future Networks: Objectives and Design Goals.

西永 望 西永 望(にしなが のぞむ)
ネットワーク研究本部
ネットワークシステム総合研究室 室長

大学院修了後、名古屋大学特別研究員、助手を経て、1999年郵政省通信総合研究所(現NICT)に入所。
衛星通信に関する研究に従事。博士(工学)。
独立行政法人
情報通信研究機構
広報部 mail
Copyright(c)National Institute of Information and Communications Technology. All Rights Reserved.
NICT ホームページ 前のページ 次のページ 前のページ 次のページ