NICT NEWS
走行しながら衛星通信が可能な小型車載地球局の研究開発 ワイヤレスネットワーク研究所 宇宙通信システム研究室 研究員 鄭 炳表

はじめに

大規模災害による被害を最小限に抑えるには、緊急対応期(発災直後から約1週間)に災害情報をできるだけ早く収集し、関係機関の間で共有することが極めて重要です。緊急対応機関は災害情報に基づき、早期かつ的確な災害対応を講じることが求められます。

東日本大震災の発生時には、日本全国から消防をはじめとする災害対応機関が被災地域である東北地方に派遣され、救援活動を行いました。しかしながら、震災の発生初期において、情報通信インフラが地震や津波によって物理的な被害を受けて、回線途絶となるとともに、通信網に輻輳が発生したことにより、災害対応機関間の情報共有に支障が生じました。特に、被災現地とそこへ移動中の災害救援部隊との間で通信が殆どできなかったため、活動方針などがうまく伝えられず、迅速な対応が困難な状況となりました。NICTでは、東京消防庁の要請に基づき、被災地の消防本部と東京消防庁との間で超高速インターネット衛星「きずな」(WINDS)を利用したブロードバンド通信回線を提供することで、災害対策活動支援を行いましたが、大規模災害が発生した際に移動中でも通信ができる衛星通信地球局を開発する必要性が浮き彫りになりました。

このため、NICTでは、緊急対応機関自らが移動しながら最新の被害状況をリアルタイムに収集・伝送することを可能とする小型車載地球局を開発しました。

小型車載地球局

開発した小型車載地球局は、レドーム付きの開口径65cmの軸対称型反射鏡アンテナ、20Wクラスの固体化電力増幅器、3軸ジンバル機構及び変復調器などで構成されており(図1)、WINDSのマルチビームアンテナを使用することで走行しながら24Mbpsの伝送速度で衛星通信することが可能です。また、GPSコンパスとGPS受信機を搭載し、衛星を自動的に捕捉するので、専門家でなくとも衛星回線を設定することができます。車両の天井部には、ハイビジョンカメラを搭載しており、災害時に移動しながらリアルタイムで被災地の状況を伝送することができ、関係機関間で迅速な情報共有が可能となります。なお、アンテナ部は車両から取り外し可能で、船舶等にも使用でき、海上ではWINDSのアクティブフェーズドアレーアンテナを使用することで、6.5Mbpsの通信が可能です。

図1 小型車載地球局
図1 小型車載地球局

小型車載地球局の公開実験

2013年3月25・26日に仙台で行われた「耐災害ICT研究シンポジウム及びデモンストレーション」において、小型車載地球局のWINDSを使用した公開実験を行いました。公開実験の内容は、災害発生直後、緊急対応機関と一緒に移動しながら、災害情報(映像、道路被害等)を収集し、後発の部隊や災害対策本部へリアルタイムに情報を提供することにより緊急対応に役立てるというものです。図2に小型車載地球局の公開実験概要を、図3に被災想定エリアからリアルタイムで送られてくる被災状況の映像(左図)、及び地震や津波などで発生した道路被害情報(発生場所、道路段差情報、写真: 右図)を示します。

図2 小型車載地球局の公開実験の概要
図2 小型車載地球局の公開実験の概要

図3 被災想定エリアからリアルタイムで伝送されるハイビジョン映像(左図)及び道路被害情報(右図)
図3 被災想定エリアからリアルタイムで伝送されるハイビジョン映像(左図)及び道路被害情報(右図)

図2の災害対策本部側には小型車載地球局と一緒に開発したフルオート可搬地球局を用いました(図4)。これは、衛星通信に詳しくない防災担当者などのために、ユーザビリティを追求した可搬地球局で、開口径100cmのオフセット型の反射鏡アンテナ、アンテナ給電部、収納箱を兼ねたアンテナ架台及び変復調器などで構成されています。75Wの進行波管電力増幅器、低雑音増幅器などはアンテナ給電部に一体化して実装されており、工具なしで容易に組み立て可能な構造としています。また、GPSコンパスとGPS受信機を搭載し、衛星の自動捕捉及び自局位置の自動入力機能を有しており、地球局の初期設定作業が自動化されています。

図4 フルオート可搬地球局
図4 フルオート可搬地球局

なお、本公開実験は、災害直後の災害情報の空白期において、ハイビジョン映像や道路被害状況等をリアルタイムで災害対策本部まで伝送するための技術であり、関係機関(消防、警察、自治体、道路管理関係など)から早期の実現が期待されています。

今後は災害緊急対応機関との連携を通して、南海トラフ地域でパイロットケースを作成していく予定です。

鄭 炳表 鄭 炳表(じょん びょんぴょ)
ワイヤレスネットワーク研究所 宇宙通信システム研究室 研究員

大学院修了後、消防研究センターを経て、2012年、NICTに入所。衛星通信を使用した災害対策アプリケーションの研究に従事。博士(工学)。
独立行政法人
情報通信研究機構
広報部 mail
Copyright(c)National Institute of Information and Communications Technology. All Rights Reserved.
NICT ホームページ 前のページ 次のページ 前のページ 次のページ