NICT NEWS
テラヘルツ天文学を拓く超伝導技術

ALMAとは?

南米チリ、標高5,000mのアタカマ砂漠に日米欧合同のALMA(アタカマ大型ミリ波サブミリ波干渉計)電波望遠鏡がついに誕生しました(図1)。ALMAは、合計66台のパラボラアンテナ(直径12mアンテナ54台+直径7mアンテナ12台)により構成されています。各アンテナで受信した天体からの電波信号を「干渉」させることによって、66台のアンテナ群をあたかも1つの大きな望遠鏡として動作させているため、「干渉計」と呼ばれています。干渉計の性能は、望遠鏡の視力(解像度)で表現され、最も離れたアンテナ間の間隔(基線長D)と観測波長λの比(λ/D)で決まります。ALMAは「大型」という名前の通り、最大基線長が18.5km(東京の山手線サイズ)、また観測電波の波長を「サブミリ波(〜300μm)」まで短くすることによって、高解像度を誇る「すばる望遠鏡」や「ハッブル宇宙望遠鏡」の約10倍高い解像度を実現します。さらに、感度も既存の電波望遠鏡を一桁以上上回る高感度を実現できるため、宇宙物理学、天文学、惑星科学などにおいて今まで解明されていない重要な科学問題を次々と明らかにすることが期待されています。

図1 誕生したALMA望遠鏡(2013年3月14日撮影)
図1 誕生したALMA望遠鏡(2013年3月14日撮影)

ALMA受信機と超伝導技術

ALMAの観測周波数は31.5〜950GHzであり、これを10の周波数バンドに分けて、1つのアンテナに図2に示す10個の受信機を設置して観測します。現在の技術ではサブミリ波・テラヘルツ帯の信号を直接増幅できません。そこで、アンテナで集めた受信信号と局部発振信号を「ミキサー」と呼ばれる非線形素子に通して、数GHz〜10GHz程度の低い周波数の信号に変換します。これをヘテロダイン変換といいます。ヘテロダイン変換された信号は中間周波数(IF: Intermediate Frequency)と呼ばれ、昨今のマイクロ波技術で増幅が可能となります。ALMAのような究極の電波望遠鏡を実現するには、超高周波・超高感度ヘテロダイン受信機が必要であり、その心臓部であるミキサーでは、超伝導薄膜技術、デバイス技術が中心的な役割を果たしています。

図2 ALMAクライオスタット(4K(−269℃)まで冷却する容器)に搭載された受信機群。バンド1と2はまだ搭載されていない。
図2 ALMAクライオスタット(4K(−269℃)まで冷却する容器)に搭載された受信機群。バンド1と2はまだ搭載されていない。

超伝導技術を用いたSIS(Superconductor Insulator Superconductor)ミキサーは、原理的に理論限界の「量子雑音」に迫る究極の高感度を達成できるため、1970年代から高感度の電磁波受信機として電波天文望遠鏡に搭載され、実用化されてきました。しかし、ALMA開発の中で「バンド10」と呼ばれる最高周波数帯(787〜950GHz)では、これまでの超伝導技術では達成不可能な本質的問題がありました。それは、超伝導SISミキサー素子を構成する超伝導材料に起因します。バンド9(602〜720GHz)までのSISミキサーには、全て既存のニオブ(Nb)という超伝導材料が用いられており、その作製技術はすでに確立されています。ところが、超伝導材料には「ギャップ周波数」と呼ばれる固有の応答周波数限界が存在します。Nbの場合は、約700GHzです。この周波数以上では超伝導状態が壊れ始め、ミキサーの中で使われている超伝導高周波回路の損失が増加する結果、受信機の感度が極端に悪くなってしまいます。従って、バンド10では従来から用いられてきたNbに代わる、少なくとも1THz(1,000GHz)以上のギャップ周波数を持つ超伝導材料を用いて、新たにSISミキサーを開発しなければならないという課題がありました。

NICTでは、未開拓電磁波領域であるこのテラヘルツ帯を周波数資源として有効利用することを目指して、1990年代からギャップ周波数が1.2〜1.4THzの窒化ニオブ(NbN)系超伝導薄膜技術、デバイス技術の研究開発を行ってきました。この技術はバンド10受信機での応用が期待され、2006年から国立天文台との共同研究により窒化ニオブ系超伝導薄膜を用いたALMAバンド10用SISミキサー素子の開発が開始されました。

世界最高性能の実現

図3にALMAで用いられているバンド10超伝導SISミキサーを示します。パラボラアンテナで受信した電波は最終的に4K(−269℃)に冷却されたミキサーブロックのホーンアンテナに入ります。電波はホーンから導波管、そしてミキサーチップへ伝送され、ミキサーチップ上の超伝導集積回路中にあるSISトンネル接合と呼ばれるダイオードで検出されます。従来は超伝導集積回路の高周波損失が大きく、信号が減衰していましたが、これをNICTで開発した窒化ニオブチタン(NbTiN)を用いることによって、テラヘルツ帯でも損失が非常に小さい回路を実現することができました。図4にこれまで製造したバンド10受信機の性能を示します。実現困難とされていたALMAの要求仕様「量子雑音の5倍以下の感度」を、製造したすべての受信機で達成しています。

図3 ALMAバンド10ミキサー
図3 ALMAバンド10ミキサー(図をクリックすると大きな図を表示します。) (左: ミキサーブロック写真 中央: ブロック内部光学顕微鏡写真 右: NbTiN薄膜を用いた超伝導集積回路の走査電子顕微鏡写真)

図4 これまで製造したバンド10受信機の雑音性能
図4 これまで製造したバンド10受信機の雑音性能

今後の展望

ALMAのような「量産」をも可能にする信頼性の高い窒化ニオブ系超伝導技術は、NICTにおいて、15年以上かけて基礎研究に取り組んできた成果の1つです。近年、この窒化ニオブ系超伝導技術は、将来の情報通信社会を支える量子情報通信や量子光学などにおける単一光子検出の新たな分野にも大きな役割を果たしています。

本成果は、国内外のALMA関係者、大阪府立大学、紫金山天文台などの方々のご協力、ご支援を得た結果です。この場を借りて感謝を申し上げます。

王 鎮 王 鎮(わん ちん)
NICTフェロー

大学院博士課程修了後、1991年、郵政省通信総合研究所(現NICT)入所。超伝導エレクトロニクス研究に従事。現在、中国科学院上海微系統与信息技術研究所教授。工学博士。
鵜澤 佳徳 鵜澤 佳徳(うざわ よしのり)
国立天文台 准教授

大学院修士課程修了後、1991年、郵政省通信総合研究所(現NICT)入所。テラヘルツ帯超伝導受信機の研究などに従事後、2005年、国立天文台に入台。現在、ALMAバンド10及びバンド4の開発リーダーを担当。総合研究大学院大学准教授。博士(工学)。
牧瀬 圭正 牧瀬 圭正(まきせ かずまさ)
未来ICT研究所 ナノICT研究室 研究員

大学院修了後、独立行政法人物質・材料研究機構研究員を経て、2009年、NICT入所。超伝導薄膜物性、超伝導エレクトロニクスの研究に従事。博士(理学)。
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