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進化する超伝導光子検出技術

はじめに

超伝導ナノワイヤを利用した単一光子検出器(Superconducting Single Photon Detector: SSPD)は、光子検出器として従来広く用いられてきた半導体アバランシェフォトダイオード(Avalanche Photo Diode: APD)に比べて、誤検出が少ない(低暗計数率)、時間揺らぎが小さい(低タイミングジッタ特性)、ゲート同期動作が不要である(ゲートフリー動作)等の優れた特徴を有していることから、量子情報通信や空間光通信技術、レーザセンシング、バイオイメージング等の様々な研究分野での応用が期待されており、NICTでは実用化に向けた研究開発を進めています。NICTがこれまで開発したSSPDは、通信波長帯(1550nm)における入射光子に対する検出効率は20%程度で、光子検出の応答速度である最大計数率も25MHz程度であり、APDと同等の性能に留まっていました。今回、NICTではSSPD素子において新たな光吸収構造を実現し、さらに有限要素法解析によるナノワイヤ設計の最適化を行うことにより、検出効率および応答速度の大幅な性能向上に成功しました。

新規光吸収構造の実現による検出効率の向上

SSPD素子は、厚さ数ナノメートル、幅100ナノメートル程度の非常に薄く細い超伝導薄膜をメアンダ状(ジグザグに曲りくねった形状)に配した超伝導ナノワイヤで構成されています。これに抵抗ゼロで流すことができる最大の超伝導電流よりわずかに小さいバイアス電流を流しておきます。この超伝導ナノワイヤに光子が入射し吸収されると、局所的に超伝導状態が破壊され、抵抗成分が発生します。その際に生じる電圧パルスを観測することで、単一光子を検出することができます(図1)。

図1 超伝導ナノワイヤ単一光子検出器の原理
図1 超伝導ナノワイヤ単一光子検出器の原理

SSPDの検出効率は、この超伝導ナノワイヤへの光子吸収率に大きく依存します。例えば、図2(a)に示すような基板上に超伝導ナノワイヤを配しただけの単純な構造では、ナノワイヤの隙間を通過する光子が多いため、十分な吸収率が得られず、検出効率は数%程度となります。しかし、図2(b)に示すように素子の上部に光子を閉じ込める光キャビティ層を付加することにより、光吸収率が増大し、検出効率は向上します。今回はこれをさらに改良し、図2(c)に示すようにナノワイヤの上下を光キャビティ層で挟み込むような構造とすることにより、光吸収率を95%以上にまで高めることが可能となりました。超伝導ナノワイヤにバイアスする電流値を増やすほど検出効率は向上しますが、同時に暗計数(光子入射がない状態での誤信号を出力する回数)が増加します。今回開発したSSPDは、暗計数を50–100Hzカウント/秒程度に低く抑えたバイアス領域でも80%の検出効率が得られることが分かりました(図2(d)参照)。図2(d)中には、InGaAs APDの性能も記していますが、今回開発したSSPDは、これを遙かに上回る性能を有することが分かるかと思います。

図2  (a)(b)(c)超伝導ナノワイヤ素子構造および(d)検出器性能 (暗計数率vs検出効率)の変遷
図2 (a)(b)(c)超伝導ナノワイヤ素子構造および(d)検出器性能(暗計数率vs検出効率)の変遷

有限要素法解析による超伝導ナノワイヤ設計の最適化

SSPD素子の検出効率を高めるためには、受光部の面積を大きくして光子を効率よく超伝導ナノワイヤに入射させてやることも重要になってきます。しかし、受光部の面積を大きくするために超伝導ナノワイヤを長くすると超伝導ナノワイヤのインダクタンス成分が増加するため、超伝導ナノワイヤが光子検出後に再び光子を検出できる状態に戻るまでの時間が長くなってしまい、SSPDの最大計数率(一定時間に検出可能な最大光子数)は、小さくなってしまいます。今回開発したSSPDは、先に述べたような上下に光キャビティ層で挟み込むような構造を採用し、かつ、ナノワイヤの厚みを従来の倍程度まで厚くすることで、広い受光面積と高い光吸収効率を維持したまま、ナノワイヤ長を短くする(ナノワイヤ間のスペースを大きくする)ことが可能であることを見出しました。図3に有限要素法によってシミュレートした、光吸収率とナノワイヤ間スペースの関係を示します。従来の構造では、ナノワイヤの幅と同程度のスペース(80–100nm程度)を取っていましたが、新しい構造ではナノワイヤ間スペースを従来よりも十分に広くとっても、90%程度の高い光吸収率が維持できることが分かります。また、実際に様々なスペース間隔のSSPD素子の性能評価を図4に示します。ナノワイヤ間スペースが360ナノメートルのSSPD素子において、検出効率が69%と高い値を維持したまま、ナノワイヤ全長を短縮することに成功し、従来よりも2.8倍速い70MHzの最大計数率を実現することができました。

図3 有限要素法によるSSPD素子への光吸収率のシミュレート結果
図3 有限要素法によるSSPD素子への光吸収率のシミュレート結果 * 低フィルファクタ
ナノワイヤ幅とナノワイヤ間のスペースの比をフィルファクタと呼ぶ。ナノワイヤ間のスペースが広いほど低フィルファクタとなる。

図4 異なるナノワイヤ間スペースを有したSSPD素子の性能評価結果
図4 異なるナノワイヤ間スペースを有したSSPD素子の性能評価結果

今後の展望

今回の検出効率および応答速度の大幅な改善は、動作が簡便で応用実績もある、小型機械式冷凍機システムに実装されて得られた結果です。小型機械式冷凍機システムは、冷却に取扱いが困難かつ高価な液体ヘリウムを必要としないため、先に述べた様々な応用研究分野においてスムーズに活用することが可能であり、大きな波及効果が期待されます。NICTでは、SSPDのさらなる性能改善や光子数識別等の高機能化に向けて、SSPDアレイ開発等も現在進めています。今後、最も高性能な光子検出器として、SSPDの応用範囲は一層拡大し、重要性が高まっていくだろうと考えています。

三木 茂人 三木 茂人(みき しげひと)
未来ICT研究所 ナノICT研究室 主任研究員

大学院博士課程修了後、科学技術振興機構研究員を経て、2005年、NICTに入所。超伝導ナノワイヤを用いた単一光子検出器に関する研究に従事。博士(工学)。
山下 太郎 山下 太郎(やました たろう)
未来ICT研究所 ナノICT研究室 主任研究員

大学院博士課程修了後、日本学術振興会特別研究員(DC2/PD)、株式会社ケンウッド(現株式会社JVCケンウッド)を経て、2009年、NICTに入所。超伝導ナノワイヤを用いた単一光子検出器に関する研究に従事。博士(理学)。
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