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田 光江 (でん みつえ) - 電磁波計測部門 シミュレーターグループ 主任研究員

1991年入所。大学院時代から対象のスケールは変わるものの、 宇宙論や天体現象から惑星間空間まで数値シミュレーションを行ってきました。 スーパーコンピュータで、観測できない領域を実時間で再現するという、 シミュレーションを用いる研究者の一つの夢がかなったことを嬉しく思います。


気象衛星や通信衛星、放送衛星など、の人工衛星は、今や社会生活の中で不可欠なものになっています。 さらには人類が宇宙空間に滞在する宇宙ステーション計画など、宇宙空間は人類の生活圏に入りつつあると言えます。 これは同時に宇宙空間の状態が社会に影響を及ぼすようになったことを意味しています。 実際、地球周辺の宇宙空間は、太陽活動により大きく変動し、宇宙空間に擾乱を起こし、 時には人工衛星の機能に重大な障害をもたらすことがあります。

NICTでは、1988年より「宇宙天気予報」プロジェクトを立ち上げ、 太陽、地磁気、高エネルギー粒子の活動度について情報発信を行って来ました。 信頼性のある宇宙天気予報を行う為には、状況の把握と、擾乱発生メカニズムと擾乱の伝搬過程の解明が必要になります。 近年は地上の観測だけでなく、衛星によって太陽、太陽風や地球磁気圏の観測がなされ、 ネットワークの発達に伴ってこれらの観測データはリアルタイムで収集され、宇宙環境の把握に役立っています。 一方これまでの宇宙空間物理の進展と近年のスーパーコンピュータのめざましい発達により、 擾乱の発生とそれによる宇宙空間の変動を、数値シミュレーションによってモデル化し再現することが可能になって来ました。 刻々と収集される観測データをシミュレーションにも活用し、信頼性が高く価値のある予報を発信していくためには、 実際の物理現象に追随できるだけのシミュレーションの高速化と、計算結果のリアルタイムな可視化が重要です。 シミュレーターグループでは、スーパーコンピュータSX-6(NEC製)を用いた数値シミュレーションによって、 太陽から地球までの宇宙空間における擾乱の発生とその影響の解明に取り組み、宇宙空間の変動の予測を行うことによって、 人工衛星の表面帯電や軌道変化、太陽電池パネルの劣化などの被害の軽減へ役立てようとしています。

今回シミュレーターグループは、九州大学田中教授(前NICT上席研究員)、日本電気(NEC)と共同で リアルタイム3次元地球磁気圏シミュレーションシステムを開発しました。 このシステムでは、地球から太陽方向に約150万km離れたL1点(太陽地球間にある重力平衡点)に位置する 米国の太陽風観測衛星ACEで観測された約1分間隔のリアルタイムデータ (太陽風の密度、速度、温度、惑星間空間磁場のy方向とz方向の成分)を用います。 時々刻々と受信するデータの情報をやはり約1分間隔でシミュレーションに取り入れ、 実時間とほとんど同じ速さで計算の実行を行っています。 ここで用いたシュミレーションプログラムは地球磁気圏に適合させた変形球座標を採用し、 TVD法(差分方法の一つで、振動などの誤差を最小限の数値粘性で抑えることが出来る。 衝撃波のような不連続な構造のシミュレーションに適している。)を用いた 空間3次精度の太陽風磁気圏相互作用モデルです。 このシステムでは、実時間で物理現象を追随し、リアルタイムシミュレーションを可能にしていますが、 その為に必要な高速化は、HPF(High Performance Fortran)でシミュレーションプログラムを記述し、 計算をスーパーコンピュータSX-6の8CPU上で並列処理、実行することにより実現しました。 さらに可視化についても、計算結果をRVSLIB (Real-time Visual Simulation LIBrary, NEC製)を用いて、 スーパーコンピュータ上でシミュレーションと同時に処理することにより、リアルタイム可視化を実現しています。 最新画像は約1分毎に更新され、現在より約1時間後の地球磁気圏の全体像をリアルタイムで描き出しています。 このようにして、太陽風の実際の変動に対起因する地球磁気圏全体の変化の様子が、 現実の時間に合わせてシミュレーション、可視化されることにより 人工衛星が飛翔する宇宙空間の変動を常時把握することが可能になりました。 このようなシステムは世界で初めてです。

このシステムは24時間止まることなく常時運用されています。 また過去の現象は、一日単位の動画データ(avi形式)として保存されており、自由にダウンロードすることが出来ます。 現在のリアルタイム画像と過去のシミュレーション動画データは、 https://www.nict.go.jp/dk/c232/realtime/で公開しています。

今後は今回開発したリアルタイム地球磁気圏シミュレーションシステムの計算結果を解析し、 地上のオーロラ活動度の観測結果などとの比較によってシミュレーションプログラムを改善し、 高エネルギー粒子が帯状に分布する放射線帯モデルや電離圏モデルへの入力データとして適用出来るよう、 定量的でより精度の高い磁気圏擾乱予報を目指していきます。 さらに、磁気圏の上流に位置する惑星間空間においてもシミュレーションモデルの開発を行い、 惑星間空間―地球磁気圏―電離圏の領域間結合を視野に入れた 数値宇宙天気予報に向けて取り組んでいきたいと考えています。


Q. そもそも地球磁気圏とはどういうものですか。
A. 地球が持つ磁場の勢力のおよぶ範囲のことで、 大きさは、太陽側(昼)は地球の10倍程度の6万キロ、反対側(夜)は 100以上の60万キロより遠方まで達しています。 太陽から吹いてくる、希薄で電離したガスの流れである太陽風の変動によって、 この磁気圏が変化し、磁気嵐が起こったり、放射線環境が変化したりします。
Q. L1点とはどういうものですか。
A. 地球と太陽といった2つの天体の間で、人工衛星などが万有引力と遠心力とがつりあい、 相対位置を保つことができる重力平衡点のことで、L1点は地球からおよそ150万キロの距離にあります。 Lは、考案者のラグランジュの頭文字から採られました。

世界で観測されている宇宙天気
地球磁気圏などの宇宙環境の観測には、地球規模の観測が必要になります。 そこでISES(国際宇宙環境情報サービス)という国際ネットワークが組織され、 観測データや予報情報の交換を行っており、NICTはその中で重要な役割を担っています。 NICTでは、インターネットやテレホンサービスなどで、宇宙環境情報サービスを提供しています。 昨年10月からはWebで「宇宙天気ニュース」を出しており、オーロラの出現予想なども行っています。 過去には太陽活動による影響で、日本の科学衛星「あすか」が落下に至ったり、 「のぞみ」に故障を引き起こしたり、さらにはBS放送の一時中断に至った事故もありました。 今後このような障害の軽減に役立てるよう、より精度の高い予報の発信に努めていきます。