1989年通信総合研究所(現、情報通信研究機構)入所。 統計的画像処理およびマルチメディア通信の品質制御の研究に携わった後、 現在、分散協調ネットワークおよびサービス生成の研究開発に従事。博士(工学)。
現在、日本全体でネットワークのブロードバンド化が進み、大量の情報が家や街角のすみずみまで届くだけでなく、 あらゆる生活機器がネットワークにつながる「ユビキタス」社会の実現へと向かっています。 大量の情報と大量の機器がネットワークにつながるとすれば、これをどのように使うか、 という利活用の技術が今後大切な情報通信技術の一つとなります。 具体的な利活用のシーンは学校やオフィスなど様々ですが、人間生活の基本に最も近くニーズが豊かな場は、家庭であり、街角です。 特に家庭では様々な年代の人間がそれぞれの生活パターンで生活しているので、 個々のユーザにきめ細かく合わせるサービス、つまり個人適応性の高い利活用技術が求められます。 どのような情報通信サービスが必要とされるのかは、現実に近い生活の場でユーザの立場でサービスを考え、 実際にそのサービスを利用した評価結果をフィードバックしてもらう仕組みが必要となります。 さらに様々なタイプの機器や複数のメーカの機器の相互接続性を実験していくことが重要な課題となります。 これらの課題にチャレンジするため、けいはんな情報通信融合研究センター(以下、けいはんなセンター)では 「ユビキタスホーム」と呼ばれる、実生活型ユビキタスネットワーク実証実験テストベッドを構築しました。
ユビキタスホームは、けいはんなセンターにマンションのモデルルーム風に建設しました。 その全体見取り図を図1に示します。図1の右半分は、リビング、書斎、寝室、ダイニング・キッチン、 浴室、トイレが完備した世帯家族が実際に生活できる空間となっています。ユビキタスホームのあらゆるところに、 カメラ・マイク、ディスプレイ、RF-IDタグシステム、床圧力センサや人感センサなどの各種センサ類を取り付けており、 これらの機器類はネットワークで相互に接続しています。図2に機器とセンサの配置図を示します。 カメラは電動ドーム型のものを各部屋の天井に取り付けており、撮影された映像は 5f/s(フレーム/秒)で約2ヶ月間データベースに蓄積できます。天井にはマイクも設置しており、 部屋内の音声・音響情報を取得することもできます。一方、情報コンテンツを生活者に提供するため、 家族が集まりくつろぐ場所はもちろん、それ以外の部屋および廊下にもディスプレイを配置しています。 また各部屋の天井にはスピーカを埋め込んでいます。 床には圧力センサ(分解能 180mm × 180mm)を敷き詰めることにより、人の位置や歩いた軌跡を求めることができ、 またドアの上部や廊下・キッチンの一部には赤外線の人感センサを取り付け、人が通過したことを検知します。 RF-IDタグシステムはタグの位置を限られたエリア毎に検出するエリア型と、 タグが設置されたゲートを通過した際に検出するゲート型の2種類を用意し、用途に応じた使い分けが可能です。 これらのきめ細かいセンサ群からの情報を統合することによって、 生活しているユーザの状況を家自身が理解して適切なサービスが提供できる 新たなフレームワークの構築を目指していきます。
けいはんなセンター分散協調メディアグループでは、このユビキタスホームを舞台として、 様々な生活支援関連サービスを個人に最も適した形で簡単に利用できる 「ユニバーサルユーザ利用環境」を構築することを目的とした、産学官連携のゆかり (UKARI : Universal Knowledgeable Architecture for Real-LIfe appliances)プロジェクトを推進しています。 ゆかりプロジェクトの特徴の一つに図3に示すアンコンシャス型ロボットとビジブル型ロボットの連携があります。 これは様々なセンサや情報機器を備えたユビキタスホーム自体を、 生活者を陰ながら見守るアンコンシャスなロボットと考え、 生活者との対話を受け持ちユーザインタフェースの役割をする 実体を持ったビジブルなロボットと連携させることにより、 新しい高度なサービスの提供を実現するというモデルです。 このモデルは、ネットワークと接続機器群が勝手に「余計なお世話」をするような不気味な自動化を抑え、 適切な見守りとはっきり見えるパートナー(ビジブルロボット)との会話をもとに 自然なサービスができるようにする仕組みです。
ゆかりプロジェクトのもう1つの主要な研究テーマに、各機器が持つ機能を単純化して、 ネットワークで協調動作をさせるメカニズムの研究開発があります(図4)。 これは現在の家電の持つ豊富な機能が使いこなされておらず、 一つの機能が壊れただけで廃棄されてしまうという不経済な状況を打破しようとするものです。 機能分散協調基盤を構築することにより、必要な機能だけを接続した仮想的な情報機器を構築できること、 ネットワークに接続されている様々な機能が効率的に共有できること、 様々なユーザに対してそれぞれの利用環境を最適化できることなどの利点が考えられます。 現在、機能分散協調基盤を実現する機器組み込み型ミドルウェア「ゆかりコア」の開発を進めており、 実際に洗濯機、冷蔵庫、テレビなどの機能を分解しネットワークを介した協調動作に成功しています。 ユーザは大量につながれた情報家電の操作にわずらわされず、 ばらばらの家電を足し合わせ以上の新サービスを受けることができるため、 この研究は生活の細々した便利さのユニバーサル化の基盤となるものと言えます。
様々な生活支援サービスを提供するため、情報機器、センサ、および ネットワーク接続型家電を駆使したホームユビキタス環境を提供する、ユビキタスホームを紹介しました。 情報通信技術が家庭に入り込んでいくプロセスにおいて、ゆかりプロジェクトでは 生活者に使いやすいサービスおよびユーザ利用環境を実現し、家族を結び、 コミュニケーションを活性化するような成果の創出を目指していきます。 また、ユーザそれぞれに合わせた利活用を目指す本研究は、 言うなれば情報通信技術による生活のユニバーサル化を実現するものでもあります。