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研究

 テラヘルツ帯電磁波利活用のためのキーデバイス〜量子カスケードレーザの研究開発〜

テラヘルツ波は、従来その発生に大掛かりな設備を必要とし、
また、効率や制御性が不十分であったため、
学術的研究などに限定的に利用されてきました。
しかし近年、レーザ技術や半導体技術の進歩に伴って、
テラヘルツ波技術を積極的に利用しようとする研究開発が活発になってきています。
可能性が広がるテラヘルツ波
 テラヘルツ波の特徴は、超広帯域性、水蒸気や水による大きな吸収、プラスティック・紙・布・油などをよく透過する、多くの物質がテラヘルツ帯にいわゆる指紋スペクトルを持つといった点にあります。そのため、将来のユビキタスネットワーク社会の構築に向けた超高速無線通信や生体の特徴を用いた安心安全な個人認証への応用が期待されると共に、健康や医療、薬品、農水産物、環境、工業材料、危険物などの科学捜査、などに用いる画期的な分析・センシング技術の開発が期待されています。
 一般に電磁波を用いた情報伝達技術(無線通信・放送、光ファイバ通信など)では、電磁波の持つ様々な性質を高度に利用しています。そのため、電磁波による情報伝達技術が発達している周波数帯には必ず小型で高性能な「波源」が存在します。例えば、数10GHzより低い周波数帯(例としては携帯電話[〜2GHz]、衛星放送[10数GHz]、衝突防止レーダ[60GHz]など)では半導体トランジスタを用いた様々な発振器回路があり、一方、光ファイバ通信に用いられている1.5ミクロン帯には半導体レーザがあります。逆に、高度な利用を促進するためには小型高性能の「波源」が必要であると言えます。
図1
「テラヘルツ」
テラヘルツは電波と光の狭間にあって、大気の吸収が大きく、良い半導体発振素子がないため、利用は限定されていた。
 図1に半導体発振器の出力と周波数の関係を示します。2THz付近に向かって電波と光の両側から出力が低下していることがわかります。この様子を“テラヘルツギャップ”と呼ぶことがあります。このテラヘルツギャップを克服する小型高性能なキーデバイスとして、テラヘルツ帯で動作する「量子カスケードレーザ(QCL: Quantum Cascade Laser)」が有望視されています。

  YRP1番館ロビーにおいては、これらの成果を中心に16のブースで展示・デモンストレーションが行われ、合計3時間半の見学時間は終始、説明に聞き入る見学者で賑っていました。
 「第4世代移動通信システムワークショップ」では、古屋総務大臣政務官や長尾理事長の挨拶を始め、各国の専門家等による基調講演やセッションが行われ、IMT-Advancedに関する政策、国際標準化、技術開発等について幅広い発表が行われました。また、古屋総務大臣政務官は挨拶の後、展示ブースを訪れ熱心に視察をされていました。
 最後に、今回のイベント開催にご尽力いただいた、総務省、YRP研究開発推進協会をはじめとする多くの関係者に対し深く感謝いたします。
テラヘルツ帯量子カスケードレーザとは
図2
量子カスケードレーザの模式図,
電子が量子力学的階段を1つ下りる毎に光子を1つ発生する。
段数を多くすることによって高出力化が可能。
 量子カスケードレーザはサブバンド間遷移を利用した新しいタイプの半導体レーザです。“カスケード”とは、階段状に連続した滝を意味します。分子線エピタキシャル結晶成長(MBE)などによって作られた量子力学的階段(半導体多層膜構造)を電子が一段ずつ降りて行く毎にサブバンド間遷移によって発生する光子(図2)を利用します。発生する光子のエネルギー(周波数)は半導体多層膜構造中にできているサブバンド準位の差によって決まります。したがって、新たに材料を開発することなくガリウム・砒素/アルミニウム・ガリウム・砒素やインジウム・ガリウム・砒素/インジウム・アルミニウム・砒素といった化合物半導体では良く使われている材料系を用いて異なった波長帯のレーザを実現することが可能です。発生できる光子エネルギーの最大値は、材料系の伝導帯バンド不連続量で制限されますが、最小値には原理的な制限はありません。さらに、発光層の多段化によって、1度発光に寄与した電子を再利用して高い外部量子効率を実現し、高出力化が可能です。このため、理想的には出力は段数に比例することになります。
テラヘルツレーザの実用化へ
図3
ヒートシンク上にマウントされたTHz帯量子カースケードレーザ
レーザ本体導波路(幅200ミクロン、長さ3mm)が中央に見える。
直径25ミクロンの金線が9本ずつ上下電極につながっている。
テラヘルツ波は導波路端面から射出される。
 NICTは、この量子カスケードレーザのテラヘルツ帯応用に取り組み、デバイス研究および装置開発を進めてきました。そして今回、日本で初めてテラヘルツ帯量子カスケードレーザの発振に成功しました。ガリウム・砒素/アルミニウム・ガリウム・砒素系の半導体材料を用い、半導体の厚さを精密に制御しながら、4つの量子井戸から成るモジュール(量子力学的階段の1段に相当)を数100段重ねた発光層を持つ長さ3mm幅200ミクロンのレーザ素子を作成しました。480段の発光モジュールからなる素子は3.1THz程度で発振し、−234℃ではパルス動作のピーク出力で30mW程度の高出力を示しました。また最高動作温度は−150℃でした。これらの記録は世界トップレベルのものです。図3に素子の顕微鏡写真を示します。
今後、さらに幅広い分野へ
 この成功は、テラヘルツ帯においても小型でコストを抑えた(従来のテラヘルツ帯光源と比較して、1/100〜1/1000程度)レーザ光源を半導体技術を用いて量産できることを示しました。今後は、レーザ構造の改良、結晶品質の改善、デバイス製作プロセスの最適化などによりレーザ特性の向上を図り、テラヘルツ帯の応用として期待されている様々な分野で5年以内の実稼動を目指します。
寳迫 巌 研究者:寳迫 巌(ほうさこ いわお)
第一研究部門
新世代ネットワーク研究センター
光波量子・ミリ波ICTグループ
未開拓周波数プロジェクト
大学院修了後、LSI作りを経て1997年CRL(現NICT)採用、現在に至る。テラヘルツ帯の検出器、光学薄膜、レーザの研究に従事。以前はサッカー、バドミントンをよくやっていましたが、現在はもっぱら観るだけに。博士(理学)。
 ここに示しました結果は、東京大学生産技術研究所の平川一彦教授との共同研究で進めてきた研究開発の成果です。さらに、NICT光デバイス技術センター関係の皆様から様々なサポートをいただいて進めることができた研究開発です。この場を借りて深く感謝申し上げます。
暮らしと技術
通常、目(可視光)で世の中を見回すと、色が付いて見えたり、透明であったり不透明であったりします。これは可視光の波長によって、反射率や透過率が異なっているためです。これと同じようにテラヘルツ波で見てみると、反射率や透過率の違いによって“色”が見えたり、透明であったり不透明であったりしますが、その見え方は、可視光の場合と異なります。例えば、可視光では紙やシリコンウェハは不透明ですが、テラヘルツ波では透明です。こういった見え方の違いを用いて様々なセンサー(イメージセンサー、ガス・物質検知センサー)を実現し、センサーネットワークとして働き社会の安全安心を実現するほか、医療、食、農、工、科学といった様々な分野で応用されようとしています。また、情報通信分野においてもテラヘルツ帯の持つ大容量特性を活かした通信技術への応用が期待されています。例えば、次世代大容量モバイル機器と光ファイバネットワークをつなぐデータ転送速度において光通信技術とシームレスに接続可能な次世代超高速短距離無線技術や、大容量で対地秘話性が高い衛星、航空機、成層圏プラットホームなどの間の相互情報リンクなどがあります。


今月のキーワード【[テラヘルツ波]Terahertz Frequency】
電磁波利用の高度な開拓により、情報伝達、エネルギー伝送、センシング、加工など様々な応用が実現され、私たちの生活に多大な利益を与えてきています。
電磁波は、電磁場の振動が伝搬する横波で、周波数や性質などにより、周波数が3THz(テラヘルツ)以下の電波(※)、光(赤外線、可視光線、紫外線)、X線、ガンマ線などの種類に区分けされています。その中で、ちょうど電波と光に跨る領域の電磁波を“テラヘルツ波”(図)と呼んでいます。
(※)“「電波」とは、300万メガヘルツ(3THz)以下の周波数の電磁波をいう。(電波法 第1章 第2条の1)”
テラヘルツ波


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