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巻頭インタビュー
高速・大容量通信を実現した新しい光無線通信装置を開発 光ファイバ敷設が困難な場所でも1km圏内では高速・大容量の通信ネットワークが構築可能に 新世代ワイヤレス研究センター 宇宙通信ネットワークグループ 主任研究員 有本 好徳

NICTでは、10年以上にわたる衛星間光通信の研究で蓄積したレーザ光を高精度に捕捉、追尾する衛星通信技術を、光ファイバの敷設が困難な場所でも、高速・大容量の通信ネットワークが構築できる光無線通信の実現に活かす研究を進めてきました。

世界初、10Gbps以上の伝送ができる光無線通信装置

まず「新しい光無線通信装置」という言葉について伺います。「光無線通信」を「空間光通信」という場合もありますね。

有本 私は1990年代には衛星間の光通信を研究しており、「空間光通信」という言葉を使っていました。人工衛星と人工衛星の間をレーザー光を使って通信する場合は、間が「空間」なのは当たり前なのですが、地上の場合、「空間光通信」と言うとなかなか分からない。そこで、「無線」という言葉を入れた方が通信の世界では通りが良いのではないかと思い、今は「光無線」を使っています。

どのような点が「新しい」のでしょうか。

有本 光無線通信装置は、すでに製品としては存在しています。国内では主に2つのメーカーがあります。ただ、私たちが開発した光無線通信装置は、これらとは違う、新しいものです。今までの装置と何が違うのかと言いますと、まず、使っている波長が違います。これまでの光無線通信では赤色に近い赤外線レーザーを使っていました。波長で言うと0.78~0.85μmです。一方、私たちの装置は、光ファイバー通信と全く等価な機能を追求することを目標としており、波長も光ファイバー通信と同じです。
 光ファイバーでは1.3μmと1.5μmという2つの波長がギガbps以上の伝送に使われていますので、私たちの装置も同じ波長を使っています。ですから赤外といっても、可視光に近いところではなく、既存のものより2倍ほど長い波長になります。
 もう1つは、レーザー光のビームを極限まで絞っていることです。データを高速・大容量で送ろうとすると、光信号にパワーが必要です。光を強くして空間を飛ばさなくてはならないわけですが、私たちの光無線通信装置では、ビームが広がらないように可能な限り絞って飛ばすことで、それほどパワーを上げずに高速・大容量の通信を行うことが可能になっています。

光無線通信の技術はいつごろから始まったものなのでしょうか。

有本 1990年代の終わりから2000年代初頭にかけての、ちょうどいわゆるITバブルの時代に、北アメリカやヨーロッパ、日本のいろいろなメーカーが開発を始め、論文等もいくつか出ました。しかし、いわゆるITバブルがはじけ、高速・大容量の光無線通信を行う技術は実現しませんでした。ですから、光ファイバー通信と同じ10Gbps以上の伝送速度を実現し、しかも商品化が可能な形となったものは、NICTで開発したものしかありません(図1)。

図1 光無線通信装置(左)と遠距離用の大型望遠鏡を取り付けた場合(右)
図2● 光無線通信装置の内部構造

既存の光無線通信装置は、主にビル間のLAN接続に使われています。10kmくらい離れたところにある本社、研究所、工場の間で100MbpsのLANを引く時に、光ファイバーや外部の専用線では非常に高価になるので、光無線通信装置でネットワークを構築した例があります。大学の広いキャンパスに点在している建物を結ぶために使っている例もあります。それから、ニューヨークでの9.11同時多発テロの際に、壊滅状態になってしまった携帯電話の基地局を結ぶために、日本のメーカーの製品が使われ、事件から数日で通信ネットワークが構築されて、携帯電話を復旧させたという実績もあります。

これまでの装置の場合、通信速度の限界は、どのくらいのところにあるのでしょうか。

有本 今の装置では1~2Gbpsが限界と言われています。現在の携帯電話の基地局であれば、既存の装置でも十分対応できると考えられますが、今後、より大容量のインターネット接続ができるような携帯電話が使われるようになると、基地局もそれに合わせた通信容量に対応しなければなりません。そうした場合には、私たちの光無線通信装置が必要になるかもしれません。私たちの装置では1波あたり20Gbps程度が現実的な通信速度になります。それ以上の容量は波長多重によって実現します。
 これまでの装置では、なぜそこまで速度を上げることができなかったのかと言えば、1つは伝送容量を上げて、例えば20Gbpsにすると、1Gbpsの場合に対して20倍の光のパワーを送信しなければなりません。そうすると、単純に言うと、今までの出力が1mWだったものが20mWになってしまいます。20mWというのは、目の保護のための安全対策が必要な電力になります。そのような管理上の問題や技術的な問題があって、実現できなかったのです。
 私たちの装置では、ビームを絞っていますので、1mWでも、10Gbpsで数kmの距離を伝送可能です。1mWであれば、目で直視しても無条件に大丈夫です。

技術的に難しかった点について伺います。

有本 まず、光ファイバーの伝送技術と無線通信をうまく融合するために必要な技術です。具体的に言うと、空間を飛んで来た光を光ファイバーの中心の部分に安定に当てる技術です。
 光ファイバーというのは、髪の毛くらいの太さのガラスでできたもので、信号が通るのはその中のコアという部分です。光ファイバーには2種類あり、通常のLANなど、数百mから2kmくらいまでの伝送で使われているものはマルチモードファイバーといって、少しコアが太いファイバーで、その直径は50~60μm程度です。ですから、空間を飛んできた光が多少中心からずれても光は通ります。
 しかし、長距離かつ10Gbpsといった超高速の通信になると、シングルモードファイバーという細いファイバーでなければ安定に信号が伝わりません。シングルモードファイバーのコアの直径は約10μmです。従って、10μmの太さのビームを安定にやり取りするような精度が要求されるのです。具体的には1μm程度の精度が必要ということです。
 ところが、光無線通信装置を野外で使う場合、大気のゆらぎによって、入ってくる光の方向が変動してしまいます。また、装置の方も、設置場所の振動や、熱による建物のゆがみのために、受光部の向きが変わってしまいます。こうした変動を解消して、光を精度よくファイバーの中心に当てるのが、一番難しいところでした。

どのようにして実現したのでしょうか。

有本 飛んで来た光をレンズで細いビームに変換した後、光ビームの反射角を変えることができるミラーを使って、ファイバーに安定に結合させています。レーザー光の到来方向の変化を、ミラーを傾けて打ち消すわけです。
 実は、これまでの市販の光無線通信装置でも同じような原理のものはありましたが、我々の装置が実現している1μmの精度より1桁か2桁低い精度しか得られていません。高精度を要求されない技術開発だったためですが、私たちは、衛星間のような極限の遠距離で、シャープなビームを相手に当てることを目標に開発された技術を利用しています。衛星間通信では、1μmの精度は必須なためです。
 1990年代に衛星間通信を研究していたので、1μmの精度を達成する技術はすでにありました。ただし実際に作ってみると、いろいろ至らないところがあり、きちんと屋外でも動くものができたのは2007年のことです。また、飛んで来た光を損失なくファイバーに入力するというのが次の課題でした。損失が大きいと、光が弱くなってしまい、届く距離が短くなってしまいます。去年の夏の段階で損失が3dB、つまり50%がファイバーに届くという性能を達成しました。
 今では2dB、すなわち63%以上がファイバーに入るようになっています。実用化に向けての改良の研究等はまだ継続しています。

図3● 伝送装置の作動原理

見せていただいている装置は、まだ製品化されたものではなく、手作りの段階ですね。装置を組み立てるのも大変だったのではないですか。

有本 難しかったのは、レーザー光を入れるためのレンズ部分ですね。一眼レフと同じような交換レンズ方式にして、近距離から遠距離まで使えるようにしてあります。一種の望遠鏡ですね。
 遠距離用のものは直径が4.8cm、近距離用には直径2.4cmと1.5cmのものがあります。デリケートな部分なのですが、これらのレンズホルダも実は手作りです。精度を安定に保つための調整手法も難しかったですね。費用をかければできるのですが、私たちは100万~200万円でできるような装置を前提に考えています。

衛星間通信では、レーザー光は真空中を飛んでいきますから、光の減衰はあまり考えなくて良いと思いますが、大気中を飛ばすとなると、どのくらいの伝搬特性があるのかが重要ですね。

有本 都市部で1kmを伝送する場合、微粒子なども含んだ平均的な大気での透過率を計算してみると、いくつかのことがわかりました。
 1つは、大気中の水蒸気による吸収によって、いくつかの波長では光が通りません。一方、これまで使われてきた0.78μmや0.85μmのところでは透過率が約60%になりました。私たちが使おうとしている1.3μmと1.5μmでは、透過率は約80%ありました。すなわち、雨や霧がなければ、私たちの装置では、1km先に80%のパワーで届くことになります。
 雨や霧がある場合はどうなるか、気象機関で発表しているデータを使って検討しました。それによると、1kmくらいの距離であれば、それほど減衰はないことが分かりました。10日に1日くらいは、雨や霧によって光が通りにくくなり、届く光が50%くらいになってしまいますが、言い方をかえると、10日のうち9日はこれよりも良いということになります。私たちの身近な感覚で言うと、目で見て相手が確認できる場合には、伝送ができるということになります。

そうしたデータから見ると、装置を実用化した場合、どのくらいの距離で使うのが現実的といえるのでしょうか。

有本 やはり基本的には1kmと考えています。既存の光無線通信装置も1kmくらいで商用化されていますので、これの高速・大容量化のためのリプレイスとして使っていただけるのではないかと思っています。

図4●大気の伝搬特性

「出来るとは思わなかった」と驚きの声。
1.28Tbpsの世界最速の伝送実験に成功

野外で実際に行われた伝送実験についてお話しください。

有本 2008年の8月から9月にかけて、3週間ほど、イタリアのピサで伝送実験を行いました。ピサに滞在されていた早稲田大学の松本教授との間で10Gbpsの伝送実験について共同研究をしていたことがあり、松本教授の紹介で、サンタナ大学通信研究所の建物の屋上に装置を設置し、210m離れた建物との間で通信を行いました。最初の週には、40Gbps×8チャンネルで320Gbpsでの伝送を行い、3週目には32チャンネルに多重化して、1.28Tbpsという世界最高速の伝送に成功しました。この記録は今も破られていません。これに匹敵する装置が開発されているという話も聞きませんので、おそらくここ2~3年はチャンピオンを維持できると思っています。
 通信の品質については、信号の劣化や雑音が少なく、伝送時の誤りもほとんどない高品質の伝送ができました。数時間にわたって誤りが全然ないという伝送も実現しています。ですから、品質としてはファイバーと同等まで達成しています。
 ピサ以外では、2007年12月に、大分県由布市で実験を行っています。これは総務省の「次世代双方向ブロードバンドに係る新技術の適用領域の拡大方策に関する調査研究会」が企画した実証実験という形で行いました。屋外で伝送したのは、このときが初めてでした。伝送距離は380mで、しかも窓ガラス越しだったのです。ペンションの2階と、近くにある乗馬クラブのレストランの横に装置を置かせてもらい、そのような現実的な設置環境でもきちんと動くことを初めて実証したのです。
 雨も降ったし、朝方、窓ガラスに夜露が付いて通信が切れてしまったという経験もしました。実際に使うとなると、そのようなことも起こり得るわけです。ですからそれを検証する良い機会だったと思います。

雨や霧、夜露など以外で、通信が切れることはありますか。

有本 ビームを何かが横切ったりすると、影響がでます。大分のときも、雨粒がビーコン光の焦点を通過する瞬間、これは1,000分の1秒程度ですが、通信が切れたことがありました。このようなことがあっては実用的ではないので、今、この点を改良しているところです。
 このほか、今年の1月から2月にかけて、NICT本部(小金井市)の鉄塔と消防研究センター(調布市)との間、約8kmでの実験もしました。ただし、これは伝送実験と言うよりは、ビーコンをどのくらい追尾できるかとか、大気のゆらぎがどのくらいかを調べるといった予備的な段階であり、今後の実験の積み重ねが必要です。

この光無線通信技術を公に発表したときの反応はいかがでしたか。

有本 国内の学会等ではあまり発表してはいないのですが、先日、光ファイバー関係のデバイスを作っている通信事業者のコミュニティで発表させていただいたら、出来るとは思わなかったとびっくりされました。
 まだ一般的には認識されてないところもあるようなので、CEATEC内で行ったNICTスーパーイベントなどでデモンストレーションをしながら、ユーザーとなる方を探しているところです。ただ、1Tbpsといった超高速・大容量伝送を使うユーザーはまだあまりいませんね。

図5● サンタナ大学通信研究所の屋上に設置した光無線通信装置の外観(左)と、光無線通信装置から見た折り返し局(右)

そうすると、当面は、1kmくらいの間を光ファイバーで引くのに費用がかかり過ぎたり、工事が難しいという場合に使っていただくことになりますか。

有本 光ファイバーが簡単に引けるような場合にはやはり光ファイバーを引いていただき、それが困難な場合に使っていただくということだと思います。例えば、東京駅のような所では、たくさんの線路や電線が走る上を横切って光ファイバーを通すことも、地下を横断する管路を新たに作ってファイバーを敷設することも、不可能に近いですね。
 あるいは大規模な河川です。すでに橋が架かっている場合などを除けば、河川を横切って光ファイバーを敷設することは大変難しいと聞いています。高速道路もそうですが、そのようなところはせいぜい100m、200mの距離です。この技術を実用的に使っていただけると思います。
 また、光ファイバーの敷設が困難なヨーロッパの都市部などで使ってもらえる可能性はあると思います。ピサのようなところだと、地面を掘ると遺跡が出てきて、調査のために2~3年は工事がストップしてしまうようです。ですから、ヨーロッパでは無線でのブードバンドアクセスに関心が高く、私のところにも打診が来ています。

開発した技術を企業に移転することも考えているわけですね。

有本 それもこの2年間行っています。ただ、技術移転先がまだ見えていない状況です。展示会などでお話をした一般ユーザーの方は、こうした装置があればぜひ使いたいとおっしゃいます。一方、装置を作る側はお客さんがたくさんいれば、作りますと言います。

宇宙空間で培った経験を活かし光無線通信に展開

有本さんの研究が、宇宙空間での通信から、地上での利用へと展開してきたプロセスを少し伺いたいと思います。

有本 この研究は、もともと1980年代の終わりごろ始めたものです。1990年代には、技術試験衛星VI型(きく6号)で、人工衛星と地上との間での世界初のレーザー伝送実験をするプロジェクトに関わりました。衛星自体は静止軌道に投入できなかったのですが、NICTの施設と衛星との間で、1Mbpsでのレーザー伝送を行いました。その後、今度は国際宇宙ステーションの船外実験プラットフォームに同じようなデータ通信装置を載せようということで、1998年から2002年くらいまで、その開発をしていました。しかし、この計画はいろいろな事情があって中断してしまいました。
 ただし、その技術は宇宙航空研究開発機構(JAXA)との成層圏プラットフォーム試験機を使った実験で使いました。2004年のことです。宇宙と地上との通信を、飛行船と地上との実験に応用したらどうかと考えたわけです。ただ、これも追尾ができた1回だけのフライトで終わってしまいました。
 そのころ考えたことなのですが、人工衛星や飛行船での実験は、何年間も一生懸命準備しても、実験自体は数時間で終わってしまいます。せっかくここまでやってきたのだから、もっと実験が頻繁に行える地上で、この技術をマスターした方が良いのではないか。そこで、成層圏プラットフォームでの実験と並行して、性能が高く実用的な装置を作りはじめたのです。

図6●NICTの研究棟内に設置した光無線通信装置での実験の様子

それが今の装置ですね。そうすると、成層圏プラットフォームで使った装置はこれの一世代前のものということですか。

有本 そうです。しかし、一部は今の装置に使っています。成層圏プラットフォームの実験用に何個か作った部品を流用しているところもありますし、ミラーを動かすアクチュエーターもまさに成層圏用に用意したものです。実用的な装置を作るのに3年かかったわけです。
 装置の安定性、信頼性、あるいはコストなども含め、ほぼ実用化研究は終わっています。マーケットがあり、ユーザーがいれば、いつでも商品化できます。
 この技術の特徴は、国際宇宙ステーションや人工衛星との間で高速・大容量の通信をするための要素技術を使っているところです。そうした人工衛星でしか今まで開発されてこなかった技術がほぼ実用的な製品に近いところまで来ました。ぜひ技術移転先やユーザーの掘り起こしをしていきたいと思っています。

本日はありがとうございました。

有本 好徳
有本 好徳(ありもと よしのり)
新世代ワイヤレス研究センター 宇宙通信ネットワークグループ
主任研究員
大阪大学大学院修了後、1979年郵政省電波研究所(現NICT)に入所。
衛星管制、宇宙通信、光無線通信などに関する研究に従事。博士(工学)。
独立行政法人
情報通信研究機構
総合企画部 広報室
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