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光通信インフラの革新を目指して −空間/モード分割多重光ファイバ通信時代の幕開け− 光ネットワーク研究所 フォトニックネットワークシステム研究室 研究マネージャー 淡路 祥成

光ファイバ通信容量危機

インターネット人口の爆発的な増加をはじめ、スマートフォン/タブレットのめざましい普及やインターネットでのリッチコンテンツサービスの一般化を根幹で支えているのは、他の通信媒体に比べて圧倒的に大容量・低損失な光ファイバ通信であることはよく知られています。しかしながら、光ファイバの持つ伝送帯域といえども無限ではありません。これまで表面化していなかったのですが、光ファイバ通信研究の最先端では容量枯渇に関する危機感がにわかに増大しています。

通信用のシリカ*1系光ファイバは、波長1.55ミクロン付近に極低損失を実現できる透明な領域を持っており、この波長帯で実用的な光増幅器が発明されたことで、一気に通信容量の拡大が行われたのが1990年代の終わりでした(図1)。つまり、光ファイバ通信の大容量という特徴は伝送媒体の低損失領域と光増幅器の増幅領域が広い波長帯で重なり合ったから生じたものに他なりません。従って、波長分割多重(WDM)通信の初めの頃は波長チャネル数の増設のために未利用の発振波長のレーザ光源と光増幅器の開発を行う周波数開拓が盛んに行われました。一通り1.55ミクロン近傍の周波数開拓が進むと、無線通信と同様に周波数利用効率を上げる取り組みに研究の中心が移っていき、差動4値位相変調(DQPSK)や直角位相振幅変調(QAM)、直交周波数分割多重(OFDM)といった高度な変調フォーマットが光技術によって実装可能になってきています。

周波数利用効率は理論的にはシャノン限界*2に沿って、信号品質(OSNR)の向上とともに高くなっていきますが、ここで光ファイバ特有の問題が発生しました。OSNRを向上させるためには、信号光のパワーを増加させる必要があり、波長多重されたそれらの信号チャネルの合計パワーは直径わずか9ミクロン程度の光ファイバのコアに集中します。このような非常に高いパワー密度においては、光ファイバを構成するシリカ材料といえども顕著な三次の非線形性(光の強度に依存して光信号自身が変化する現象。材料によって、二次、三次・・・と効果の大きさが変化する。)を示し、信号光の波形歪みやスペクトル変化などを引き起こすためOSNRには実質的に極大値が表れます。また、さらにパワー密度が高くなると光ファイバのコアがプラズマ*3化して焼損するファイバフューズ現象を引き起こし、通信機器の破損や火災の危険性にもつながってきます。

図1●容量枯渇とブレークスルー
図1●容量枯渇とブレークスルー

NICT発 −世界に向けてのEXATイニシアチブ−

このようなパワー挿入限界、増幅器の帯域限界と、トラヒック需要予測を鑑みて、当時仏アルカテルのE. Desurvireが2006年の論文で容量枯渇(Capacity Exhaustion)について問題提起しています。実際に、光ファイバ1本あたりの伝送容量の伸びは2001年を境に100テラビット毎秒に漸近して飽和しつつあるようにも見えます(図1)。しかしながら、このような危機的問題に対しての反応は芳しくなく、事実上放置されていたのですが、2008年1月にNICTの呼びかけにより、産学官の研究者が結集して誕生したEXAT研究会(光通信インフラの飛躍的な高度化に関する研究会)が本格的に取り組みを始めました。議論の結果、容量枯渇を打破し、来たる20年後に3~5桁(千~10万倍)の容量増加を実現するためには、多値変調(Multi-level modulation)、マルチコアファイバ(Multi-core fiber)、マルチモード制御(Multi-mode controlling)の3つの技術領域(3M技術: Triple Multi- Techs)を発展させることが重要であるとの結論を得て(図2)、同年11月に国際シンポジウムを開催して日本発のEXATイニシアチブとして世界に発信を始めました。その後も関連の深い研究機関から矢継ぎ早に論文発表を行った結果、海外でも当該分野の急速な展開が始まっています。特に、マルチコアファイバやマルチモード(数モード)ファイバを積極的に利用した空間/モード分割多重伝送方式は、先述の光挿入パワー限界を大幅に押し上げることが可能な技術です。

図2●EXATイニシアチブと3M技術
図2●EXATイニシアチブと3M技術

多角的な研究体制から生み出された世界記録

NICTにおいては、「革新的光ファイバ技術の研究開発」と「革新的光通信インフラの研究開発」の委託研究を実施して、国内の研究機関の力を結集し当該分野の研究開発の加速を図ると共に、自らも率先して先鋭的かつハイリスクな研究に取り組んでいます。

一例を紹介すると、空間光学の常識からは実現不可能と思われていたレンズ結合型マルチコアファンイン/ファンアウト結合装置の開発に成功し、トレンチアシスト型7コアファイバを用いて、2011年に、当時、伝送容量の世界記録である109テラビット毎秒を達成しました(図3)。100テラビット毎秒は容量枯渇問題で実質的な壁と考えられていたので、これを新しい空間分割多重方式で突破したのは歴史的にも意義深いことと言えます。

図3●レンズ結合型マルチコアファンイン/ファンアウトとトレンチアシスト型7コアファイバ
図3●レンズ結合型マルチコアファンイン/ファンアウトとトレンチアシスト型7コアファイバ

また、NICTでは学会等で多数派をしめる、高次LPモードを用いたモード分割多重方式と一線を画し、光通信業界ではほとんど知られていなかったラゲール・ガウスモードを用いたモード分割多重方式と光ファイバ伝送の実証実験を世界で初めて行いました(図4)。

図4●マルチコアファイバによるラゲール・ガウスモード分割多重信号伝送
図4●マルチコアファイバによるラゲール・ガウスモード分割多重信号伝送

今後の展望

今後は、引き続き我が国が当該分野で重要な役割を果たしていくために、国際協力・連携等を積極的に進め、関連技術の標準化、実用化の加速に貢献していきたいと思います。

用語解説

*1 シリカ
 二酸化ケイ素(SiO2)、いわゆるガラス。

*2 シャノン限界
 通信チャネルが持つ信号対雑音比と周波数帯域幅によって決まる、伝送容量の限界のこと。1948年にC. E. Shannonが定式化した。

*3 プラズマ
 気体の温度が上昇すると気体の分子は解離して原子になり、さらに原子核のまわりをまわっていた電子が原子から離れ、陽イオンと電子に分かれる(電離)。電離によって生じた荷電粒子を含む気体をプラズマという。

淡路 祥成 淡路 祥成(あわじ よしなり)
光ネットワーク研究所 フォトニックネットワークシステム研究室 研究マネージャー

大学院修了後、1996年、郵政省通信総合研究所(現NICT)に入所。光信号処理、光増幅器、光パケットスイッチングなどに関する研究に従事。2004年~2006年、内閣官房にて情報セキュリティ政策に従事。博士(工学)。
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