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ナノテクノロジーで新しい光を通信に -半導体量子ドット技術による広帯域光増幅デバイス- 光ネットワーク研究所 光通信基盤研究室 主任研究員 山本 直克/光ネットワーク研究所 光通信基盤研究室 主任研究員 赤羽 浩一/光ネットワーク研究所 光通信基盤研究室 室長 川西 哲也

光周波数資源の枯渇、さらなる開拓の必要性

光情報通信(光ICT)ネットワークでは、光ファイバー伝送ロスの最も低いCバンド(波長1.53~1.56μm)を中心とした帯域が光周波数チャネルとして割り振られ、利用されています(図1)。近年、高速光変調や新規変調方式、波長・偏波多重、空間・モード多重など、多値や多重による大容量化と光周波数利用の効率化のための様々な技術革新が進められています。しかし根本的に、このCバンドではおよそ5THz程度の帯域しか存在しておらず、将来のさらなる光情報通信利用の拡大に対する光周波数帯域の枯渇が懸念されます。

図1●光情報通信に割り振られたバンド名と光周波数(波長)帯域の関係
図1●光情報通信に割り振られたバンド名と光周波数(波長)帯域の関係
波長1.55ミクロン帯のCバンドを中心とする帯域が、光情報通信帯域として最も広く利用されています。波長1.0~1.3ミクロンのTバンドやOバンドに潜在する非常に広大な光周波数資源は、将来の光情報通信への利活用が期待されます。

我々は光周波数帯域を「資源」としてとらえ、新しい光周波数資源を開拓することが将来の光情報通信の高度化、大容量化、そしてフレキシビリティの向上に重要であることに先駆的に注目し、新機能ナノ材料や光ICTデバイス開発および、その光伝送システム応用に関する基盤技術の構築にチャレンジしています。特に、Thousandバンド (Tバンド)と称して波長1.0μm帯(1.0~1.26μm)とOバンド (1.26~1.34μm)の新たな光周波数帯域の利活用に注目しています。このT、Oバンドに潜在する75THzを超える非常に広い光周波数資源を新たに開拓することで、将来の光ネットワークのチャネル数の大幅な増大に寄与できると考えています。この多くの波長数(チャネル数)を図2に示すようにスイッチング・ルーティングすることで、より高いフレキシビリティの実現や、多数のノードを要するアクセス系やデータセンター内光インターコネクト・ネットワークの効率的構築が期待されます。

図2●利用可能な光周波数帯域の増加によるネットワークのフレキシビリティ向上
図2●利用可能な光周波数帯域の増加によるネットワークのフレキシビリティ向上
従来よりもさらに広い光周波数帯域にわたって波長ルーティングやスイッチングを組み合わせることで、アクセス系やデータセンター内光ネットワークで、より多くのノードを、より高い設計自由度で構築できることが期待されます。

ナノテクノロジーによる新素材創生: 量子ドット技術

T、Oバンドに潜在する広大な新規光周波数帯域の開拓と有効活用に資することを考えた時、「広帯域化」に注目した新しい光ゲイン材料や光ICTデバイスに関する研究が重要となります。この広帯域化にとって、最も有効な革新技術が「ナノテクノロジー」です。本記事ではナノテクノロジーの中でもNICTで研究推進している量子ドット技術について説明します。

III-V族化合物半導体結晶*1の自己組織的手法を巧みに利用することで、図3(a)に断面構造を示すような高さ数ナノメートルの島状構造が量子ドット*2として形成されます。この量子ドットは、その内部に電子や正孔を三次元的に強く閉じ込められることから高効率発光が期待され、さらに原子レベルでのサイズ制御により発光波長域の広帯域化が可能な新材料となります。一方で、ナノ構造内に電子が強く閉じ込められているために、電子はその構造体の品質に強く影響されてしまいます。量子ドットをより効率的な発光材料とするには、サイズ制御、高密度化、凝集抑制などの高品質化技術が重要となります。NICTではこの高品質化新技術として図3(b)に示すような「サブナノ層間分離技術」を提案しています。この技術では、InGaAsバックグラウンド層と量子ドットの間に、わずか3分子層(0.85nm)のGaAs薄膜が分離層として用いられています。従来技術では、電流駆動の大きな阻害要因となる巨大な凝集構造が多数確認されていましたが、この新技術を用いることで、凝集構造生成が抑制され、さらに図3(c)のような世界最多級の高面密度で高品質な量子ドット形成が達成されました。

図3●高密度・高品質半導体量子ドットテクノロジー
図3●高密度・高品質半導体量子ドットテクノロジー
(a)半導体基板表面に作製された量子ドット構造の断面電子顕微鏡像、(b)NICTの量子ドット高品質化技術: サブナノ層間分離技術、(c)サブナノ層間分離技術で実現された世界最多級高密度・高品質量子ドット表面像(左上は従来手法による量子ドット構造)。

ナノテクで実現される新しい光の利活用

サブナノ層間分離技術は、高品質量子ドットを得るために効果的な技術で、広帯域動作が可能な量子ドット光ゲイン材料・ICTデバイス実現のブレークスルーとなりました。図4(a)はNICTで作製した量子ドット光ゲインデバイスです。高度な半導体ナノ材料や光デバイス構造の作製では、NICTフォトニックデバイスラボ(小金井)の装置を使用しています。この量子ドット光ゲインチップを用いて、産学官連携の枠組みにて、世界に先駆け広帯域波長可変・高精度量子ドット光源が図4(b)のように開発されました。波長可変機構には光学フィルタによる高ロバストな外部共振器を用いています。図4(c)は波長可変特性の一例で、低消費電力にて、波長1.26~1.32μm (>10 THz)の広帯域動作が確認されました。また、従来技術では開発が困難であった波長領域(およそ1.0~1.3μm)の光ゲインデバイスを量子ドットにより効率的に作製できることが確認されています。また、構築した光源はおよそ数100kHz程度の狭線幅レーザーとして機能します。量子ドット技術を用いることで、光周波数の高精度化と高利用効率化につながる狭線幅特性と、量子ドット特有の広い波長可変特性を合わせ持つ新しい光源が実現されました。

図4●広帯域波長可変・高精度量子ドット光源の開発
図4●広帯域波長可変・高精度量子ドット光源の開発(図をクリックすると大きな図を表示します。)
(a)量子ドット光ゲインデバイスの断面構造模式図と実際のチップの外観、(b)産学官連携で世界で初めて開発に成功したベンチトップ型広帯域波長可変・高精度量子ドット光源のプロトタイプ。(c)量子ドット光源の波長可変特性の一例。

量子ドット技術は広帯域な光ゲイン材料を創生するために非常に有用です。一方、光伝送システムを考えた時、レーザーや光アンプに寄与する光ゲインデバイスの他に、光伝送路が重要なコンポーネントとなります。ナノメートルサイズの多数の微小空孔を制御・配置することで構成されるフォトニック結晶ファイバー*3は、非常に広い波長範囲の単一モード光伝送路として機能します。つまり、量子ドットやフォトニック結晶などのナノテクノロジーを活用することで、従来のCバンドに加え、T、Oバンドの広い帯域を同時に光情報通信に活用できる超広帯域光伝送システムが構築できることを意味しています。先に述べた(1)広帯域波長可変・高精度量子ドット光源と(2)超広帯域フォトニック結晶ファイバーの2つを応用し、図5の光伝送サブシステムを構築しました。将来のアクセス系光ネットワークや、データセンター内光通信などでの使用が期待される10km超の距離で、10Gb/sの高速伝送が確認されました。今回の量子ドット技術やフォトニック結晶技術を活用した高速光伝送サブシステムの構築と世界に先駆けた動作実証は、T、Oバンドに潜在する広大な新光周波数帯域利用の端緒であると同時に、ナノテクノロジー利用が光情報通信の広帯域化に貢献し得ることを示した重要な結果となります。

図5●ナノテクノロジーを活用して創製された2つの広帯域光ICTデバイス
図5●ナノテクノロジーを活用して創製された2つの広帯域光ICTデバイス
(a)波長可変量子ドット光源と(b)フォトニック結晶ファイバー光伝送路。これらを組み合わせて世界に先駆け構築・高速データ伝送動作実証(c)がなされた光伝送サブシステム。

今後の展望

今後は、新しい光周波数帯域T、Oバンドのさらなる高度利用を目的とした基盤研究を推進するとともに、産学官連携等を積極的に進めることで、より高度なナノテクノロジーを用いた先端的な光ICTデバイスの研究と、実用化に貢献していきたいと思います。

用語解説

*1 III-V族化合物半導体結晶
周期律表のIII族とV族の元素を2種類以上組み合わせて構成される半導体結晶。光デバイスや高速電子デバイスに広く利用されています。

*2 量子ドット
半導体結晶で構成されるナノメートルサイズの微粒子。電子を微粒子内に束縛できることから、高効率発光材料として注目されています。

*3 フォトニック結晶ファイバー
広い波長帯域の光を効率的に閉じ込めるための次世代光ファイバー。複数の空孔(ホール)がナノメートル精度で周期的に配置されたクラッド層が用いられます。

山本 直克 山本 直克(やまもと なおかつ)
光ネットワーク研究所 光通信基盤研究室 主任研究員

大学院博士課程修了後、東京電機大学工学部助手を経て、2001年、通信総合研究所(現NICT)に入所。半導体ナノ構造、新機能光電子材料、光電子デバイス、半導体レーザ、光伝送サブシステム技術などの研究に従事。2008年、東京電機大学工学部客員准教授。博士(工学)。
赤羽 浩一 赤羽 浩一(あかはね こういち)
光ネットワーク研究所 光通信基盤研究室 主任研究員

大学院修了後、2002年、通信総合研究所(現NICT)に入所。化合物半導体結晶成長、光デバイス、光エレクトロニクス、カーボンナノチューブに関する研究に従事。博士(工学)。
川西 哲也 川西 哲也(かわにし てつや)
光ネットワーク研究所 光通信基盤研究室 室長

大学院博士課程修了後、京都大学ベンチャービジネスラボラトリー特別研究員を経て、1998年、通信総合研究所(現NICT) に入所。光変調デバイス、ミリ波・マイクロ波フォトニクス、高速光伝送技術などの研究に従事。2004年、カリフォルニア大学サンディエゴ校客員研究員。博士(工学)。
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