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トピックス解説(1)

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2001年12月1日

量子効果に基づく情報圧縮操作を世界で初めて実証

背景

現在のパソコンやインターネットの中を駆け巡っている情報の実体は、0と1という抽象的記号を運ぶ電気や光の膨大なパルス列です。音声や画像を0と1という抽象的記号で表現することで、効率的なデータの圧縮や雑音下での信頼性の確保が可能になります。いわゆる符号化といわれる操作ですが、それは大きく分けると、データを{0,1}のビット列で圧縮して表現するための情報源符号化と、そのビット列をできるだけ小さい誤りで伝送するための通信路符号化の2つに大別されます。今後、チップの小型化や光回線の大容量化が進むと、0と1を運ぶ媒体が光子や電子のレベルに到達し、量子力学が支配する信号に対する情報操作を行う領域に突入してゆきます。

今回の実験では、光子に載った量子信号を圧縮し再び復元する量子情報源符号化という操作を世界で初めて実証しました。信号の圧縮・復元はあらゆる情報処理の基本操作であり、量子信号に対する今回の成果は、光子レベルの信号を扱う量子通信や量子暗号において、効率的にデータを圧縮する技術の第一歩となるものです。我々のグループでは本成果に先立ち、大容量伝送を可能にする量子通信路符号化についても既に原理実証に成功しており、これで量子情報技術の根幹をなす2つの符号化操作の実証が成功したことになります。
 

本研究成果の概要

信号の圧縮とは、信号に含まれる冗長性を取り除く操作です。典型的な例は文字の出現頻度の偏りです。つまり、頻繁に現れる文字ほど、より短い0,1の系列で表すことでデータの圧縮が可能になります。逆に文字の出現頻度に偏りがないデータは、圧縮できないわけです。しかし量子情報理論(注1)と呼ばれる最新の理論によれば、量子力学の世界ではこのような場合でも更なる圧縮が可能であることが予言されています。信号を運ぶ量子状態には、一般に量子的な重なりが存在しますが、この重なりは、粒子間の量子もつれ(注2)と呼ばれる相関を適切に制御する事で取り除くことができるのです。今回の成果は、この量子情報源符号化という操作を世界で初めて実験的に実証したものです。 

情報の圧縮効率と復元精度は、扱うデータのサイズが大きいほど高くなります。しかし、現在の技術で扱える量子力学的データのサイズは、まだ数ビットにしか過ぎません。こういった小さいサイズでは、圧縮したデータを完全に元の状態に復元することはできなくなります。したがって、実際上は、どこまで元の状態に近い状態に復元できるかが問題となります。我々の実証実験では、3ビットの信号を2ビットの信号に圧縮し、再び3ビットの信号へ復元するモデルを使います。実際には一つの光子の直交する偏光面と4本の伝送経路を使って、3ビットの信号を用意します。この信号に対し線形光学素子を使って量子もつれを形成する適当な変換を行った後に4本の伝送経路のうち2本を捨てることによって、2ビットの信号へと圧縮することができます。圧縮された信号を再び元の3ビットの信号へと復元しその復元精度を測定したところ、量子もつれを使わない従来の圧縮限界よりも高い復元精度が達成されていることが確認されました。 

期待される応用分野

改竄や盗聴に対する絶対安全性を備えた量子暗号技術と組合わせることで、将来、大容量でかつ絶対安全な量子メモリの開発に役立つ成果と期待されます。また、微弱な光信号を扱わなければならない深宇宙光通信等で、データを一時的に保存したり、中継する際の新しい技術としても期待されます。
 

今後の展開

今回の成果と先の我々の成果により、量子情報技術の2つ基本原理である量子情報源符号化、量子通信路符号化は、共に原理実証に成功した段階まで到達しました。これらは、これまで主として理論的な研究対象でしかなかった量子符号化の実現化への最初の方向性を示すものであり、いよいよ量子情報技術が技術開発のスタート地点に立ったことを示すものです。 

今回の実験で用いられた単一光子に対する変調方式は、原理実証には十分ですが、通信路の外乱には弱く、まだ実用的なものとはいえません。将来的には、現在の通信に用いられているコヒーレント光をベースとした量子符号化技術の確立が重要であると予想され、今後はコヒーレント光信号に対して量子もつれを生成・制御するための基礎研究を重要課題として推進していきます。 

用語説明

注1. 量子情報理論:

シャノンによって基礎が築かれた情報理論は、情報の流れをその背後にある物理モデルから切り離して0,1のような抽象的記号の確率的遷移として記述している。これによって、情報操作を記述する極めて汎用的な数理体系となっている。この理論体系を量子力学の法則まで取り入れて拡張したものが量子情報理論と呼ばれ、現在も日々発展しつつある理論である。

注2. 量子もつれ: 

2つ以上の量子力学的自由度にわたって形成された量子力学的相関。例えば、2つの自由度にわたる量子もつれでは、一方の自由度の量子状態を測定したとき、その結果がもう一方の量子状態についての情報を与える。このような相関効果は、隠れた変数理論を用いても説明できない量子力学特有の性質である。