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赤坂ナチュラルビジョンリサーチセンター紹介

福田弘之 (ふくだ ひろゆき) - 拠点研究推進部門 赤坂ナチュラルビジョンリサーチセンター

1987年 オリンパス光学工業(株)入社。画像処理技術開発及びデジタルカメラ、コードスキャナー等の製品開発に従事。 2002年 通信・放送機構 赤坂ナチュラルビジョンリサーチセンターに出向。以来、マルチスペクトル入力技術の 研究開発および実用化のための応用技術開発に従事。


はじめに

近年映像機器の普及に伴い、家庭でも簡単にビデオやデジタルカメラを使って記念の映像を撮れるようになりましたが、 撮った映像を後で見返してみると「記憶の印象と違う」ということがしばしば起きています。私達は、このような問題を 解決するために従来の「光の3原色」にとらわれず、被写体からの光を波長毎に分解したスペクトル情報に基づく映像 システムである「ナチュラルビジョン」の研究開発を行っています。その取り組みは、スペクトルを取得する映像入力技術、 その情報の伝送技術、表示技術、ならびにスペクトル情報の保存・分析技術まで含み、さらにこれらの技術の用途開発も 並行して進めています。

ナチュラルビジョンの概要

ナチュラルビジョンでは、図1に示す考え方に基づいて忠実な色再現を行うことを目標としています。図1(a)の場合、 人間の目で見る色と同等の色情報を取得して再現をすることになりますが、カメラなどの従来の映像入力機器は人間の 目と同じ特性ではないので、人間には識別できる色がカメラでは見分けられないといった問題が生じます。 そこでナチュラルビジョンでは、スペクトルの情報に基づく画像入力により実物の色を正確に再現する仕組みを構築 しています。また、図1(b)のように撮影時と異なる照明環境での再現もできるようにするために、様々な環境における 照明光のスペクトルを用いた再現も実現しています。

研究開発状況

要素技術

映像収集技術としては、これまでのカメラは画像を「撮る」ものでしたが、構造的には似ていても被写体からの光を 画素単位で「分光計測する」という発想でカメラを設計しました。現在利用しているものは回転フィルタ型16バンド マルチスペクトルカメラと、6バンドHDTVマルチスペクトル動画カメラ(図2)で、これらにより画像として得られた 信号からスペクトル情報を得ることができるようになりました。これらの装置を用いて色再現性・画質等の課題を抽出し、 各種応用分野(医療、カタログ印刷、美術品のデジタルアーカイブなど)におけるカメラ開発の設計指針抽出等を 行っています。表示技術としては、多原色表示装置を用いて6原色DLPプロジェクタ(図3)などを開発し、忠実な色再現を 実現するとともに、多原色化による色再現範囲拡大の効果を実証しました(図4)。

実証実験・用途開発

ナチュラルビジョン技術に対するニーズの高さ、効果の大きさなどから有望なアプリケーションを複数候補として挙げ、 そのいくつかについて実証実験および用途開発を行っています。ここではその一部について紹介します。


医療画像への応用
マルチスペクトル顕微鏡カメラシステムと皮膚科用マルチスペクトルカメラを開発し、医療現場で実証実験を 行っています。顕微鏡カメラシステムを用いた病理への応用では、例えば病院間で標本の染色具合が異なっている場合でも、 画像を介して共通な染色状態をデジタル的に得ることができ、いわゆる「染色状態の標準化」が可能になります。 更にこれを発展させることにより、定量的に求めた色素の量などから診断支援技術が実現できると考えています。 また、皮膚科への応用でも、皮膚科用マルチスペクトルカメラを用いて病状の定量化について医療機関と共同で研究開発を 進めており、実用化が期待されています。上記システムはいずれも静止画システムの応用例ですが、動画システムを 用いた医療システムの開発にも取り組んでおり、例えば、救急医療現場で専門医が不在の場合に、遠隔地の専門医に 映像を送り、対応の指示を仰ぐような場面への応用を検討していく予定です。
デジタルアーカイブへの応用
未来へ向けた文化遺産等の映像保存についてマルチスペクトルカメラのニーズが近年高まってきています。 現時点での最高画質で映像を保存しておくことは、将来の技術によってそれらの実物の被写体を修復・解析等を行うことが できるようになったときに、十分な情報が残されているようにするためにも非常に重要だと考えています。具体例として、 アステカ文明以前の歴史を研究する上で非常に重要である古代絵文書を管理しているメキシコ国立図書館がその保存に 力を入れており、共同でそれらのマルチスペクトル撮影を開始しています。わたしたちは、こうした被写体が日本国内を はじめ、他にもたくさんあると考えており、今後それらのアーカイブにも取り組んでいきたいと考えています。

おわりに

本プロジェクトの目的が、実用化に向けたブリッジ研究であることから、様々な機関とも研究交流を進めるとともに、 研究成果の展開を図るための用途開発にさらに力を入れていきたいと考えています。また、ナチュラルビジョンの映像の 違いは実際に見ない限り感じることができないものであるため、これまでにも多くの方々にデモンストレーションを ご覧頂いておりましたが、今後もこのような活動を活発に行っていき、より多くの方々に体験していただきたいと 思っています。