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聴覚障がい者支援アプリ “こえとら”

目からウロコのニーズとの出会い

近年、携帯端末が急速に進化し、優れた演算能力、集音能力、通信能力を持ったスマートフォンが世の中に普及してきました。そのおかげで、今では高度な音声翻訳がスマートフォン上で手軽にできるようになりました(図1)。NICTでは、スマートフォン用の音声翻訳アプリ“VoiceTra”を開発し、昨年度末までApp Storeで公開していましたので、このアプリをダウンロードすることで誰でも無料で体験していただくことができました。

 図1 音声翻訳アプリ“VoiceTra”の画面表示の例
図1 音声翻訳アプリ“VoiceTra”の画面表示の例
日本語で「道に迷いました。駅はどこですか。」と発話すると音声認識して書き起こされ、“I’m lost. Where is the station?”のように英語に翻訳されて合成音声が出力されます。

ある時、熊本聾学校の先生が“VoiceTra”の音声認識技術の性能の良さに感心し、連絡をくださいました。それは、“VoiceTra”の技術を用いて、音声と文字の相互変換ができれば聴覚障がい者と健聴者との間のコミュニケーション支援に役立つというもので、まさに目からウロコが落ちる思いでした。これをきっかけに“こえとら”の開発が始まりました(図2)。2011年の秋も深まりつつある頃のことでした。

図2 “こえとら”の仕組み
図2 “こえとら”の仕組み

“こえとら”の開発・公開と反響

早速プロトタイプシステムを試作し、聾学校の生徒に教室や校外で使ってみていただきました。すると、“VoiceTra”のインターフェースでは、聴覚障がい者にとっては使い勝手が良くないことがわかりました。ヒアリングやアンケート調査などにより、聴覚障がい者の方が必要とされる機能を明らかにし、改良を加えました。熊本聾学校の先生はその後も積極的にご協力くださり、さらに、佐賀県立ろう学校、都城さくら聴覚支援学校をご紹介いただき、これら3校で実証実験を行い、改良を重ねました。例えば、聴覚障がい者と健聴者はそれぞれ文字と音声で入力し、やり取りしますが(図3)、入力の手間を軽減するため、よく使う文を登録し簡単に呼び出せるようにするなどの改良をしました(図4)。3校での実証実験は口コミで広がり、新聞などでも取り上げられるようになり、本年6月に、App Storeに“こえとら”という名称でアプリを公開することができました。その後、各所から様々な反響をいただいています。嬉しいことに、音声認識技術の性能が良いことをまず一番に挙げてくださることが多く、また、例えば複数人でやり取りする方法など使い勝手に関する要望もくださいます。日々、良い技術を使いやすく提供することの重要性を実感しています。さらに、障がい者支援ツールを開発している会社などから技術導入したいという申し出もいただいており、今後の連携や普及展開の幅が広がることも期待されます。

図3 使い方の例
図3 使い方の例 (図をクリックすると大きな図を表示します。)

図4 入力の手間を軽減するための工夫の一例
図4 入力の手間を軽減するための工夫の一例
定型文の登録、呼び出しができる。

今後の拡張と展望

実証実験などにより今後の拡張の方向性も見えてきました。その方向性は大きく2つあります。1つは、災害などの非常時にネットワークがつながらなくなってもサービスを提供できるようにすることです。現在は高品質のサービスを提供するために、研究所内に音声認識・合成のサーバを立ち上げ、端末のアプリからネットワークを経由して音声データと音声処理結果をやり取りしています。そのため、ネットワークがつながらなくなるとサービスを提供できなくなります。この問題を解消するために端末のアプリのみでも最低限のサービスを提供できるようにしたいと考えています。もう1つの拡張は、高齢により耳が遠くなった方々なども支援できるようにすることです。高齢の方でも簡単に情報発信・受信できるようにしたり、タブレット端末における操作性や視認性を高めたいと考えています。

聴覚障がい者にとって、健聴者とのコミュニケーションの手段は主に手話や筆談ですが、いずれも容易ではありません。そのため、聞きたいことや言いたいことがあっても遠慮して控えてしまい、活動の範囲もやり取りできる情報も制限されがちです。“こえとら”の開発と普及展開により、聴覚障がい者が、積極的に新しいことに挑戦し、いつでも必要な情報を適切に得られるようにする手助けになればと考えています。

左から内元 清貴、堀 智織、隅田 英一郎、葦苅 豊

左から内元 清貴、堀 智織、
隅田 英一郎、葦苅 豊

内元 清貴(うちもと きよたか)
ユニバーサルコミュニケーション研究所 企画室 兼 情報分析研究室 研究マネージャー

1996年、郵政省通信総合研究所(現NICT)に入所。研究成果の社会還元および自然言語処理の研究に従事。 2009年10月より2011年3月まで内閣府へ出向。博士(情報学)。

葦苅 豊(あしかり ゆたか)
同研究所 音声コミュニケーション研究室 兼 企画室 主任研究員

堀 智織(ほり ちおり)
同研究所 音声コミュニケーション研究室 室長

隅田 英一郎(すみた えいいちろう)
同研究所 多言語翻訳研究室 室長

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