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滝澤 修 (たきざわ おさむ)- 情報通信部門 セキュリティ高度化グループ 主任研究員

1987年電波研究所(現NICT)入所。現在は、自然言語などのコンテンツを対象としたアプリケーションセキュリティの 研究、および情報通信の防災応用技術の研究開発に従事。博士(工学)。


はじめに

いつ発生するかもわからない災害には、常に備えを怠らないことが不可欠ですが、備えを持続させるためには、 投じることのできるリソースを勘案し、可能な範囲で被害を軽減するという、現実的な姿勢が必要です。そのような 姿勢による発災前の対策や発災後の救援・復旧活動を表すために、「防災」(Disaster Prevention)の代わりに 「減災」(Disaster Mitigation)という用語が定着しつつあります。本稿では、そのような減災を目指してNICTが 進めている研究開発の一端をご紹介します。

RFIDタグを被災情報収集に活用する

2002年度に32機関が参加して始まった研究開発プロジェクト「大都市大震災軽減化特別プロジェクト・レスキュー ロボット等次世代防災基盤技術の構築」(以下、大大特プロ:図1)が5年計画の折り返し点に至り、各機関で個別に 開発してきたシステムの統合を図るフェーズに入りました。中でもロボット技術はレスキューへの応用が期待されて おり、本年10月23日に発生した新潟県中越地震では、大大特プロのコア機関が本震の直後にいち早くレスキュー ロボットを携えて現地入りし、被災地の長岡技術科学大学に所属する大大特プロの研究者と合流して被災状況調査を 行ったほか、被災地の自治体から下水道管内調査のためにロボット利用の打診を受けるなど、実戦を意識した 研究活動を行っています。

NICTは大大特プロの中で、災害現場に設置されたRFID(非接触ICタグ、無線タグ、電子タグ)を災害時の情報収集に 活用するための端末の開発を進めています。これまでに、無電池型RFIDに対して1メートル以上離れていてもデータの 書き込み及び読み取りができる端末を開発しました。現時点では写真1左側に示すような大型ですが、写真1右側の ような小型サイズへの改良を現在進めています。この新しいシステムではRFIDをデータの一時記憶メディアとして 使うため、RFIDの一枚分の記憶容量を超える大きなデータを書き込もうとした際にはデータを自動的に分割して周辺の 複数のRFIDに小分けにして書き込むことができ、RFIDを単にモノの識別に使う一般的な用途にはない独自の機能を 実装しているのが特徴です。

この端末の応用の一つとして現在、被災建物の応急危険度判定結果をRFIDに書き込んで現場に残す機能を、工学院 大学建築学科と共同で開発しています(図2)。大規模災害時に、調査者が小型端末を使って迅速な被災度判定を行い、 その結果をRFIDで電子的に現場に残して他の救援者と情報共有することで重複調査のムダを省き、被災データベース 作成の省力化や補助金手続き等の迅速化に役立てることができます。災害時には通信ネットワークを介した情報共有が 困難になることを想定して、情報は現場で得るという「情報現場主義」の考え方が、耐災害性の高いシステムを 構築するためには重要なのです。

センサーネットやアドホックネットへの展開

RFIDをデータ記憶装置としてだけでなく、電源を搭載して計算能力と通信機能を持たせ、例えば建物の損傷度を監視するセンサーを搭載して、地震時に被害調査の自動化を図る応用も考えられています。現在このような、RFIDの進化形といえる「マイクロサーバ」を、大大特プロの共通のプラットフォームとして開発中で、被災地内に分散配置した多数のサーバの情報を統合し、被災地の状況把握等に役立てることを目指しています(図3)。

マイクロサーバ同士が通信を行うためには、電波が直接届きにくい距離でも、複数の無線中継器(アクセスポイント)を リレーすることで通信を確立する「マルチホップ通信」や、特定の中継器が使用不能になっても、別の中継器に自動的に 迂回して通信を継続する「アドホック通信」の機能が必要になります。NICTでは平成15年度に、独立行政法人消防研究所 との共同研究として、これらの機能を持つ無線LANアクセスポイントを用いた音声通話実験を行いました(図4)。 これらの機能は、高速データ通信が可能な消防無線として被災建物内で活用できる他に、通信インフラが途絶した 被災地における移動局間の通信や、被災地の災害対策本部における仮設LANとしての活用なども考えられます。

おわりに

阪神・淡路大震災からちょうど10年になる2005年1月に、神戸で「国連防災世界会議」が開催されます。日本では、 京都議定書を採択した1997年の地球温暖化防止京都会議(COP3)以来、7年ぶりの大きな国連行事であり、国内外の 防災関係者が神戸に集って、本会議あるいは併設行事に参加します。大規模災害を経験した街から、減災の重要性を 改めて世界に訴える気運が高まっています。減災の研究としては、地震観測、自然災害対策、建造物などの分野が 主流であり、ICTを減災に活用する研究については、大学研究室レベルを除けば、テーマの柱に据えて取り組んでいる 機関が無いのが現状です。NICTでは本稿で紹介したほかに、無線通信や電磁波計測技術を減災に応用する研究開発も 盛んに進められています。大規模災害時の非常時通信に限らず、より一般的な減災という、社会の安心・安全を 確保するためのICT技術は、基礎から応用までを所掌するNICTが主導していくべき研究課題と考えています。


Q. "大都市大震災軽減化特別プロジェクト"とは何ですか。
A. このプロジェクトは、首都圏や京阪神などの大都市圏において、阪神・淡路大震災級の被害をもたらす大地震が 発生した際、人的・物的被害を大幅に軽減することを目的として、地震防災対策に関する科学的・技術的基盤を 確立するために、文部科学省が立ち上げた研究プロジェクトです。
Q. "マルチホップ通信"、"アドホック通信"とは何ですか。
A. マルチホップ通信とは、長距離の無線伝送ではなく、隣り合った端末同士で無線通信を行うものです。一方アドホック 通信のアドホック(Ad Hoc) とは、ラテン語で"特定な目的に沿った、一時的な"といった意味があり、その場で一時的に ネットワークを構築して行う無線通信のことをいいます。

RFIDが減災の切り札になる
RFIDを災害時の安否確認や被災家屋の応急危険判定などに応用することで、 重複調査を防いだり、被災データベースの作成の省力化、作業の迅速化に役立つようになると思われます。 さらには、高速データ通信が必要とされる消防無線、被災地の災害対策本部における仮設LANへの利用なども 考えられます。このようにICTは、今後、減災に欠かせない存在になっていくでしょう。