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齊藤春夫 (さいとう はるお) - 電磁波計測部門 日本標準時グループ主幹

1984年電波研究所(現、情報通信研究機構)入所。原子標準器、衛星通信の研究に携わった後、現在、タイムビジネス 及び周波数較正の業務に従事。


はじめに

現在日本は、世界で最も低廉かつ高速なネットワークインフラを持ち、社会の電子化が進んでいます。これに伴い、 ネットワーク経由で流通する情報量が増加し、インターネットを利用した商取引等も増加しています。このような中、 ネットワーク上の電子情報を安心して利用するための仕組みづくりが必要となっており、暗号化通信、サーバー認証、 電子署名等の方策が採られています。しかし、現在の方策には、統一的な「信頼のおける時刻」を考慮したものはなく、 より正確で安心な電子情報の流通のためには、ネットワーク上に正確な時刻を配信する"時刻配信"や、電子情報の存在 した時刻及びその時刻以降の非改ざんを証明できる"時刻認証(タイムスタンプ)"の必要性が高まっています。

総務省が発足させた「タイムビジネス推進協議会(2002年6月に発足。2004年8月現在98の産・学・官の会員がこの協議会 に参加)」では、これらのIT社会の時刻にかかわる概念を総称して「タイムビジネス」という新しい言葉で定義し、 その実現に向けて取り組みを進めています。また、来年4月から施行される予定の「e-文書法」には、電子情報 (電子文書)の「非改ざん性等の証明」が必須とされ、「タイムビジネス」が今後益々重要になると思われます。

さらに総務省で現在策定中の「タイムビジネスに係る指針」では、「時刻情報は、NICTの配信する標準時と比較して、 その差が一定の範囲内にあること」の記載があり、標準時を配信するNICTの責任も重要となっています。

日本標準時とタイムビジネス

(1)タイムビジネス

タイムビジネス推進協議会の前身であるタイムビジネス研究会では、タイムビジネスとして次の4種類のサービス形態を 想定しています(図1)。

  1. 標準時配信・受信型サービス; 国家時刻標準機関(National Time Authority: NTA)からの標準時の配信サービス (例: 電波時計等の生産)
  2. 標準時配信・証明型サービス; 標準時配信事業者からの標準時の配信サービス (例: IDC(インターネット・データ・センター)、ISP(インターネット・サービス・プロバイダ)、ネットゲーム事業者等への標準時の配信、証明書等の発行)
  3. 時刻認証・保存型サービス; 時刻認証事業者からの標準時の配信サービス(保存型) (例: 電子カルテ、ビジネス文書、知的財産等への時刻情報の付与、長期保存と非改ざんの証明)
  4. 時刻認証・流通型サービス; 時刻認証事業者からの標準時の配信サービス(流通型) (例: オンライントレード、電子入札等での時刻保障)

図1の(1)に関しては、既に電波時計が1,500万台以上販売されており、ほぼビジネスとして成立しているものと考えら れます。しかし、(2)から(4)のサービスに関しては、一部で事業展開されていますが関連する制度がないことから、 現状では法制度に基づいたビジネスとして成立しているとはいえない状態です。なお、上述したように来年4月から e-文書法が施行されるため、(3)のサービス形態は今後急速に進展するものと思われます。

2)信頼のおける時刻の確保

これらのタイムビジネスのサービスをユーザーが受ける際に重要となるのが、サービスされた時刻が「信頼のおける 時刻」かどうかということです。民間、すなわち商用時刻認証機関である標準時配信事業者(TA)、タイムスタンプ 事業者(TSA)がユーザーに配信する時刻が「信頼のおける時刻」であるためには、図2にある上位の階層との時刻の 「トレーサビリティの確保」が必要です。「トレーサビリティ」とは、追跡可能性ということであり、ユーザーに 配信された時刻が最上位の国際度量衡局(BIPM)が管理する協定世界時(Coordinated Universal Time: UTC)に 追跡可能であること(トレーサビリティの確保)が重要となります。しかし、「トレーサビリティの確保」に関して、 時刻配信における標準規格の「タイムスタンププロトコルのRFC3161」では、関連の記述として「信頼に値する時刻の 情報源を使うこと」があるのみで、また、タイムスタンプ事業者運営ポリシーの規格である「ETSI TS 102 023」では 「協定世界時(UTC)」と一定精度内で同期していること」と規定されているのみで、具体的な方法については 言及されていません。

今後の展開

NICTでは、独立行政法人情報通信研究機構法(平成11年法律第162号)第13条第1項第3号に基づき、標準時を通報して います。現在、長波を用いた標準電波、電話回線を用いたテレホンJJY、及びインターネット上の実験的なNTPサーバーに より標準時(日本標準時)を配信しており、電波時計やNTT、テレビ・ラジオ放送局の時報サービスの時刻基準源として 活用され、日本の社会インフラの1つとしても認知されています。

商用時刻認証機関(TA、TSA)への標準時の配信に関しては、世界に先駆けての制度化であることから、現在様々な 方法がタイムビジネス推進協議会等で検討されています。そして、その方向性として、UTCと高精度に同期している NICTの日本標準時を基にした「信頼のおける時刻」体系が構築され、商用時刻認証機関(TA、TSA)を通じて利用者に 配信される見込みです。そのために、現在GPS衛星を用いた時刻比較用のスケジュールにそった観測データ(GPS コモンビューデータ※)などの各種サービス提供が行えるように、総務省、タイムビジネス推進協議会等と連携しながら 内容の検討と機器の整備を進めています。

国家時刻標準機関(NTA)として重要性が増してきたNICTの日本標準時は、新旧システムの比較評価終了後、新2号館に 移設(新システム)されます。新2号館は厳しいセキュリティ環境を持ち、地震対策も施されていますので、 機器を設置し、維持運用するための必要事項を満たしています。また、災害等による万が一のNICT小金井本部の時刻 配信機能停止に備えて、関西地域からの時刻配信の準備も進行中です。

※GPSコモンビューデータ: 仲介とするGPS衛星の時計を複数地点から同時に見ること(コモンビュー)により 各地点間の時刻差を比較測定する手法。地域毎の観測スケジュール、観測結果の表示形式(GGTTS形式)がBIPMにより 決められている。


Q. "時刻認証(タイムスタンプ)"とは何ですか。
A. 電子文書などの電子情報と、時刻情報を結合させることで、その時刻より前にそのデータが存在した 事の証明と、その時刻から検証した時刻まで、その電子情報が変更や改ざんをされていないことを証明できる手段、 またはその証拠になる情報のことです。
Q. "長波を用いた標準電波"とは何ですか
A. NICTは、周波数国家標準と日本標準時を決定し、電波、電話回線、 ネットワークを利用して日本全国に発信しています。標準電波は、おおたかどや山標準電波送信所(福島県)、 はがね山標準電波送信所(佐賀県・福岡県)の2か所から発信されており、時、分、1月1日からの通算日、西暦下2桁、 曜日などの時刻コードが含まれ、超精密さで知られる電波時計に利用されています。

普及する電子文書に必要なタイムスタンプとタイムビジネス
電子文書が本格化しつつありますが、その文書が存在していたこと、変更や改ざんがされていないことを証明 できるタイムスタンプと、その商業化であるタイムビジネスの普及によって、電子文書が正確なもの、公式なものと 認められていくことが考えられます。タイムスタンプは、電子カルテ、オンライントレード、特許・知的財産申請にも 重要な役割を持つものとして期待されています。