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高度20km上空に浮かぶ巨大なICT基地 〜通信・放送ミッション

横須賀成層圏プラットフォーム通信・放送チーム

本プロジェクトは横須賀成層圏無線プラットフォームリサーチセンターと横須賀無線通信研究センター無線イノベーション システムグループの共同研究として、他にも多くの組織、専門家にもご協力頂きながら推進しています。横須賀成層圏無線 プラットフォームリサーチセンターでは鈴木幹雄、森下洋治、中村陽三、木田 仁、丸山正晃、横須賀無線通信研究センター 無線イノベーションシステムグループでは三浦 龍、辻 宏之、永塚守、大堂雅之、森崎孝行を中心として様々な開発研究、 実証実験を実施しています。


はじめに

「衛星より低い高度で広範囲をカバーでき、長期間上空に静止できる大規模なインフラプラットフォームを構築できない だろうか?」このような構想に、日本をはじめ世界各国で「成層圏プラットフォーム」を使って実現しようという取り組みが 活発に行われています。まだ実用化には至らないものの、飛行船の膜材技術や電池技術も鋭意開発が進んでいる状況です。 ここでは、平成10年度から始まった日本における成層圏プラットフォームプロジェクトにおける通信・放送分野の研究開発を 中心に、その成果および進捗状況と将来計画について紹介します。

成層圏プラットフォームとは?

成層圏プラットフォーム (SPF: Stratospheric Platform)とは、高度20km付近の成層圏に大型の無人飛行船や飛行機等を 打ち上げ、定点滞空し、必要に応じて所定の空間に移動させて通信・放送および地球観測監視の無線基地・光学基地と して使用するものです。ミッションの内容にもよりますが、このようなプラットフォーム10〜20基で日本全土をカバーする ことができます。図1に、成層圏プラットフォーム無線システムの概念を示します。このSPFを用いた無線通信システムは、 次のような優れた特徴を持っています。

  1. 高い見通し能力と少ない伝搬遅延
  2. 優れた電波環境性(低送信電力)
  3. 経済性と低リスク(スポット運用可、打上げリスク小)
  4. 柔軟性(移動/回収/再打上げ可能)

こうした特徴は、従来の衛星システムや地上システムとは異なる画期的な通信・放送インフラとなりえます。これらの 特徴を生かすことによって、プラットフォーム間での光通信による大容量の基幹ネットワーク構築、プラットフォームと ユーザ間のさまざまな周波数の電波を用いた高速の固定通信や移動通信、放送等のサービスを同時に提供できるように なります。また、通信や放送だけでなく、電波監視や気象観測、地球環境計測等にも応用可能になります。

通信・放送ミッションの研究開発状況

日本における成層圏プラットフォームの研究開発は、NICT・宇宙航空研究開発機構(JAXA)・海洋研究開発機構 (JAMSTEC)が連携しながら進めています。そうした全体プロジェクトの中で、通信・放送分野の研究開発はNICT(横須賀 成層圏プラットフォームリサーチセンターおよび無線イノベーションシステムグループ)が行っています。本研究開発では 2001年度までに搭載機器・地上機器の開発を行い、2002年度に飛行船の代替機体としてソーラープレーンによる成層圏 高度20kmからのデジタル放送基礎実験とIMT2000移動体通信実験の実施、そして高度3kmにホバリングさせたヘリコプタや 高度約12kmに旋回させたジェット機などを使用した各種の事前飛行試験を行い、2004年度に飛行船による定点滞空試験を 実施しました。表1に通信放送ミッションの開発スケジュールを示します。

ソーラープレーンによる実証実験
2002年6〜7月に、NASA、AeroVironment社、SkyTower社からなる米国チームと共同で、米国ハワイ州カウアイ島西端に ある米海軍施設において、NASAの高々度ソーラープレーン(Pathfinder Plus: 写真1 )を用いた世界初の成層圏からの UHF帯デジタルハイビジョン放送と第三世代移動通信システムの通信実験を実施しました。本実験では搭載機器出力わずか 1Wの送信電力で、ハイビジョン放送の地上受信および市販W-CDMA携帯端末による動画携帯通信(64kbps)に成功し、成層圏 プラットフォームの実用性、有効性を実証することができました。
定点滞空飛行試験による実証実験
定点滞空飛行試験は、北海道大樹町大樹航空公園において2004年9月から11月にかけてJAXAが開発した定点滞空試験機 (全長68mの無人飛行船)を用いた地上デジタル放送、無線局位置推定、光通信の3つの通信・放送実験を行いました。 写真2、3に定点滞空飛行試験の様子を示します。通信・放送ミッション機器を搭載した飛行試験は3回 (1. 基本特性飛行試験: 9/24高度600m、2. 高々度飛行試験: 11/19高度4km、3. 定点滞空飛行試験: 11/22高度4km ) 実施され、高々度飛行試験と定点滞空飛行試験では、地上デジタル放送、無線局位置推定、光通信の各実験に成功し貴重な データを取得しました。

ITU活動

成層圏プラットフォームの実現に向けた取り組みの1つとして、無線通信のための国際的な周波数分配に関わる活動が あります。成層圏無線局は1997年のWRCにおいて初めてHAPS(HighAltitude Platform Station )として定義され、ミリ波帯 (47/48GHz帯)が初めて分配されました。その後、日本も総務省指導のもと、積極的な提案活動を進めた結果、HAPSとして 準ミリ波帯他の周波数を獲得しました。

おわりに

成層圏にクリーンなエネルギーを動力源とする飛行船を浮かべて、これを次世代情報通信インフラや地上監視・地球観測等に 利用するという、大きな期待を込めて開発に取り組んだ結果、通信・放送のみならず多くのアプリケーションの実証実験に 成功しました。海外でも米国防総省ミサイル防衛局がロッキードマーチン社と共に成層圏飛行船を開発しているのをはじめ、 欧州でもイギリスヨーク大学を中心としたCAPANINAプロジェクトが進められています。今後は、欧州や米国のNASAとも 連携しながら、これまで蓄積した無線システム技術に関わる国際的なポテンシャルをさらに高めるとともに、防災など 新たな応用分野を開拓するための研究開発を進めていく予定です。


Q. 飛行試験の行われた場所は、なぜ北海道・大樹町なのですか。
A. 飛行船が発着する場所としては、風を始めとする気象条件が安定していて、飛行場のような広いスペースがある所が理想的 です。大樹町は晴天が多く、北海道にしては雪が少なく、風も弱いといった気象条件を持っていました。また、1,000mの 滑走路と47万m²の広大な多目的航空公園があり、しかもそこは定期航空路から離れており、民間企業や研究機関が 試作航空機の実験などに使用していたという、施設面でもよい条件を持っていたためです。
Q. 成層圏プラットフォームの実験は、アジアでも盛んなのでしょうか。
A. 韓国と中国が積極的に研究を進めています。韓国ではKARI(韓国航空宇宙研究所)が中心になって、50m級飛行船を2003年 11月に、高度150mまで飛行させる試験に成功しています。また中国では上海交通大学が中心となって、約50m級の飛行船の 飛行に成功しています。そのほか英国ATG社が、マレーシア政府に対して成層圏飛行プロジェクトを提案し、すでに、 船体製造工場の建設が始まっているといわれています。

災害発生時に大きな力を発揮する成層圏プラットフォーム
成層圏プラットフォームは、通信や放送の地上系、衛星系に次ぐ第3のインフラとして期待されていますが、地震などの 大規模災害時においても、その存在は有効なものと考えられています。特に、衛星系と同様に地上災害の被害を受けにくく、 それでいて小型な装置で広帯域伝送が可能で、且つ基地局の数も少なくて済みます。そのため成層圏プラットフォームが 実現すれば、飛行機やヘリより滞空能力に優れていることから、災害地の監視とそのデータの伝送、緊急車両の交通管制や 誘導、調査研究・移動体通信や緊急非常放送への利用など、災害発生時に多くの運用が考えられます。