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量子暗号特集
マルチチャンネル超伝導ナノワイヤ単一光子検出システム -世界最高性能の実現と量子情報通信応用へ- 未来ICT研究センター ナノICTグループ グループリーダー 王 鎮

研究の背景

量子暗号や量子情報通信技術の実現には、高感度、高速かつ低雑音で単一光子を検出する技術の開発が1つの鍵となっています。光子検出器としては、光電子増倍管(PMT)、SiやInGaAs/InPなどの半導体材料を用いたアバランシェフォトダイオード(APD)がすでに開発され、通信波長帯(波長:1,550nm)ではInGaAs/InP半導体APDが主に使用されています。しかし、半導体APDは材料及び検出原理により検出効率や動作速度などが制限され、量子情報通信技術を実現するために光子検出技術のブレークスルーが必要とされています。そのため、我々は半導体APDと全く異なる材料と原理で動作する超伝導ナノワイヤ単一光子検出器(SNSPD:Superconducting Nanowire Single Photon Detector)の研究開発を5年前から推進してきました。

超伝導ナノワイヤ単一光子検出器

超伝導ナノワイヤ単一光子検出器は、超伝導体における巨視的量子現象を利用し、また極低温で動作するため、通信波長帯においてPMTや半導体APDの性能を遙かに凌駕するポテンシャルを有しています。表1には、各種光子検出器の性能を比較しています。SNSPDは、トータル性能を表す指標である性能指数が現時点でも既に100倍高く、研究開発の進展によりさらに性能向上が期待されています。

SNSPDでは、超伝導ナノワイヤにおける超伝導状態から常伝導状態に移行する際に生じる急激な抵抗変化を利用して光子検出を行っています。その性能を左右するキーテクノロジーとしては、高品質・極薄超伝導薄膜の作製、ナノワイヤ微細加工、入射光子と素子の高効率結合などが挙げられます。また、実用化のために、マルチチャンネル検出システムの開発が必要不可欠です。我々は、基礎研究で蓄積してきたNICT独自の高品質超伝導薄膜作製技術とナノ微細加工技術を駆使して、厚さ5nm以下、線幅80~100nmのナノワイヤ単一光子検出素子の作製に成功しました。また、光ファイバにより入射した光子を検出素子に効率良く結合させるために、光ファイバとSNSPD素子の実装技術を開発し、ミクロンオーダーの精度で光ファイバと素子を合わせることを可能としました。さらに、実用化を目指して、無冷媒かつ家庭用100V電源で駆動可能な小型可搬式ギフォート・マクマホン(GM)冷凍機を用いたマルチチャンネルSNSPDシステムを開発しました(図1)。開発したシステムには、光ファイバを実装したSNSPDパッケージ6個を実装しており、同時に6チャンネルの光子検出が可能となっています。表2はシステム仕様・性能を示しています。現時点では、量子検出効率が20%、動作速度が100MHz、暗計数率*が100カウント/秒など世界最高性能を達成しています。このシステムは、今回の東京QKDネットワークライブデモンストレーション(P5参照)に使用され、その実用性と有効性が実証されました。

表1●通信波長帯光子検出器の性能比較
図1●NICTの技術によりマルチチャンネル光子検出システムを実現
表2●マルチチャンネルSNSPDシステム仕様・性能

今後の展望

SNSPDによる単一光子検出技術は将来の量子情報通信技術を支えるコア技術として、実用化に向けた研究開発が始まったばかりです。現在では、既に半導体APDを超える性能を示しており、素子の改良とシステムの最適化を図ることにより、更なる性能アップが期待できます。今後、究極な光子検出器として、量子情報通信分野だけではなく、量子光学、宇宙物理学、生体質量分析、新薬開発、低エネルギー粒子検出など様々な分野での実用化も可能となります。

用語解説

  • * 暗計数率
    入射光子がゼロのときに検出した光子数。理想は0。
王 鎮
王 鎮(Zhen Wang)
未来ICT研究センター ナノICTグループ グループリーダー
大学院博士課程修了後、1991年通信総合研究所(現NICT)入所。超伝導エレクトロニクス研究に従事。大阪大学招聘教授、中国南京大学、大阪府立大学客員教授。中国科学院上海微系統与信息技術研究所、南京紫金山天文台客員研究員。工学博士。
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