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省エネ機器のEMC - LED照明からの放射雑音の性質とデジタル放送への影響 - 電磁波計測研究所電磁環境研究室 研究員 呉 奕鋒

はじめに

2011年3月の東日本大震災後、電力需要の逼迫により、企業のみならず一般家庭においても節電への意識が高まり、国を挙げてあらゆる場面において省エネ化が進んでいます。環境省は、一般家庭やオフィスビル等を対象として省エネルギー支援・対策に乗り出し、省エネ機器市場の拡大を図るとともに、トップランナー制度*1と省エネルギーラベリング制度*2の導入により、省エネ機器の効率改善に大きな成果を上げています。一方、低消費電力・高効率な省エネ機器を実現するため、スイッチング電源*3を搭載した電化製品が増加しています。しかし、スイッチング電源は、オンとオフの切替時にスイッチング周波数とその高調波の周波数において雑音が発生し、そのスペクトルはVHF帯からUHF帯にまで広く分布する場合もあることが報告されています。このため、省エネ機器からの電磁雑音およびその周囲で発生する電磁妨害波による、FMラジオ、マルチメディア放送、地上デジタル放送等の通信・放送への受信障害等の電磁干渉問題についての懸念が提起されています(図1)。

図1●省エネ機器からの放射雑音による通信・放送システムの受信障害
図1●省エネ機器からの放射雑音による通信・放送システムの受信障害(図をクリックすると大きな図を表示します。)

2012年6月、経済産業省と環境省は電球メーカーや家電量販店に対し、節電効果の高いLED照明への切り替えを促し、消費電力の大きい白熱電球の製造・販売を自粛するように要請しました。LED照明は、小型・軽量なスイッチング電源に半導体素子を使用することで、低消費電力でもエネルギー効率が高く、寿命の長い照明として脚光を浴びています。小型・軽量なスイッチング電源を実現するためには、スイッチング周波数を高くする必要がありますが、その反面、低周波から高周波まで広帯域にわたってスイッチング雑音が発生する原因となります。この雑音は電源ライン上に流れるだけでなく、空間に向けて放射され、他の電子機器または無線設備に悪影響を及ぼす可能性があります。商店街の街路灯を一斉にLED照明に交換した際に、テレビ(当時はアナログ放送)の受信障害が発生した事例もあります。電磁環境研究室では、より複雑性が増していると考えられる電磁環境について、雑音を形成する要因の特定や、様々な電磁干渉のメカニズムの解明を目指し、電磁干渉の通信への影響の評価法や複数干渉要因を識別できる分析法などの研究開発を行っています。これまでに私たちは、LED照明から発生する雑音の特性やデジタル放送への影響を明らかにしてきましたのでご紹介します。

LED照明からの放射雑音の分析およびその特徴

空間に放射された雑音は、その発生機構を反映した特徴を持っています。図2に、時間領域で測定したLED照明からの放射雑音の波形の例を示します。この雑音は電源に同期して周期的に発生するインパルス性の雑音で、時間幅が0.1μs程度の非常に短いパルスです。この周期はLED照明のスイッチング周期と一致し、LED照明の点滅周期と照合することで雑音の発生源を突き止めることができます。また、雑音のレベルは製品に依存し、雑音の波形やスペクトルはLED照明に接続する電源線の引き回し等によっても変わることがあります。

図2●LED照明からの放射雑音波形
図2●LED照明からの放射雑音波形(図をクリックすると大きな図を表示します。)

雑音の振幅確率分布(APD)*4は、その雑音がデジタル無線システムへ干渉した際のビット誤り率(BER)特性と良い相関があることが明らかになっています。図3にLED照明からの放射雑音のAPD測定結果の一例を示します。LED照明から放射された雑音は、インパルス性の雑音であり、観測する帯域幅が広い場合には振幅の分布はガウス雑音の振幅分布(レイリー分布と呼ばれます)とは異なります。しかし、雑音を観測する帯域幅がスイッチング周波数(一般に数10kHz)より狭くなった場合、LEDによる放射雑音はガウス雑音に近づきます。

図3●LED照明からの放射雑音のAPDの例とガウス雑音のAPD(理論値)の比較
図3●LED照明からの放射雑音のAPDの例とガウス雑音のAPD(理論値)の比較

LED照明からの放射雑音が放送に及ぼす影響

2011年7月のアナログテレビ停波に伴い、空いた周波数帯の一部は、携帯端末向けマルチメディア放送に再割当されましたが、新たに移動受信向けに導入されたサービスに対するLED雑音の影響がほとんど検討されていません。これまでに、私たちは様々な電気電子機器から放射される雑音のAPD測定結果から、その雑音によるデジタル無線通信システムの通信品質の劣化を推定する方法について検討を行ってきました。図4はLED雑音を加えて測定したデジタル放送信号の受信BERを、1)雑音のAPDから推定した受信BER、および2)LED雑音と等電力のガウス雑音を加えた場合の受信BERとの比較結果をプロットした結果です。LED照明からの雑音は図2に示すようにインパルス性の雑音ですが、地上デジタル放送で用いられる伝送方式は、帯域幅が1kHzという狭帯域の伝送系の集まりであるために、LED雑音は、ほぼガウス雑音と同様な影響を与えることを示しています。

図4●LED雑音によるデジタル放送の受信BERの実測値と雑音のAPDからの推定結果、およびLED雑音と等電力のガウス雑音によるBER実測値の相互比較
図4●LED雑音によるデジタル放送の受信BERの実測値と雑音のAPDからの推定結果、およびLED雑音と等電力のガウス雑音によるBER実測値の相互比較

今後の展望

LED照明の高効率化・長寿命化および低価格化が更に進展することに加え、環境への負荷軽減を実現できることにより、今後もLED照明の需要の増加が予想されます。また、企業がオフィスや店舗の省エネを狙って大量導入するケースが拡大し、フロアー全体が一度にLED照明を導入する事例が増えています。しかし、1ヶ所に大量のLED照明を導入することで電源に同期して重畳した雑音がデジタル通信・放送システムに悪影響を与える事例も報告されており、今後このような事例が増えることが懸念されます。様々な雑音が混在する電磁環境における雑音源の特定は、これまで技術者の経験に頼っていました。今後は複数の雑音が混在する電磁環境におけるデジタル通信・放送システムへの影響の評価や、雑音の識別法の検討にも取り組みたいと考えます。

用語解説

*1 トップランナー制度
照明器具や冷蔵庫、テレビ等、省エネ法に基づいて定められた機器に関して、現在市場に出ている最もエネルギー消費効率の高い製品(トップランナー)を基準として、それ以上の省エネ性能を目指す制度です。

*2 省エネルギーラベリング制度
省エネ法に基づいて定められた機器の省エネ基準の達成率、エネルギー消費率を表示する制度です。基準に対する達成度合いに応じた色の省エネラベル(eマーク)で表示します。

*3 スイッチング電源
安定化電源の一種で、電力を変換・調整するための手段として半導体スイッチを用い、出力電圧を制御・整流する電源装置です。

*4 振幅確率分布(APD)
雑音の包絡線振幅の統計分布の1つで、雑音振幅が、ある閾値を超える時間率を示します。

呉 奕鋒 呉 奕鋒(ウー イフォン)
電磁波計測研究所電磁環境研究室 研究員

大学院博士後期課程修了後、2007年、NICTに入所。通信システムEMCに関する研究に従事。博士(工学)。
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