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なぜ眠たくなると脳の機能が低下するの? その仕組みを解明! -脳の領域間の情報伝達が変化- 未来ICT研究所 企画室 総括主任研究員 宮内 哲

脳の情報処理は伝言ゲーム

伝言ゲームのように、あなたが人を介してある人に情報を伝える場合を考えてください(図1a)。介在する人数が増えれば増えるほど、情報が伝わる時間がかかるようになります。途中で情報が変わってしまったり(図1b)、最後まで伝わらない可能性も高くなります(図1c)。効率の悪い組織ではよくあることです。私たちの脳も同じです。脳は視覚・聴覚・触覚など、外部からのさまざまな情報をそれぞれの感覚情報を処理する領域(感覚野)で処理してから、より統合的な処理をする領域(連合野)に送り、さらに前頭葉に伝えます。そこで記憶や身体の状態などの情報を総合し、最も適切な行動を選択して運動を司る領域(運動野)に送っています。

図1 脳の情報処理は伝言ゲーム
図1 脳の情報処理は伝言ゲーム

眠いと効率が低下するのは当たり前?

眠いのを我慢しながら車を運転していて、ヒヤッとした事がある方は多いのではないでしょうか。眠くなると重要な刺激を見落としたり、刺激に気がついても反応するのが遅くなってしまいます。何故でしょう?眠い時の脳活動が、目覚めている時と比べてどう変化するかは数十年以上前からわかっていました。例えばウトウトしている時には目が醒めている時に比べて遅い脳波が出現します(図2a)。でもそのような脳活動の変化が、なぜ刺激を見落としたり、反応が遅くなるなどの行動の変化として現れるのかはうまく説明できませんでした。

脳波と機能的磁気共鳴画像の同時計測システム

ウトウトしている時、あるいは眠っている時の脳活動を機能的磁気共鳴画像(fMRI)で調べようとすると難しい問題があります。fMRIは高い空間分解能で脳の活動部位を明らかにしてくれますが、装置の中の被験者が起きているのか眠いのか、あるいは眠っているのかはわからないのです。逆に脳波では脳のどの部位が活動しているのかは正確にはわかりませんが、被験者の眠気によって波形が鋭敏に変化します(図2a)。fMRIと脳波を一緒に計測すれば理想的な計測ができます。しかしfMRI装置の内部では非常に強い磁場が発生しているため、微弱な電位である脳波を計測するのは困難でした。未来ICT研究所では、脳波・fMRI・赤外線カメラのビデオ画像を時間的に同期して記録・解析できるシステムを構築し(図2b)、これまでに、夢を見ている時にも眼の動きに伴って一次視覚野と呼ばれる領域が活動している事を明らかにしてきました。

図2 NICT 未来ICT研究所で開発した脳波・fMRI・ビデオ同時計測・解析システム
図2 NICT 未来ICT研究所で開発した脳波・fMRI・ビデオ同時計測・解析システム

脳の情報処理と複雑ネットワーク解析

このシステムを用いて、九州大学医学部と共同で、目覚めている時とウトウトしている時の脳活動をfMRIで計測し、複雑ネットワーク解析という手法を用いて、脳の情報処理ネットワークがどのように変化するかを調べました。その結果、ウトウトしている時には、例えば図3の1の領域から2の領域に情報が伝わる際に、最初に例として挙げた伝言ゲームの図1bのように、より多くの領域を介さないと情報が伝わらなくなっている事が明らかになりました。ウトウトしている時は脳の情報処理システムが非効率的になっていたのです。さらに効率が低下していたのは、脳全体ではなく、基底状態ネットワークと呼ばれる、私たちが何もしないで安静にしている時に協調して活動する複数の領域から構成されるネットワークでした。従来のfMRIを用いた脳研究では、被験者に刺激を与えたり、課題を行ってもらい、刺激や課題がない安静状態との差分を取ることにより、特定の情報処理に関連した脳領域を同定してきました。ところが脳は何もしていない安静時でも膨大なエネルギーを消費して活動していることが明らかになり、刺激や課題を伴わない安静状態の脳活動を解析した結果、私たちの脳には安静時でも複数の脳領域が協調して働いている数種類のネットワークがあることが明らかになりました。その中でも安静時に特異的に活動するネットワークを基底状態ネットワークと呼んでいます。このネットワークは、認知症を始めとするさまざまな神経精神疾患や意識障害によって特性が変化する事がわかってきています。今後、より深い睡眠(徐波睡眠)や、夢を見ている時の睡眠(レム睡眠)についても解析して、情報処理ネットワークの観点から意識状態や神経精神疾患との関連を明らかにしていきます。

図3 目が醒めている時に比べて、ウトウトしている時に効率が低下した脳の領域
図3 目が醒めている時に比べて、ウトウトしている時に効率が低下した脳の領域

宮内 哲 宮内 哲(みやうち さとる)
未来ICT研究所 企画室 総括主任研究員

大学院修了後、米国ブラウン大学、自然科学研究機構生理学研究所を経て、1993年、通信総合研究所(現NICT)に入所。主にfMRI・脳磁波・脳波などの非侵襲的脳機能計測に関する研究開発に従事。医学博士。
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