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南極昭和基地における電離層定常観測 宇宙天気の現況把握と長期変動の理解に向けて- 電磁波計測研究所 宇宙環境インフォマティクス研究室 研究マネージャー 長妻 努

電離圏とは?

地球の高度約60kmより上には、「電離圏(電離層)」と呼ばれる領域が拡がっています。電離圏は太陽からの極端紫外線やX線によって超高層大気中の原子・分子の一部が電離し、電子やイオンを含んだ電離ガス(プラズマ)になることで作り出されます。短波帯の電波は電離圏で反射する性質があるため、遠距離との無線通信に利用されてきました。一方、極超短波やマイクロ波帯の電波は電離圏を突き抜けるため、地上-人工衛星間の通信(衛星通信)や人工衛星を用いた測位(衛星測位)などに利用されています。電離圏の状態は、太陽や地球周辺の宇宙環境の変動、下層大気の影響によって変動することが知られています。時には短波による通信ができなくなる電離圏嵐が発生することがあります。また、極域ではオーロラ活動に伴う電離圏の変動によって、一方、赤道域ではプラズマバブルと呼ばれる電離圏の穴(密度の低い領域)によって、電波のゆらぎ(シンチレーション)が発生することがあります。このシンチレーションが非常に強い時には、衛星通信ができなくなってしまうことも起こります。さらに、電波は電離圏を通過する際に速度が遅くなる性質があります。この電波の遅延の度合は、電波が電離圏を通過する際の電子の量(全電子数)によって変化します。このため、電離圏変動は衛星測位の誤差要因でもあります。

電離圏変動のみならず、太陽活動に伴う宇宙環境変動を把握し、通信・放送・測位を安心・安全に利用していくために、NICTでは宇宙天気予報の業務と研究開発を行っています。電離圏については、日本国内で60年以上にわたり継続して観測を行っています。現在は、北海道(サロベツ)、東京(国分寺)、鹿児島(山川)、沖縄(大宜味)の4か所で15分おきに電離圏の垂直観測を実施し、その観測結果をWebで公開しています(http://wdc.nict.go.jp/IONO/)。さらに、日本国内に加えて南極昭和基地においても電離圏の観測を実施しています。ここでは、NICTが南極昭和基地での定常観測の1つとして、継続的に行っている電離層定常観測の歴史や現在実施している観測内容についてご紹介します。

昭和基地における電離圏観測の歴史

1957-1958年の国際地球観測年(IGY)の活動の一環として幕を開けた日本の南極観測において、電波研究所(現NICT)は黎明期から継続的に隊員を南極に派遣し、電離圏観測を実施してきました(図1)。第1次隊では、南極観測船「宗谷」の船上にイオノゾンデとアンテナを設置し、南極及びその移動中の航路において電離圏観測を実施しました。昭和基地での定常観測は第3次隊(1959年)からスタートし、それから毎回南極に隊員を派遣して定常観測を継続しています。この間、イオノゾンデを用いた電離圏の垂直観測に加え、オーロラレーダ、リオメータ*1、短波電界強度測定、VLF電波測定等、様々な観測を昭和基地において実施し、オーロラ粒子降り込みの2次元分布特性や太陽活動サイクルにおける電波オーロラの発生頻度特性の解明などの成果を挙げてきました。

図1 第1次南極観測隊に参加した電波研究所隊員
図1 第1次南極観測隊に参加した電波研究所隊員(「南極電波観測の二十五年」より)

現在の観測

現在、NICTは南極、及び日本と南極を往復する「しらせ」の航路上で3種類の観測を実施しています。以下にその内容を紹介します。

-電離圏の垂直観測(イオノゾンデ)

電離圏の垂直(高さ)方向の電子密度の構造を観測する手法として、レーダーの原理を応用したボトムサイドサウンディングがあります。これは地上から垂直方向に打ち上げた短波帯の電波が電離圏で反射して戻ってくる時間を測定して、ある周波数の電波を反射する電離圏の高さを推定するものです。電子密度の大きさと電離圏で反射される電波の周波数の間には一定の関係があるため、周波数毎に電波の反射に要する時間を測定することで、電離圏の電子密度の高さ方向の変化を推定することができます(図2)。この観測に用いる装置をイオノゾンデと呼んでいます。NICTでは、長年、パルス型と呼ばれる方式のイオノゾンデを使って観測を行ってきましたが、省電力化及び保守作業の省力化を実現したFMCW*2型と呼ばれる新方式の装置を新たに開発し、観測の移行を現在進めています(図3)。

図2 ボトムサイドサウンディング(イオノゾンデ)の観測原理の模式図
図2 ボトムサイドサウンディング(イオノゾンデ)の観測原理の模式図

図3 南極昭和基地の電離圏観測用デルタアンテナとオーロラ
図3 南極昭和基地の電離圏観測用デルタアンテナとオーロラ

-GPSシンチレーション観測

南極や北極などの極域の電離圏では、オーロラ活動の元になる磁気圏からの電子の降り込み等によって電子密度が変動します。この密度変動により、GPS衛星からの電波がシンチレーションを起こします。また、この細かな密度変動が電離圏プラズマの風で流されることにより、観測する場所によって、シンチレーションのパターンが時間差を示します。NICTでは、南極昭和基地にGPSシンチレーションを観測する装置を3台設置し、GPS電波の受信に対するシンチレーションの影響の研究や、3台のデータを比較することで、電離圏プラズマの水平ドリフト速度を推定する手法の開発を行っています。

-長波標準電波の観測

電波時計に使われている長波標準電波の遠距離への伝わり方を知るために、時空標準研究室の協力の下、長波標準電波の電界強度と位相変化の観測を「しらせ」が日本と南極を往復する航路上で実施しています。この観測データを、NICTが開発している長波の遠距離への伝わり方を求める新たな計算法に基づく計算結果と比較し、観測が計算結果とよく一致することを示しました。この計算法は、長波の遠距離への伝わり方を求める計算方法の国際標準として2009年に国際電気通信連合の無線通信部門(ITU-R)に認められています(詳しくは、NICT NEWS 2011年12月号「長波標準電波の伝搬特性と電界強度計算法の開発」を参照)。

南極観測のこれから

NICTが実施してきた50年以上の南極観測により、太陽活動・超高層大気変動と電離圏変動の関係についての研究が進み、気候変動などと関連する電離圏の長期変動を分析できるデータ(図4)が整いつつあり、地球温暖化との関係が示唆される電離圏の高度変化なども分かりはじめています。今後も観測を継続して、極域における電離圏変動のモニタリングを行い、宇宙天気予報に役立てると共に、南極電離圏の長期変動の特性とその原因の解明に向けて、観測を継続していきたいと考えています。

図4 太陽活動と電離圏の長期変動
図4 太陽活動と電離圏の長期変動

長妻 努 長妻 努(ながつま つとむ)
電磁波計測研究所 宇宙環境インフォマティクス研究室 研究マネージャー

大学院博士課程修了後、1995年、郵政省電波研究所(現NICT)入所。宇宙天気予報の研究開発に従事。博士(理学)。
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