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光で電波を見る

高い周波数の電波をとらえるために光をつかう

夜空を見上げると星が見えますが、我々は何を見ているのでしょうか?もちろん、星が出す光ですよね。ALMAは光ではなくて電波で星を見ます。それも携帯電話やテレビで使っている電波よりもずっと波のサイズ(波長)が短く、1秒あたりの振動回数(周波数)が大きいミリ波やテラヘルツ波(サブミリ波とも呼びます)を使います。ミリ波は波長が10mmから1mm、周波数が30GHzから300GHzの範囲にある電波を指します。ちなみに携帯電話で使われている電波は1〜2GHz程度の周波数です。ご存じの通り電波も光も同じ電磁波の仲間で周波数が違うだけです。テラヘルツ波はミリ波よりも周波数が高く、光と電波の両方の性質を持った電磁波です。しかし、テラヘルツ波・ミリ波は従来の技術では複雑な信号を作ることや遠くまで配ることが難しいという課題がありました。これは電気信号を伝えるための導体(金や銅、アルミなど)での損失が周波数とともに急激に増加し、従来の電子部品やケーブルでは効率が低下するためです。ALMAではこのような非常に周波数の高いミリ波・テラヘルツ波を高い精度で受信するために必要となる基準信号を光技術により発生・配信させることでこの問題を解決しています。光ファイバでは100GHzを超える高い周波数の信号を効率よく伝えることが可能で、NICTでは独自の光デバイスにより周波数470GHzの安定した光信号発生に成功しています。

電波を受けるための基準信号を光でつくって、光で配る

ALMAでは受信の感度を上げるためにたくさんのアンテナを連動させます。それぞれの信号のタイミングを正確に合わせるために、最大18.5km離れた66台のアンテナに光を使ったミリ波(周波数27GHzから122GHzの広い範囲の基準信号)の発生・配信技術が使われています(図1の①:ALMAのアンテナを連動させるための基準光源)。基準光信号は光の強度を所定の周波数のミリ波信号で変化させたもので、光ファイバにより効率よく各アンテナまで送られます。アンテナで基準光信号からミリ波信号を取り出し、天体からの微弱信号の受信に利用します。光通信向けに開発された高い精度で光信号を発生させるNICTの技術(高速高精度光変調技術)をベースとして、国立天文台とNICTが共同で基準信号発生に関する研究を行い、米国と台湾のグループと国立天文台の連携で装置化しました。光変調の精度を表す指標として光をオフにしても消え残る成分の大きさを意味する消光比があげられます。従来の光変調器では消光比が100以上であれば十分であるとされてきましたが、NICTではこれを飛躍的に向上させる技術の開発に成功し消光比1,000万以上を実現しました(図2)。これにより、安定性と高速性、信号品質の高さを兼ね備えた基準信号発生が可能となりました。

図1 ALMAで利用される基準信号源
図1 ALMAで利用される基準信号源(図をクリックすると大きな図を表示します。)

図2 高消光比変調による光のオンオフ
図2 高消光比変調による光のオンオフ

この技術はALMAのアンテナを連動させるためだけではなく、直径7mのアンテナの形状を4.4μmの精度で測定するための基準信号としても利用されており、66台のALMAのアンテナの性能維持に大きく貢献しています(図1の②:アンテナの形状計測)。アンテナ形状は髪の毛の直径よりも小さな10μm以下の精度が求められており、厳しい外部環境による変化を補償するために精密な測定が必要となります。

標高5,000mのところにあるALMAよりもさらに高い5,300mの山の頂上にALMAを調整するための基準となる信号源(校正用人工信号源)の設置が予定されており(図3)、ここにも高精度光変調技術が利用される予定です(図1の③:ALMA調整用の電波源)。ALMA本体よりも標高が高く、電源を太陽電池で確保する必要があるなどの過酷な条件に置かれており、おそらく世界で最も高いところに設置される高速光変調器となることでしょう。図1を見るとALMAで利用される基準信号源がALMA本体を動作させる、個々のアンテナを調整する、ALMA全体を調整するという3つの重要な役割を担っていることがわかります。

図3 校正用人工信号源設置予定地から見たALMA中心部分
図3 校正用人工信号源設置予定地から見たALMA中心部分(国立天文台提供)

ALMAで育った光技術が身近なところに

ALMAのために開発した基準信号発生技術は実用の通信システムにおいても利用され始めています。光信号を電気信号に変換する光検出器の特性測定(図4)や、新たに利用が広がりつつあるミリ波帯を利用するための電波測定などへの応用技術の開発が進められています。NICTではIEC(国際電気標準会議)などで光変調器、光検出器の測定方法に関する国際標準化活動も進めています。高い消光比の変調はALMA向けの信号源だけではなく、より高度な変調方式実現に重要であることが明らかになってきています。ALMAそのものは直接的には実用を目指すものではありませんが、今回の基準信号発生技術の開発は先端研究を継続的に進めることが応用技術につながる可能性を広げるということを示す成果であるといえるでしょう。

図4 光検出器周波数特性測定用基準光発生装置
図4 光検出器周波数特性測定用基準光発生装置 (株式会社トリマティス提供)

[謝辞]

高速高精度光変調技術に関する研究は国内外の研究者との連携、協力により、進めて参りました。大阪大学、兵庫県立大学、早稲田大学、同志社大学、チェンマイ大学、産業技術総合研究所、KDDI研究所、アンリツ、トリマティス、住友大阪セメント、ベル研究所などの大学、研究機関の皆様に感謝いたします。

川西 哲也 川西 哲也(かわにし てつや)
光ネットワーク研究所 光通信基盤研究室 室長

大学院博士課程修了後、京都大学ベンチャービジネスラボラトリー特別研究員を経て、1998年、郵政省通信総合研究所(現NICT)に入所。光変調デバイス、ミリ波・マイクロ波フォトニクス、高速光伝送技術などの研究に従事。2004年、カリフォルニア大学サンディエゴ校客員研究員。博士(工学)。IEEEフェロー。
木内 等 木内 等(きうち ひとし)
国立天文台 准教授

1982年、郵政省電波研究所(現NICT)入所。超長基線電波干渉計(VLBI)のデータ収集、実時間相関処理、基準信号部の研究に従事。2004年、国立天文台に移籍、ALMAのphotonic基準信号の研究に従事。博士(工学)。
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