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マルチコアファイバーネットワークの実現に向けて

絶え間なく増大する通信量を支えてくれるマルチコアファイバー技術

現在、スマートフォンなどの普及により、インターネットの通信量は年率30%に達する勢いで増大しています。通信量の増加を支えるため、基幹ネットワークの光ファイバー網は波長チャネル数の増加や変調の多値化によって伝送容量を増強してきました。しかし、いずれの技術においても、通信量の増加に伴い光信号の強度を上げる必要があり、従来の光ファイバーではやがて送信できる物理的な限界に達してしまうことが懸念されています。

この限界を超えるため、マルチコアファイバー技術の研究が世界的に進められています。マルチコアファイバー(MCF)は、1本の光ファイバーに複数のコア(光の伝送路)を高い空間密度で配置したもので、ファイバー当たりの伝送容量を飛躍的に改善するとともに、回線敷設に要するファイバー数とコストを削減することができます(図1)。これまでの研究は、主に2地点間通信の大容量化や長距離化に向けられており、多地点間を接続するネットワークの研究はほとんどなされていませんでした。MCFの利点を活かすには、従来の光ネットワーク制御の枠を超えた動的制御や最適な経路設定の技術を開発する必要があります。

図1 マルチコアファイバーによる大容量化
図1 マルチコアファイバーによる大容量化
多数のコアや波長チャネルを使用することで大容量伝送が可能。

光ネットワークの柔軟な制御を可能にする Software Defined Networking 技術

近年、新たなネットワーク制御技術として、Software Defined Networking(SDN)が注目されています。SDNとは、ネットワーク機器における通信制御の機能を、機器の外部のソフトウェアにより自由にプログラム可能とする技術で、各ユーザのサービス要求(通信速度や遅延など)に応じた柔軟なネットワーク制御が可能となります。SDNを実現する方式として、Open Networking Foundation(非営利のSDN推進団体)により標準の仕様策定が進められているOpenFlowプロトコルがあります。すでにデータセンターや構内LAN向けに多くの対応製品がリリースされています。OpenFlowでは、パケットヘッダフィールド(MACアドレスやIPアドレスなど)を用いてトラヒック(フロー)を識別し、ヘッダフィールドの値ごとに、パケットをスイッチでどのように処理するか(フローエントリー)を外部コントローラから柔軟に(動的に)設定できます(図2)。MCFネットワークでは、各コアで複数波長が利用できるため、使用するコアと波長を組み合わせて多数の光パスが設定できます。MCFネットワークにOpenFlowを用いると、個々のユーザのサービス要求に応じたサービスを柔軟かつ簡易に提供することができます。しかし、OpenFlowは、電気スイッチネットワークでは実用化されていますが、光スイッチネットワークではシングルコアの光ファイバーによる制御実験に留まっていました。また、MCFは、単一コアファイバーを複数束ねた場合と違い、コア数やコアの位置によって伝送品質が若干異なるので、伝送特性を考慮した複雑なネットワーク制御が必要とされていました。

図2 OpenFlowを用いたネットワーク制御の仕組み
図2 OpenFlowを用いたネットワーク制御の仕組み
OpenFlowコントローラにより、フロー単位で通信トラヒック制御が可能。

マルチコアファイバーネットワークの動的制御

今回NICTと英国ブリストル大学は、MCFと光スイッチから構成されるネットワーク試験環境を共同で構築し、OpenFlowコントローラから動的にネットワーク制御する実験を行いました。本実験では、NICTがMCFとその特性を活かす自己ホモダイン方式の開発を、ブリストル大学は光スイッチおよび拡張したOpenFlowプロトコルに基づいた制御ソフトウェアの開発を担当しました。

実験に使われたMCFネットワークは、3つのノード(光スイッチ)を結ぶ2種類のMCF(19コアおよび7コアファイバー)と単一コアファイバーで構築しました(図3)。伝送品質とデータレートを保証する光パスの制御を行うために、ユーザのデータ送信要求に対して、OpenFlowのコントローラが使用コア数、使用波長、データレート、変調方式を指定し、OpenFlowプロトコルで自動的に光スイッチ制御を行い、光信号の疎通を確認しました。データ信号1〜4に代表される様々なユーザの送信データに対して、OpenFlowコントローラが変調方式およびコア数を指定することによって、各ユーザのサービス要求に合った最適な伝送品質やデータレートを提供できます。図3の実験例では、コア数1, 4, 6, 8および3種類の変調フォーマットで40Gビット毎秒から512Gビット毎秒までのデータレート提供を実証しました。また、データ信号の復調処理において、マルチコアである特長を活かした自己ホモダイン方式を採用しました。通常の光通信では、信号光の雑音によってデータの判別が困難となり、複雑な復調処理に大きな電力が必要です。自己ホモダイン方式では、雑音を含んだ無変調光をデータ信号用コアとは別のコアを使用して伝送します。受信側でその無変調光をデータ信号光と混合することで、データ信号の雑音を光学的に除去し、自己ホモダイン方式により復調処理電力の負担が軽減できることを確認しました(図4)。

図3 今回実験したマルチコアファイバーネットワーク構成および光パスの例
図3 今回実験したマルチコアファイバーネットワーク構成および光パスの例(図をクリックすると大きな図を表示します。)
OpenFlowコントローラにより、使用コア、使用波長、データレート、変調方式を指定し、各スイッチを制御。データ信号1、2、3、4の光パスを設定。

図4 マルチコアファイバーに自己ホモダイン方式を採用
図4 マルチコアファイバーに自己ホモダイン方式を採用

今後の展望

今回の実験成功で、今後ますます普及すると思われるOpenFlowによる、マルチコアファイバーネットワークの実用化が加速されるものと期待されます。また、今後開発されていく新しい光デバイスや光伝送技術にも対応できる、より柔軟なネットワーク制御技術を開発していく必要があります。NICTとブリストル大学は、引き続き共同で光スイッチや伝送技術、制御システムなど、ハードウェア、ソフトウェア両面で要素技術の研究開発を進め、MCFネットワークの実用化を目指し取り組んでいきたいと考えています。

Werner Klaus Werner Klaus(ヴェルナー・クラウス)
光ネットワーク研究所 フォトニックネットワークシステム研究室 主任研究員

大学院博士課程修了後、STAフェローを経て、1997年、郵政省通信総合研究所(現NICT)に入所。自由空間光通信、微小光学、電磁波解析、量子鍵配送、光導波路、光ファイバー通信に関する研究に従事。2003年、スイスのヌシャテル大学マイクロテクノロジー研究所客員研究員。博士(工学)。
坂口 淳 坂口 淳(さかぐち じゅん)
光ネットワーク研究所 フォトニックネットワークシステム研究室 主任研究員

大学院博士課程修了後、奈良先端科学技術大学院大学研究員を経て、2010年、NICTに入所。マルチコアファイバーおよび応用デバイスの評価開発、伝送技術の開発、スイッチングなどの研究に従事。博士(理学および工学)。
宮澤 高也 宮澤 高也(みやざわ たかや)
光ネットワーク研究所 ネットワークアーキテクチャ研究室 主任研究員

大学院博士後期課程修了後、カリフォルニア大学デービス校訪問研究員を経て、2007年、NICTに入所。以来、光ネットワークに関わる研究、AKARIアーキテクチャ設計プロジェクトなどに従事。博士(工学)。
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