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安心・安全な社会を支えるための新しい地上/衛星統合移動通信技術の研究開発

背景

近年、非常災害時における確実な通信手段の必要性が高まっています。非常災害時の通信手段として、衛星通信は大変有効であることは良く知られています。東日本大震災においては多くの携帯電話基地局の機能が失われ、衛星携帯電話が自治体等で活用されました。その一方で、災害等の緊急時においては、普段使用している端末で通話できることが重要であることが指摘されています。

最近、直径10mを超える大型の展開アンテナを衛星に搭載して衛星の通信性能を上げる技術が実現されつつあり、それにより衛星携帯電話の小型化が進んでいます。また、小型の携帯端末に地上系と衛星系の通信装置を搭載することで、地上回線でカバーしきれない広範囲で通信を行う「地上/衛星統合型」の移動通信システムが欧米で計画され、実現されつつあります。NICTでは総務省の委託を受け平成20〜24年度に「地上/衛星共用携帯電話システム技術の研究開発」を行い、図1の概念図に示すような「地上/衛星統合移動通信システム:STICS(satellite/terrestrial integrated mobile communications system)」の研究を進めてきました。このシステムでは、直径30m程度の超大型展開アンテナを衛星に搭載し、日本およびその排他的経済水域を100個程度の高利得かつ小径のスポットビームで覆います。現在の地上携帯電話と同程度の大きさの地上/衛星共用端末に衛星回線と地上回線への接続機能を持たせることで、普段使用している端末で災害時にも確実な通話ができるようになります。このシステムを実現するための課題は数多くありますが、なかでも基盤となる研究課題について現在までの研究成果をご紹介します。

図1 STICSのシステム概念図
図1 STICSのシステム概念図

地上回線と衛星回線の周波数共用

STICSでは、限られた周波数資源を有効に利用するため無線通信規則(RR)に定める移動衛星業務(MSS)に割り当てられている2GHz帯の帯域幅30MHzを、衛星回線と地上回線で共同利用することを想定しています。その概念は、図2に示すように帯域全体をいくつかのサブバンドに分割し、各衛星ビームの衛星回線とそのエリアで使用される地上回線に異なるサブバンドを割り当てるものです。これにより、衛星回線で使用していない帯域を地上回線で使用でき、周波数を有効に利用できます。しかし、現実には干渉が発生します。例えば衛星アンテナは衛星ビームの外側でも感度を持つため、ある衛星ビームの外側で同じサブバンドを使う非常に多くの地上回線から衛星が干渉を受けることが考えられます。

図2 地上回線と衛星回線の周波数帯の共用化
図2 地上回線と衛星回線の周波数帯の共用化

これを含む様々な干渉ケースで周波数共用が成り立つかどうかを検討するため、NICTではW-CDMA(3G)地上携帯電話の端末や基地局の送信電力を日本各地において、実験車や実験用航空機(図3)で測定しました。その結果、地上携帯電話端末の平均送信電力が規格上の最大電力より非常に小さいことや、携帯電話端末から衛星への干渉より基地局から衛星への干渉が大きいことが明らかになりました。これらの実測データに基づいて干渉モデルを構築し、干渉評価を行った結果、地上-衛星間の干渉下での周波数共用が十分成立することを確認しました。

図3 地上携帯電話の送信電力測定
図3 地上携帯電話の送信電力測定

衛星搭載ディジタルビームフォーマ/チャネライザ

日本国内および排他的経済水域までの広いサービスエリアをカバーする100個程度の多数のスポットビームを形成し、かつビーム形状を維持するためには、衛星アンテナにおいてディジタル信号処理によってビーム形成を行う「ディジタルビームフォーミング(DBF)技術」が有効です。また、災害時に被災エリアで急激に増加するトラフィック要求を可能な限り衛星回線で収容するためには、チャネル割り当てなどの通信リソースの配分を衛星上でダイナミックに変更する技術が必要となります。このためには衛星中継器において、ディジタル信号処理によって各衛星ビームに割り当てるチャネルを周波数軸上で柔軟に再構成することで衛星-地上局間で効率良い信号伝送を可能にする「ディジタルチャネライザ技術」が有効です。

これらの衛星搭載技術の実現性を検証するため、NICTは衛星搭載通信機の部分試作モデル(図4)を開発し、シミュレーションと組み合わせて評価を行いました。その結果、ディジタル技術を活用することで、100ビームクラスのマルチビーム形成が可能であることや、図5に示すように特定の衛星ビームにチャネルを集中して割り当てることが可能であることを実証しました。


図4 衛星搭載通信機の部分試作モデル

図5 リソース割当再構成試験結果の一例
図5 リソース割当再構成試験結果の一例
28MHzを7ビームに割り当て、レベル差でビームを識別している。設定パターン1では各ビームに4MHzを均等に割り当てている。設定パターン2〜3にかけて徐々に特定の1ビームへの割当帯域幅が増加し、設定パターン4では25MHzが割り当てられている。

今後の展望

NICTでは、本研究開発で得られた地上/衛星統合移動通信システムの基盤技術の成果を実用システムへ展開し、より安心・安全な社会の実現に貢献することを目指して、実用化へ向けた技術課題の研究や、制度整備に向けた国際標準化活動等に取り組んでいきます。その一環としてNICTでは現在、これらの成果をAWG(APT Wireless Group)会合に提案し、アジア地域の連携に寄与しています。

三浦 周 三浦 周(みうら あまね)
ワイヤレスネットワーク研究所 宇宙通信システム研究室 主任研究員

大学院修了後、1998年、郵政省通信総合研究所(現NICT)に入所。衛星通信、アンテナに関する研究に従事。2004〜2005年、UCLA客員研究員。2005〜2009年、国際電気通信基礎技術研究所(ATR)出向。博士(情報科学)。
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