1990年 日本移動通信鰍ノ転職。携帯電話の技術開発、基地局無線設備の技術開発に従事。2000年 KDDI(株)に 合併研究開発統括部、開発推進部にて医療画像の伝送、健康診断結果の携帯電話への配信システムの開発に従事。 2003年 通信放送機構 旭川高信頼情報流通リサーチセンターへ出向。以来P2P型ネットワーク、セキュリティ関連の 研究開発に従事。
P2Pというと"あのWinny?"という声が聞こえてきそうです。1999年1月に発表された、音楽配信P2P(Peer to Peer)の 草分けである「Napster」も、全米レコード工業会から運営の差し止めを求めて提訴されるなど、どうも闇の流通 ネットワークといった概念が植えつけられてしまっているようです。しかしP2Pは、データベース、エントランス回線などを 含めたサーバー周辺コストの著しい削減が可能であるなど、ネットワーク本来の機能には優れた点が多くあります。 生まれてわずか5年という点を考えれば、問題点を研究し対応策を打つことですぐれたネットワークに育て上げることが できると考えています。われわれは、この将来有望なP2Pを率先して取り入れ、安全性・効率性・確実性・迅速性への要求が 最も厳しい医療情報の流通に適応させる研究を行ってきました。
まず、P2P型ネットワークと、現在もっとも普及しているクライアントサーバー型ネットワークとの違いを説明します。 図1は、クライアントサーバー型ネットワークの模式図です。ユーザからのアクセスが全てサーバーに一極集中するため、 回線、サーバー、データベースの全てに高速、大容量の機器、設備が必要となり、そのコストは規模が拡大すればするほど 大きな負担となってきています。次に、われわれが採用しているインデックスサーバーを有するHybrid型P2P型の ネットワークの模式図を図2に示します。先ほどのクライアントサーバーでは、全てのデータがサーバーに保存されていますが、 P2Pでは、各Peerにデータが保存されています。そのためサーバーは、大容量のデータ保存管理から開放され、目的のデータを どのPeerが持っているかを高速で検索をするためのindex(目次)を扱うだけで済みます。目的のデータは、サーバーを 仲介せずPeerとPeerの間で伝送されます。この図からもindex serverの規模は小さくて済み、PeerとPeer間のデータ送受信は、 ネットワーク全体に分散していることが分かります。
さて、優れた特徴を持つP2Pですが課題もあります。医療情報では個人情報も含まれていることから高度なセキュリティ確保が 重要ですが、P2P型はデータが各所に分散して存在するため、その確保が難しくなります。音楽配信のように、どこの誰が どんなデータを取得したのかわからないという状況を生じさせるわけにはいきません。従って、P2P型で高信頼な情報の 流通を行うためには、P2Pの特徴を生かした効率的で、かつ安全なindex server構築も課題となり、これらの難問を克服 しなければなりません。
セキュリティの研究項目には、大きく分けて階層化、暗号化、開示制御およびアクセス履歴管理の4つがあります。予め、 医師、看護士などの医療従事者の資格に応じてカルテの内容のうち見ることのできる範囲をメタデータ(医療項目)に 従い定義します。これを階層化と呼んでいます。各Peerでカルテを新規に作成または更新し、保存する場合は、まずメタ データに従い整理し、その後暗号化を行い保存します。次に、他のPeerからこのカルテの送信要求を受けると、要求した Peerを操作している医療従事者が所持しているIC-cardに保存されている資格を確認し、その医療従事者の資格に応じて 階層化された範囲の項目のみをメタデータに従い抽出し送付します。つまり、相手の資格に応じた範囲内のデータのみを送り、 その範囲外のデータは送付しないように制御します。これを総称して開示制御と呼びます。さらに、暗号化されて保存された カルテデータは、暗号化されたままの状態で、復号化されることは無く開示制御されて相手に送られます。こうした過程を 経ることにより、万一PCに保存されたデータを盗まれたり、伝送路上でデータが盗聴されてもセキュリティが確保されます。 一方、P2Pネットワークで行われるデータの送受履歴は、Peerおよびindex serverからアクセス履歴として集め、取得しようと したカルテの内容、ユーザIDなどを基に高速にグループ化して特徴を分析します。こうしたアクセス履歴管理によりシステム 障害やネットワークの輻輳の原因を究明しその対策を立てることができるだけでなく、IDの不正利用、情報漏えいの発見など 広範な応用が期待されています。
これまでセキュリティの研究を説明しましたが、旭川リサーチセンターでは、このほかに、医療情報の中でも重要で、 かつデータの容量も大きい画像を効率的に伝送するための、分散圧縮伝送の研究、階層符号化と表示方法の研究、 および3D-HDTVの圧縮伝送方式の研究も行っています。
本プロジェクトは、今年で最終年度を迎え、これまでの研究成果を基に4月より北海道全域に及ぶ14病院を含めた16拠点を結ぶ P2Pネットワークを構築し、9月より実証実験を開始しました。このP2Pネットワークにおける実証実験拠点を図-3に示します。 この実証実験は本年12月まで継続する予定です。9月3日には、報道関係者を対象とした実証実験の公開デモを行いました。 デモ会場では、実際に他の拠点病院とのP2Pによるカルテの検索および配信、3D-HDTV画像伝送を使った遠隔診断などを 行いました。会場には用意した椅子が足りなくなるほどの報道関係者が詰めかけ、「実用化はいつか?」などの熱の入った 質疑が続き、大きな反響を呼びました。このときの模様を図-4に示します。
本プロジェクトは、実際に14の病院と接続し、各病院の医師が実験に参加するなど、かなり実用に近いところまで進んで います。もちろん、実用化までにはまだまだ道のりがあると思いますが、せっかくの研究成果を実用化という形に 結び付けられるように今後とも研究を進めていきたいと考えています。