9

前号 | 次号 | NICTホームページ


3種類の最先端レーダによる台風の観測

佐藤 晋介 (さとう しんすけ) - 電磁波計測部門 沖縄亜熱帯計測技術センター センター長 亜熱帯環境計測グループ グループリーダー

1995年通信総合研究所入所。熱帯降雨観測衛星(TRMM) 搭載降雨レーダ、全球降水観測(GPM)主衛星搭載二周波降 水レーダ、沖縄バイスタティック偏波降雨レーダ(COBRA) の研究開発に従事。1998年〜2000年オクラホマ大学客 員研究員、2002年〜2004年JAXA副主任開発部員、 2005年より現職。博士(理学)。


はじめに

亜熱帯地方に位置する沖縄は、熱帯地方から大量の熱や水蒸気 を運んでくる台風や黒潮の通り道にあたり、日本周辺の天気や海 洋状況を予測したり、日本全体の気候変動を調べるのに適した場 所にあります。また、東アジア全体の水循環変動や地球温暖化の 影響を調べるためにも、海洋性亜熱帯環境の観測拠点として重要 視されています。NICT沖縄亜熱帯計測技術センター(以下 沖 縄センター)では、電波による計測技術の研究開発として、海流を 測る「遠距離海洋レーダ」、上空の風を測る「400MHz帯ウィンド プロファイラ(WPR)」、雨の3次元分布を測る「沖縄偏波降雨レー ダ(COBRA)」という3種類のリモートセンシング装置を開発し てきました。遠距離海洋レーダは石垣島と与那国島に、WPRは大 宜味村に、COBRAは名護市の山頂にそれぞれ設置され、恩納村 の沖縄センターで全ての装置の遠隔操作とデータ収集を行うこと ができます(図1)。それぞれの装置は、次世代の観測センサーを 目指して多くの新しいアイデアや最先端の技術を活用して開発さ れたもので、既存の装置では測れなかったものを観測することが できます。

3種類のレーダによる台風の観測

ここでは、3種類のレーダに共通な観測対象である台風の観測に 関する研究成果を紹介したいと思います。図2は、昨年沖縄本島を 縦断した台風18号(2004年)をCOBRAで観測した結果です。 反射強度(雨の強度)分布は、直径500km に達する台風の全体像 を示していますが、この図だと普段目にする気象庁のレーダ画像と 見かけ上は変わりません。しかし、この観測結果は、パルス圧縮機 能により、通常レーダの250kW程度の送信出力を使わずに、わず か10kWの送信出力で得られたものです。また、本観測では+45° 直線偏波の送信と水平・垂直偏波の同時受信により各種偏波パラメー タを取得して、降水粒子の種類(雨・雪・霰など)の判別や降雨減衰 の補正を行うことができます。さらに、二重PRF(パルス繰返し周 波数)機能により、250km以上の観測レンジで台風のような強風 によるドップラー速度も観測することができます。実際にドップラー 速度から求めた平均接線風速は、地上で観測された風速の時間変 化や気圧変化から求めた傾度風(台風の理論的な接線風速)と良 く一致していることが分かります(図2下)。図3は、同じ台風を 400MHz WPR で観測した結果で、高度16km以上までの風向・ 風速が観測されています。時間とともに風向が時計回りに変化し ていく様子や、台風接近時には下層の方が上空よりも風が強いこと が分かります。図4は、台風16号(2001年)の中心が石垣島の北 西160km にある時の、遠距離海洋レーダで観測された海流(表層 流速)分布を示しています。図中で流速が早い場所は黒潮を表し ていますが、台風の強風により表層に反時計回りの渦状の流れが 生じている様子を見ることができます。最近では、このような観測デー タを使って台風の進路などの予報精度を向上させようとする試みが、 気象研究所との共同研究として始められています。

新しい物理量の計測を目指して

それぞれのレーダが観測できる基本的な物理量を台風の観測 結果として紹介しましたが、ここでは新しい物理量の計測例として、 これまで有効な観測手段のなかった上空の雨滴粒径分布(雨粒の 大きさと数密度)をWPR観測データから算出する研究を紹介しま す。現在、日本に1台しかない400MHz帯のWPRでは、大気エコー (ブラッグ散乱)と降雨エコー(レイリー散乱)の反射強度が同程 度になるので、それらを分離することができれば高度別の粒径分 布を求めることができます。図5(左上)の観測例では大気エコー と降雨エコーが明瞭に区別でき、雨粒の大きさに対応する降雨エコー のドップラースペクトル(ドップラー速度の広がり)から粒径分 布を求めることができます(図5下)。また本手法では、風を 測るためには必要がないWPRの反射強度の校正をCOBRA との同時観測データを利用して行うことによって、粒径分布 の推定精度を上げています(図5右上)。その他、紙面の都合 で紹介できませんが、海洋レーダは将来の津波検知にもつな がると期待されていますし、COBRAでは雲や雨の発生に つながる晴天境界層エコーの観測なども行っています。

これからの沖縄センターの役割

電波によるリモートセンシング技術は様々な物理量を観測する ことができますが、観測結果には多くの要因による誤差が含まれ ます。それらを検証・校正するために、これまで直接観測との比較 が行われてきましたが、時空間的不一致や環境条件の変動によっ て校正が困難であったり、ある物理量は他の手段では測れないと いう問題がありました。最近では、物理的校正手法といって、観測 できない物理量も含む全ての物理要素を他の観測手段や数値モ デルなどを駆使して求めることにより、完全な大気・海洋状況を再 現しようとする試みが提唱されています。その結果は、装置の校 正だけでなく、温暖化予報モデルの検証や衛星搭載センサーのア ルゴリズム開発に役立てることができます。沖縄は、国際プロジェ クトである全球降水観測計画(GPM)の統合的地上検証サイト(スー パーサイト)の候補地となっており、沖縄センターの観測データは 既にアルゴリズム開発等に利用されています。また、気象庁および 海上保安庁に観測データの提供を行っているほか、大学等他研究 機関と12課題の共同研究を進めています。今後はこれらの連携 機関からの協力も得て、3種類のレーダの運用や観測実験だけで なく、必要とされる新しい物理量算出のためのアルゴリズム開発 や装置の技術的改良・機能付加、信頼できる観測データのための 新しい校正手法の実現にチャレンジしていきたいと考えています。


Q. パルス圧縮機能とは何ですか。
A. 通常の気象レーダでは、対象物までの距離を測るため に非常に短い時間のパルス状電波を送信し、その後1000倍 程度の時間で受信を行います。弱い雨を測定するためには、送 信パルスを長くすれば良いのですが、そうすると距離分解能が 悪くなってしまいます。COBRAのパルス圧縮機能では、通常 の100倍の長さの送信パルスに周波数変調をかけて受信時に それを復調することで、75〜300m の距離分解能で高感度観 測を実現します。また、伸長パルスと短パルスを交互に用いるデュ アル・サイクルモードによりレーダ近傍の不可視領域の問題を 解決し、これまでの気象レーダと同等以上の性能を実証しました。
Q. 全球降水観測計画(GPM)とは何ですか。
A. 同計画は、現在運用中の熱帯降雨観測衛星 (TRMM)の後継・拡張ミッションで、NASA、JAXA 、 NICTが中心となって推進している国際的な地球観 測衛星計画の一つです。二周波降水レーダを搭載 する太陽非同期軌道の主衛星1機と、マイクロ波放 射計を搭載する太陽同期軌道の副衛星複数機によっ て、3時間ごとの高精度な全球降水観測をめざして おり、天気予報の精度向上・洪水予報・水資源管理・ 地球温暖化に伴う降雨分布変動の研究など、さまざ まな社会的需要への対応が期待されています。

過去の実績の上に築かれた海洋レーダの開発
沖縄センターでは、1986年から海洋レーダの研究開発を始めていますが、その技術が大いに注目された事例が 過去にあります。1997年1月に日本海で発生したナホトカ号の沈没・座礁による重油流出事故がそれで、流出重油の 流れを予測するために周辺海域の海流を観測したデータが発表されました。これは短波海洋レーダを、石川県の輪島 市と珠州市の2ヶ所に設置し、海岸から約50kmまでの海流の分布をほぼ2時間ごとに求め、海洋汚染の予測を行っ たものです。また、1999年の短波海洋レーダの特別観測では、沖縄本島の西に位置する慶良間諸島で生まれたサン ゴの卵が沖縄本島周辺に漂着し、サンゴ礁の回復に役立っていることを明らかにしました。現在では、この短波海洋レー ダの技術を元にして、観測距離200kmで黒潮の流れを30分毎に観測できる遠距離海洋レーダが開発されています。