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脳活動から速い運動を滑らかに再構成 -思い通りに操作できるブレイン-マシン・インターフェィスに大きく前進- 未来ICT研究センター バイオICTグループ グループリーダー 今水 寛

背景

人間の脳活動から運動を再構成する技術は、ブレイン-マシン・インターフェィス(BMI)の基礎技術として注目されています。特に、脳を傷つけずに計測(非侵襲計測)した脳活動信号を利用して再構成することは、BMIが、広く一般に使われるための重要な鍵とされています。私たちと国際電気通信基礎技術研究所(ATR)脳情報解析研究所の佐藤雅昭所長らは、手の速い運動(運動時間約0.4秒)を、非侵襲で計測した脳活動から滑らかに(0.02秒おきに)再構成することに成功しました。本研究は、ユーザーをトレーニングすることなしに、普段、運動を行っているときの自然な脳活動から、手の運動に関係する脳情報を効率的に抽出し、自然で滑らかな運動を高い精度で再構成できることを世界で初めて示しました。この成果は、BMIが医療応用だけでなく、情報通信のための自然で使い易いインターフェィスとして、広く一般に使われる道を切り拓くと考えられます。

脳活動から運動を再構成する技術は、脳に電極を挿すなどの侵襲的な方法で、主に米国の研究者が成功をおさめましたが、手術やウィルス感染の危険性などから、近年では、非侵襲で計測した脳活動を利用する研究が盛んになってきています。従来の非侵襲的な手法では、脳波でコンピュータカーソルを操作する研究が良く知られていますが、これはコンピュータに読み取りやすい脳波パターンを生じさせるように、ユーザーを長期間訓練する必要がありました。訓練を必要とせずに速い運動を再構成した例はこれまでにありましたが、頭の外に設置したセンサーで計測した信号をそのまま使っていたため、脳のどの部分から発生した信号であるかを正確に特定できず、手の運動に関連する脳活動を効率的に抽出することは難しい状況でした。

実験と解析

本研究では、人間が指先をさまざまな方向に素早く動かしているときの脳活動から、指先がどこにあるかを、0.02秒の時間間隔で予測(再構成)しました。私たちは、速い運動に関連する脳活動を計測するために、高い時間解像度で計測可能な脳磁計(MEG: 図1)を利用しました。MEGは、神経細胞が活動することで生じる微細な磁場の変化を検出する装置です。しかし、MEGは、頭の外に置いたセンサーで磁場を計測するため、受信した信号が脳のどの場所から発生したものであるか、正確に知ることはできません。また、センサーの信号は、さまざまな脳の部位から発生した信号が入り混じっている(図2A)ので、手の運動に関連する脳活動を効率的に選び出すことは難しいのです。そこで、まず、センサー信号を脳表面上の電流信号(皮質電流)に変換する関数(逆フィルター)を推定しました(図2B)。

図1●ミリ波画像伝送システムのイメージ
図2●MEGのセンサー信号にはいろいろな部位の脳活動信号が混在(A)、センサー信号から脳活動を推定する逆フィルター(B)

逆フィルターの計算には、佐藤所長らが開発した「階層変分ベイズ法」を用いました。この方法は、脳の血流の変化を、優れた空間解像度で計測できる機能的磁気共鳴画像(fMRI)のデータも補助的に用い、数ミリメートルの精度で、センサー信号から信号源である皮質電流を計算できます(図3オレンジの矢印)。この方法で変換した皮質電流を利用すれば、手の運動に関連する信号を選択的に抽出して、高い精度で運動を再構成することが期待できました。実際、佐藤所長らが開発した「スパース推定法」を用いて、皮質電流の中から重要度の高いものを選び出し、選び出された皮質電流の重み付き総和(線形予測モデル:図3緑の矢印)で手先の位置を予測したところ、センサー信号をそのまま使う場合よりも、高い精度で予測することができました。

図3●手先の運動を脳活動から再構成する手法の概要

研究の意義

これまでの非侵襲BMIは、脳活動のパターンから運動の種類を識別したり、数カ所の標的の中から、どの標的に手を伸ばすかを当てることなどが主流で、人間の速い動きをそのまま再構成しようとする試みは少ない状況でした。速い動きを滑らかに再構成することで、ユーザーが「自分自身が操作している」という主体感・操作感を増すことができます。遠隔地からロボットアームを制御する場合など、そのような感覚は不可欠です。

今後の展望

本研究では、脳活動をオフラインで解析・再構成しましたが、今後はリアルタイムで運動を再構成することに取り組んで行きたいと思います。同様の手法は、イメージしたときや動かす前の脳活動から再構成することにも利用できる可能性があり、意図しただけで自在に操作できるインターフェィスの開発に繋がると期待されます。現代の情報端末は次第に操作が複雑になり、操作方法をマスターできないひとはますます情報から遠ざかってしまうという情報格差が問題になっています。意図しただけで自在に操作できるインターフェィスは、そのような問題の解決に役立つと考えられます。

本研究で用いた要素技術「階層変分ベイズ法」「スパース推定法」は、ATR脳情報解析研究所へのNICTの委託研究「複数モダリティ統合による脳活動計測技術の研究開発」によるものです。

今水 寛
今水 寛(いまみず ひろし)
未来ICT研究センター バイオICTグループ グループリーダー
大学院修了後、ATR人間情報通信研究所奨励研究員、科学技術振興事業団川人学習動態脳プロジェクト計算心理グループリーダー、ATR人間情報科学研究所主任研究員、ATR脳情報研究所認知神経科学研究室長、ATR認知機構研究所所長を経て平成20年より現職。人間の感覚運動学習メカニズムの解明と情報通信への応用研究に従事。大阪大学大学院生命機能研究科客員助教授、ATR認知機構研究所所長。博士(心理学)。
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