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リサーチ1 夢を見ている脳を見る脳波-fMRI同時計測システムの開発
リサーチ2 医療・健康分野へのICTの利活用
リポート1 サマー・サイエンスキャンプ2006の報告
リポート2 「NICT委託研究成果の公開実証実験」報告
リポート3 2006 IEEE/EMC SOCIETY 論文誌「年間最優秀論文賞」受賞報告
研究

 NICT公開NTPサービス〜世界最高性能の処理能力〜

時計、合ってますか?
 目覚まし時計、腕時計、家電製品や携帯電話、PC(パーソナルコンピュータ)内蔵時計など、身の回りには数多くの時計があります。「時」は私たちの生活と密着しているだけではなく、科学技術や産業界でも大変重要な社会基盤となっています。しかし、時刻がずれていては時計としては失格です。さらに、停電の後、たくさんの家電製品の時計合わせにウンザリされた経験をお持ちの方も多いのではないでしょうか。
 NICTは日本の標準時刻となる「日本標準時」を標準電波で日本中に供給しています。最近では標準電波を利用する電波時計が登場し、時刻合わせが自動化され、とても便利になりましたが、電波の届きにくいビルなどの屋内では、電波時計は使えません。そこで、より充実した標準時供給を図る意味でインターネットを使った日本標準時の供給も開始しました。しかし、日本中の膨大な数のインターネット接続PC時計を相手にするには、NICTで従来運用してきたPCベースの時刻サーバでは処理能力が足りません。そこで、NICTでは既に開発していた高速ネットワーク研究用の装置を利用し、処理能力を向上させた時刻サーバの開発を行いました。
時刻サーバに活用した
「汎用高速ネットワーク研究用モジュール(VHNM)」
 従来、ネットワークの特性を計測する際には、PCがプラットホームとして使われる場合が多かったのですが、ネットワークが大容量化し、1Gbpsや10Gbpsと高速化するにつれ、PCでは処理しきれなくなってきました。PCは中央処理ユニット(CPU)ですべての処理を行いますが、通常のPCはCPUを一つしか持っていないため、複数の仕事を同時には処理できません。しかし、(1)ネットワークを使ってパケットを送受信したり、(2)データを解析・加工したり、(3)オペレーティングシステム(OS)そのものも処理したりなど、現実的にはCPUはそれらの数多くの処理を順番に一つずつこなしていかなければならず、こなせる数には限界があり、1Gbps以上のネットワークを扱う場合には時刻精度を犠牲にしなければなりませんでした。
 そこで、NICTは、これまでソフトウェアで処理していた部分を、FPGAと呼ばれるハードウェアで処理する汎用的な高速ネットワーク研究用モジュール(VersatileHigh-speed Network Module:VHNM)を開発し、様々な研究に利用しています。VHNMは、FPGAを中心に、二つのネットワークインタフェースとメモリ、時刻タイミング端子(1 PPS)を備えており、ネットワーク特性計測、パケットキャプチャ、トラフィック発生、パケットフィルタ、ネットワークシミュレータなどに利用することができます(図1参照)。FPGAはソフトウェアと同様の論理演算を、OSを介さずに多数のハードウェア論理素子を組み合わせた並列処理やパイプライン処理によって正確なタイミングで実行するため、高速ネットワークでも処理が滞ることなく機能します。また、ファームウェアの変更で異なった機能を搭載することが可能です。

図1:汎用高速ネットワーク研究用モジュール(VHNM)
図1:汎用高速ネットワーク研究用モジュール(VHNM)
NICT公開NTPサーバ
 インターネットを介して時計を合わせる標準方式として、NTP(Network Time Protocol)が通常使われています。NTPではクライアントからのリクエストに対して、時刻サーバはNTPパケット中の所定の場所に現在時刻(タイムスタンプ)を挿入して返します。そこで、VHNMの基本機能のタイムスタンプ挿入機能を元に、NTPパケットフォーマットに対応させることによって、NTPサーバ機能を実現しました。これまでのNTPサーバは、製品化されている専用機でも内部はPCによるソフトウェア処理で対応しており、その処理能力は毎秒5000リクエスト程度が限界とされていました。しかし、本NTPサーバをハードウェア化することによって、処理能力は一気に3けた向上し、世界最高性能となる毎秒100万リクエスト以上*1の処理能力を実現しました。また、このサーバはNICT内に設置され、日本標準時に直結しているため、サーバの時刻精度は10ナノ(1億分の1)秒以内を達成しています。しかも、単機能のハードウェアという特徴から、セキュリティ的にも頑健となっています。
 本NTPサーバは、現在、NICTの公開NTPサービス(ntp.nict.jp)として、実際に利用され、1日当たりのサーバへのアクセス頻数は運用開始数箇月で数千万を数えています。さらに、サーバ性能が高いだけではなく、不測の事態に備え、サーバ、時刻源、電源、ネットワークをすべて冗長構成とし、温度・湿度・電磁波、入室管理、耐震対策など日本標準時と同レベルの運転環境と運用体制の中で、NICTが培ってきた時刻の安定供給を行っています。

*1 1Gbps 回線での最大リクエスト数

図2  NICT公開NTPサービスの概要
図2:NICT公開NTPサービスの概要
ユビキタス社会に向けて
 近年、日本版SOX法(金融商品取引法)やタイムビジネスなど、正しい時計(時刻情報)の必要性が高まってきています。また、ユビキタス社会の進展や電力線通信(PLC)の開始で、ネットワークに接続される機器もますます増えることが予想されます。こうした分散システムでは時刻をキーとした協調が有効となります。ネットワークを利用した時刻同期では、ネットワーク機能を保有すれば、ほかに特殊なハードウェアが不要なため、低コストで時刻同期することが可能です。こうした背景もあり、本NTPサーバは来るべきユビキタス社会を支える時刻同期インフラとして大いに活用されるものと考えられます。17世紀の振り子式時計の登場以来、時計の精度が上がるにつれ、私たちの生活も変化してきました。ネットワークを使えば、数ミリ秒の精度で一般の時計を合わせることが可能となります。今後、私たちの生活がどのように変わっていくのか楽しみです。


研究者:町澤 朗彦(まちざわ あきひこ) 研究者:町澤 朗彦(まちざわ あきひこ)
新世代ネットワーク研究センター
光・時空標準グループ 主任研究員
1984年に上智大学を卒業し、郵政省電波研究所(現NICT)に入所。
並列分散処理を中心に、画像の高能率符号化、視覚情報処理、コンピュータネットワーク、時刻同期などを研究している。1996-1999年カンタベリー大学客員研究員。


暮らしと技術

Q:VHNMを活用した時刻サーバの完成により、日本中のパソコンユーザーからアクセスが集中しても大丈夫なのでしょうか?
A:大丈夫です。パソコンや家庭電化製品の内蔵時計には水晶が使われていますので、常時時刻同期を行わずとも1日に10回程度も時計合わせを行えば、いつでも1秒以内の誤差にピッタリ収まります。もし、パソコンや家電製品を1人10台ずつ所有する日本人が、NICTのサーバを利用すると、時計合わせの数は1日の合計で130億回にもなります。そうした数であってもNICTのサーバの処理能力は、1日に1000億リクエスト以上! まだまだ、余裕があります。


今月のキーワード
[FPGA(Field Programmable Gate Array)]


FPGAとは、ユーザーが自分でプログラミングが行えるロジックICのこと。機能を自由に再定義できるように設計され、何度も回路を定義することができます。例えば、マイクロプロセッサやASIC(特定の用途に特化して製造された集積回路)設計図を送りこんでシミュレーションすることも可能です。ソフトウェア上で回路のシミュレーションを行うより高速で、工場や実験室以外でもプログラム可能なので製品の柔軟性が大きいとされています。


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