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こころを伝える脳情報通信に向けて 脳活動から「わかり」を評価する 未来ICT研究センター バイオICTグループ 研究員 井原 綾

情報通信と脳研究

「いつでも、どこでも、誰でも」ネットワークにつながるユビキタスネット社会の実現に向け、情報を大量、正確、高速に送受できる通信技術の開発が進んでいます。将来的には、これに並んで、豊かで円滑なコミュニケーションをサポートするという、人間サイドの観点からの技術開発が重要になるでしょう。未来ICT研究センター バイオICTグループ脳情報プロジェクトでは、「こころ」を伝える情報通信技術の実現を目指して、コミュニケーションにおける人間の「こころ」の状態や動き(「わかり」、「ひらめき」、「情動」など)を脳活動計測により客観的に評価し、脳情報(脳活動から得られる情報)を利用するための研究を行っています(図1)。その1つが、言語の「わかり」に関する脳研究です。言語は人間のコミュニケーションの中心的役割を果たしており、脳が言語を理解する仕組みについて明らかにすることができれば、情報のわかりやすさや、相手の理解力すらも配慮した新しい情報通信技術への道が開かれる可能性があります。

図1 こころを伝えるICT

言語処理をとらえる脳活動計測

人間が言語を理解するときには、文字や音声などの視聴覚入力の分析、単語の意味情報や音韻情報の検索や同定、情報の統合や統語的な分析など、複数の処理が脳内で並列的に行われます。これらの処理が脳内の「どこで」、「いつ」行われているかを調べるために、私たちのグループでは脳磁界計測法(MEG)を用いた研究を行っています。

脳の中には多数の神経細胞があり、神経細胞が電気信号をやり取りすることにより情報を伝達しています。脳磁界とは、脳内の神経細胞を流れる電流により発生する微弱な磁界で、頭の周りに設置された高感度の磁気センサーである超伝導量子干渉素子(SQUID)で検出されます。脳内で局所的に活動した多数の神経細胞の電流をまとめて1つの電流源(ダイポール)とみなし、計測した脳磁界からダイポールを推定することにより脳内の活動部位と活動の時間的挙動をミリ秒単位の高い時間分解能で求めることができます。しかし、言語処理のように脳内の複数の部位が並列的に活動する場合、従来の解析法ではそれらの活動を分離することは非常に困難でした。そこで私たちはこの問題を解決するオリジナルな解析法を提案し、文字の視覚形態処理から、音韻処理や意味処理、さらには文脈処理にいたる高次な処理まで、言語の理解に伴う複雑な脳活動を時間的・空間的に詳細に分析することが可能になりました(図2)。

図2 脳活動計測法による脳内言語処理の解析

脳がことばを理解するメカニズムを探る

日本語には、例えば「くも」のように、文字の形態や音は同じで、全く異なる意味(「雲」と「蜘蛛」)を持つことばが多く存在します。このように複数の意味を持つことばは単一ではそれがどの意味を指しているのか確定されず曖昧ですが、日常の会話の中では前後の文脈から意味を読み取ることができます。曖昧さを含んだ情報を、その場の状況に応じて迅速に、柔軟に処理する能力は、まさに人間の特質であり、円滑なコミュニケーションの成立に不可欠であると言えます。

私たちは、ことばの意味的な曖昧さ(語彙的曖昧性)が脳内でどのように表現され、また、それがどのように解消されてことばの意味が確定するのか、その脳内プロセスの研究に取り組んでいます。そしてこれまでに、MEGを用いて、意味確定に関連する脳活動の部位とその時間的変化を明らかにすることに成功しました(Ihara et al.,NeuroImage 2007)。その結果によると、語彙的曖昧性を含む語(多義語)が与えられ、すぐに意味が確定できないときには、左半球の下前頭部という部位が重要な役割を果たすことがわかりました。多義語の呈示直後には、文脈に関係なく単語が持つ複数の候補となる意味が自動的に活性化され(ボトムアップ的意味処理)、呈示約0・2秒後には、左下前頭部において文脈の手がかりを利用した意味検索(トップダウン的意味処理)が開始し、適切でない意味の活性化は抑制されて、呈示約0・5秒後には文脈に適した1つの意味に収束することを示しました(図3)。脳が、その有するボキャブラリを並列的に活性化させることは、人間の柔軟な意味認識のキーメカニズムとなっていると考えられます。

図3 言語理解に関する研究の一例

脳情報を利用したICTへ

これまでの研究から、脳がことばの意味を「わからない」、「曖昧だ」と感じているときから意味が「わかった」ときの状態を脳活動から経時的に捉えることが可能になってきました。「わかり」に関する基礎研究の成果をコア技術にすることによって、情報の受け手の個々人が、どの程度のボキャブラリレベルを持ち、また受け取った情報の意味をきちんと理解できたのかどうか(理解度)を、脳活動から客観的に評価できる可能性があります。さらには、どのような情報提供の方法が情報の受け手の「理解度」を高めることができるのかを客観的に探ることができるようになり、「理解度」の評価まで含めた情報提供システムを提案することができるでしょう(図4)。「こころ」の状態や動きを脳情報として抽出することができれば、コミュニケーションにおいて不要な誤解や齟齬を防ぎ、相互理解を促すようなコミュニケーション・インターフェイスの開発にもつながるのではないかと考えています。

図4 「理解度」の客観的評価の確立へ


Profile

井原 綾 井原 綾(いはら あや)
未来ICT研究センター バイオICTグループ 研究員
大学院修了後、岡崎国立共同研究機構(現、大学共同利用機関法人自然科学研究機構)生理学研究所研究員を経て、2005年NICTに入所。非侵襲的脳機能計測による言語脳機能の研究に従事。博士(保健学)。



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