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確かな技術で研究を支える 試作開発第1回
超伝導デバイス研究の最前線を支える試作開発部品 -次世代SSPD実現に向けた極低温信号処理回路実装ブロックの製作-未来ICT研究所 ナノICT研究室 主任研究員 三木茂人

NICTで行われる研究では、市販されていない部品が必要な場合も多くあります。市販されていなければ、新たに製作するしかありません。そうした研究者のニーズをくみ取り、必要となる部品を製作するのが「試作開発」で、社会還元促進部門研究開発支援室で実施している業務です。この試作開発の成果を研究者の視点から4号にわたって紹介します。

はじめに

未来ICT研究所ナノICT研究室超伝導デバイスグループでは、新しい情報通信デバイス技術の創出を目指して、超伝導現象を利用した光・電磁波・量子デバイス、回路技術の基礎研究、及び光通信波長帯(波長1,550nm)高速超伝導単一光子検出器や超伝導・光インターフェースの研究開発と、量子情報通信や超高速フォトニックネットワークへの応用研究を行っています。我々が研究を行っている超伝導デバイスは、様々な極低温冷凍機を用いて通常、4K以下まで冷却を行いますが、超伝導デバイスの種類や用途によって、それぞれに必要な動作環境は異なってきます。従って、極低温で機能する様々な動作環境を、冷凍機内部の限られた空間に構築していくことが、研究開発を推進する上で必要不可欠となっています。しかし、極低温冷凍機は外部を真空容器に囲まれるため、一旦冷却してしまえば、内部を覗くことはできなくなってしまいます。加えて、極低温環境は室温とは大きく異なる特有の現象が発生しますので、最終的には試行錯誤を何度も繰り返しながら理想の動作環境を実現することになります。現在我々は、社会還元促進部門の試作開発に依頼し製作した部品を活用することでこれらの動作環境の構築を行っています。

これらの部品に関しては、現在進行中の研究プロジェクトに使用されているものが多いため、すべての事例を紹介することはできませんが、その中で既に研究成果に結びついた例をはじめとして少しご紹介したいと思います。

試作例

超伝導単一光子検出器(SSPD*1)は、従来の半導体光子検出器と比べて、高感度・低雑音かつ高速動作が可能なため、量子光学・量子情報通信技術のみならず、宇宙通信、生体医療、半導体LSI検査、近赤外レーダー応用など様々な分野で大きな威力を発揮し、新現象の発見や革新的技術の創出に大きく貢献するものと考えられています。現在までに我々は汎用的な多チャンネルSSPDシステムの開発に成功し、東京量子鍵配送(QKD*2)ネットワークなど様々なアプリケーションへの適用を行ってきました。現在は、SSPDの有する潜在的な性能を最大限に発揮することのできる、次世代SSPDの研究開発を進めています。

次世代SSPD実現のための核技術として、我々は超伝導単一磁束量子(SFQ*3)回路を用いた超高速信号処理技術に着目し、研究開発を進めています。SFQ回路の適用によって、複数のSSPD素子からの信号を超高速(数十GHz以上)に処理することが可能となります。従って、SFQ回路を実装するためのブロックは、高周波信号を低損失で通過させることのできる同軸コネクタポートを、複数本備えていなければなりません。また、SFQ回路はSSPD素子と同じ冷凍機内部の限られた空間内に実装させなければならないため、可能な限り小さな実装用ブロックを製作する必要があります。そこで、図1に示すような小型実装用ブロックを試作開発に依頼し、製作しました。直径3ミリの高周波コネクタが13個設置され、30mm×30mm×5mmの小さなサイズに収めることができています。これを用いることにより、図2に示すように冷凍機内の試料ステージにSFQとSSPDを設置し冷却することが可能となり、世界で初めてSFQ信号処理回路を用いたSSPD動作の確認に成功しました。この成果はApplied Physics Letters誌に掲載され、応用超伝導分野において重要な論文としてVirtual Journal of Applications of Superconductivity(2011年11月)に選定されました。

図1●SFQ回路実装用小型ブロック図1●SFQ回路実装用小型ブロック 図2●極低温冷凍機実装の様子図2●極低温冷凍機実装の様子

その他にも、様々な超伝導デバイス研究のための動作環境構築において試作開発で製作した部品群を活用しています。例えば、図3は超伝導量子ビット素子の測定用希釈冷凍機内部の写真ですが、ほとんどの部品群を試作開発で製作しました。これらを最大限活用して、現在研究開発を進めている状況となっています。

図3●希釈冷凍機内の超伝導量子ビット測定環境
図3●希釈冷凍機内の超伝導量子ビット測定環境

おわりに

実をいえば、我々ナノICT研究室超伝導デバイスグループは、NICT本部(東京都小金井市)で行われている試作開発サービスの存在を知ってはいたものの、本部から離れた未来ICT研究所(神戸市)で研究を進めていることから、2年ほど前までは部品製作の依頼をしたことがありませんでした。初めて部品製作を依頼した際には、未来ICT研究所からでも試作開発のスタッフと綿密に打ち合わせを進めることが可能であることが分かり、それ以来、超伝導プロジェクトからは、かなりの部品点数の製作を依頼しており、これらは現在研究開発の最前線で効果的に活用されています。今回紹介した事例のみならず研究開発の現場では思いついたアイデアを現実のものとしていくことが必要不可欠であり、それをNICT内で可能とする試作開発の存在はNICTにおいて大きな強みだと思います。今後も、試作開発をはじめとするものづくりに関わる部署の協力を得ながら研究を進めていきたいと思います。

用語解説

*1 SSPD
 Superconducting Single Photon Detector

*2 QKD
 Quantum Key Distribution

*3 SFQ
 Single Flux Quantum

試作依頼研究者
三木 茂人
 
三木 茂人(みき しげと)
未来ICT研究所 ナノICT研究室 主任研究員

大学院博士課程修了後、科学技術振興機構研究員を経て、2005年、NICTに入所。 超伝導ナノワイヤを用いた単一光子検出器に関する研究に従事。博士(工学)。
試作開発スタッフから一言
小室 純一 小室 純一(こむろ じゅんいち)
社会還元促進部門 研究開発支援室 主幹

同グループからの試作依頼は文中に記されたように、小さなサイズで複雑な形状の精密加工のものがほとんどなので、フライス盤やワイヤ放電加工機などの数値制御工作機械を駆使して加工しております。使用する素材は無酸素銅材料のものがほとんどで、エンドミルやネジ切タップなどの細い工具が折損しないように気を使っています。また、この材料は加工による変形が比較的大きいので、これを防ぐために、アニール(焼きなまし)後に加工しています。

試作開発の現場では、いつでも試作依頼に対応できるように、数種類の板厚の違うアニールした無酸素銅材を準備しております。

また、工作技術や設備、工具なども時代と共に進歩しているので、常に高い技術レベルを維持する必要があります。苦労して設計や製作した試作品が、研究や実験現場で生かされてより良い研究成果に繋がることが我々のモチベーションになっています。

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