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衛星搭載レーダによる雲の観測 - EarthCARE衛星搭載雲プロファイリングレーダの開発 - 電磁波計測研究所 センシングシステム研究室 主任研究員 佐藤 健治

雲エアロゾル放射ミッション(EarthCARE)の概要

地球温暖化に伴う地表の気温上昇については数多くの数値予測モデルが存在しますが、それらの結果は必ずしもよく一致しているわけではありません。そのような誤差が生じる大きな要因の1つに地球全体の雲やエアロゾル(大気微粒子)*1に対する観測情報、特に鉛直方向の分布情報が不足していることが挙げられます。

雲は現れる高度や厚さ、種類によって地球温暖化を加速する方向にも減速する方向にも働きます。またエアロゾルとの相互作用により雲の分布、寿命、太陽光や赤外線に対する反射特性などは変化します。そのため雲やエアロゾルが地球温暖化に与える影響を正確に見積もるためには地球全体の三次元的な雲やエアロゾルの観測情報が必要不可欠となります。しかしながら、「ひまわり」に代表される気象衛星などによる可視光や赤外線を用いた観測では雲の上端しか観測することができないため、雲の二次元的な分布については情報が得られますが、雲の下端など、雲の高さ方向の分布はわかりません。

そこで、NICT、宇宙航空研究開発機構(JAXA)、および欧州宇宙機関(ESA: European Space Agency)による国際共同プロジェクトとして、衛星から雲やエアロゾルの全球的な分布を三次元的に把握し、地球全体の放射バランスのメカニズムを解明することにより、気候モデルの改善や地球温暖化予測の精度向上を図ることを目的とした雲エアロゾル放射ミッション(EarthCARE: Earth Clouds, Aerosols and Radiation Explorer)が進行中です。

雲プロファイリングレーダ(CPR)のエンジニアリングモデル

NICTはJAXAと共同でEarthCARE衛星搭載雲プロファイリングレーダ(CPR: Cloud Profiling Radar)を開発しています。そのエンジニアリングモデル*2が完成し、2012年11月27日に報道機関に向けて公開されました(図1)。

図1 CPRのエンジニアリングモデル(写真提供: JAXA)
図1 CPRのエンジニアリングモデル(写真提供: JAXA)

CPRは開口径2.5mφの大型パラボラアンテナを用いて高度約400kmの衛星軌道上から地球に向けて周波数94GHz(波長約3mm)の電波を照射し、雲粒によって反射された電波を受信することにより、雲の鉛直構造を観測することができる世界最高感度の衛星搭載レーダです。また、衛星に搭載される気象レーダとしては世界で初めてドップラー速度計測機能*3を備えており、雲内の粒の上昇下降速度の情報が加わることにより、雲の実態をより詳細に観測することが可能となるものと期待されています。

CPRはEarthCARE衛星に搭載される主要観測機器の1つで、日本がその開発を担当します。EarthCARE衛星には、CPR以外にもESAが開発を担当する、エアロゾルの鉛直分布を観測する「大気ライダー(ATLID)」、雲やエアロゾルの水平分布を観測する「多波長イメジャー(MSI)」、および大気上端でのエネルギー放射量を観測する「広帯域放射計(BBR)」が搭載されます(図2)。これら4つの搭載観測機器の同時観測により1つの観測機器だけでは実現できないエアロゾルから雲、弱い雨までの三次元的な観測データを得ることができます(図3)。EarthCARE衛星は2015年度の打ち上げを目標に開発が行われています。

図2 EarthCARE衛星の外観図
図2 EarthCARE衛星の外観図

図3 EarthCARE衛星搭載CPRおよびATLIDの同時観測による雲の鉛直断面の観測イメージ図
図3 EarthCARE衛星搭載CPRおよびATLIDの同時観測による雲の鉛直断面の観測イメージ図EarthCARE衛星搭載CPRから照射されたレーダビーム(黄色のビーム)はごく一部が雲粒などによって反射される。本図はCPRで受信される雲粒などからの反射強度の高さ方向の分布を衛星進行方向に沿って模式的に表したものである。白→水色→青→黄→赤と色が変化するにしたがって反射強度が増大することを示す。ATLIDはCPRのように濃い雲を透過して観測することは困難だが(青いビーム)、CPRでは観測が難しい極めて薄い雲やエアロゾルを補完的に観測することができる。

CPR開発におけるNICTの寄与

NICTにおける航空機搭載および衛星搭載気象レーダの研究開発は30年を超える歴史があります。初期の観測対象は主に降雨であり、その成果が世界初の衛星搭載降雨レーダである熱帯降雨観測衛星(TRMM)搭載降雨レーダ(1997年打ち上げ)、およびその後継として現在開発中の全球降水観測計画(GPM)主衛星搭載二周波降水レーダ*4へとつながっています。また、これらと並行して、雨だけでなく雲へと観測対象を拡大するために、より高周波数で、より高感度なレーダの研究開発を続け、1997年に航空機搭載雲レーダSPIDERを完成させました。その後、SPIDER開発・観測実験の経験を活かして衛星搭載雲レーダのレーダ方式設計、性能解析などの研究に着手し、実現のキーとなる重要開発要素のピックアップおよびそれらの事前研究などを経て、2007年からJAXAと共同で本格的にEarthCARE衛星搭載CPRの設計・開発を開始しました。

CPRのエンジニアリングモデルの開発において、NICTは主に送受信サブシステムのエンジニアリングモデル(図4)の開発および準光学給電部のエンジニアリングモデル(図5)の開発を担当しました。送受信サブシステムはCPRの心臓部ともいえる部分で、94GHzの信号を生成・増幅してピーク電力1.5kW以上のパルス状にして送信し、雲などから反射された微弱な電波を受信・増幅して信号処理部に送る機能があります。また、準光学給電部は大型パラボラアンテナの一次放射器であるだけでなく、送信信号と受信信号を分離する機能を備えており、ミラーやワイヤグリッド型偏波素子*5などの光学的な手法を導入することにより極めて低損失の給電を実現しています。

図4 送受信サブシステムのエンジニアリングモデル
図4 送受信サブシステムのエンジニアリングモデル

図5 準光学給電部のエンジニアリングモデル
図5 準光学給電部のエンジニアリングモデル

今後の展望

今後、CPR開発は実際に衛星軌道に打ち上げるフライトモデルの製作フェーズへと移行しますが、CPRフライトモデルの製作はJAXAが担当します。送受信サブシステムおよび準光学給電部のフライトモデルの製作もNICTからJAXAへと引き継がれます(ただし、NICTが開発したエンジニアリングモデルも再調整されフライトモデルの一部として活用されます)。NICTはJAXAによるCPRフライトモデルの製作をサポートするとともに、CPRにて取得するデータの処理アルゴリズムの開発および打ち上げ後のCPRの校正・検証手法の確立などに力を注ぎ、EarthCARE衛星の打ち上げに備えていく予定です。

*1 エアロゾル(大気微粒子)
大気中に浮遊している固体あるいは液体の微小な粒子。例えば、工場煤煙、森林火災の煙、黄砂などであり、自然に発生するものから人間活動の結果発生するものまで様々である。

*2 エンジニアリングモデル
実際に宇宙に打ち上げられる実機(フライトモデル)を想定した技術試験モデル。一般的にエンジニアリングモデルを使用してフライトモデルよりも厳しい環境下での試験を実施し、所望の機能、性能を発揮できることを確認した後、フライトモデルを製作する。

*3 ドップラー速度計測機能
レーダと観測対象物間の相対速度を計測する機能。雲粒、雨粒、雪の落下速度は異なるため、ドップラー速度計測機能を用いることにより雲、雨、雪の判別が容易となる。

*4 全球降水観測計画(GPM)主衛星搭載二周波降水レーダ
全球降水観測計画(GPM: Global Precipitation Measurement)は、1つの主衛星と副衛星群により3時間毎に地球全体の降水(雨や雪)を観測することを目指す国際共同プロジェクト。NICTはJAXAと共同でGPM主衛星に搭載する二周波降水レーダー(DPR: Dual-Frequency Precipitation Radar)の開発を担当している。DPRの製作は既に完了しており、現在、打ち上げに向けて主衛星本体との組み合わせ試験を実施中。2014年打ち上げ予定。

*5 ワイヤグリッド型偏波素子
規則正しく並んだ金属線(ワイヤグリッド)を使用して電波の振動方向(偏波)を変更する素子。CPRでは直線偏波と円偏波の変換のために使用する。

佐藤 健治 佐藤 健治(さとう けんじ)
電磁波計測研究所 センシングシステム研究室 主任研究員

大学院修士課程修了後、1992年に郵政省通信総合研究所(現NICT)入所。2009年から2011年まで宇宙航空研究開発機構へ出向。海洋レーダの研究開発や衛星搭載雲レーダの開発等に従事。
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