NICT NEWS
新理事長 坂内正夫 インタビュー

―理事長としての抱負をお願いします。

インターネットに代表されるように、情報通信技術は今や私たちの生活に根ざした技術となっております。しかし、身近になったがゆえに、他分野の研究者の方々からは「これ以上何を研究する必要があるんだ、後は民間のICT企業に任せればよいのではないか」とご意見をいただくようになりました。長年、情報通信分野に従事してきた私にとって、これは非常に残念なことです。「何とかしなければ」、そう感じていた矢先に、NICTの理事長就任のお話をいただきお引き受けしました。

情報通信技術は新たなイノベーションを生む基盤です。最近グリーンイノベーションやライフイノベーションが注目されておりますが、例えばグリーンイノベーションではスマートグリッドの利用が非常に重要ですし、ライフイノベーションでは様々なセンサーがネットワークを介して病院のシステムにつながることで、在宅でのきめ細かな健康管理を可能にします。

このように様々な分野において、情報通信技術は非常に重要な役割を果たしますし、研究開発しなければならない課題も山積しています。これらの課題を解決し社会的な価値を作り出す、すなわちイノベーション創出を効率的・効果的に行うためには、公的機関であるNICTが研究活動のプラットフォームとなって、様々な情報通信分野のステークホルダーとの連携を図っていくことが極めて重要であると考えています。情報通信分野の研究開発にオールジャパンで取り組める拠点にしていきたいと思っています。

―情報通信技術はこれからどのような役割を果たしていくべきとお考えでしょうか。

情報通信は新しい時代「第3のパラダイム」に入ってきているのだと明確に意識しています。情報通信の歴史を振り返ると、第1のパラダイムはコンピュータをどう作り、いかにハードウェアやソフトウェア、アプリケーションをつないでいくかということがミッションでした。第2のパラダイムではインターネット、いわゆるサイバー世界をいかに作って利活用するかというフェーズでした。

現在は、サイバー世界と我々が生活している実世界、これが融合し新しい価値を作り出す、第3のパラダイムに入っています。例えば、地震や台風などの災害が発生した場合、各地の被災状況を正確に把握し、正しく判断して行動しなければなりません。そのためには多くの情報を迅速に収集し、それを俯瞰することで最適なコントロール方法を見出し、実世界にフィードバックする必要があります。

実世界の情報収集には、多数のセンサーで自動的に情報を取得する方法と、スマートフォンなどの通信端末を通じて人によって発信される情報を活用する方法があります。ビッグデータといわれるこのように膨大な情報から、実世界で活用できる価値ある情報を導き出していくことが情報通信に期待される新たな役割であり、我々が目指すところなのです。

―新たな価値を生み出すために、NICTで取り組まれていることを教えてください。

NICTでは多くの研究に取り組んでおりますが、1つはモバイル・ワイヤレステストベッドを用いた実証的な研究です。我々の生活に直結するエネルギーや道路・橋・水道などの社会インフラ、災害対策や医療や農林水産などの産業では、未だ情報が十分に利活用されておらず、改善の余地が大いにあります。今、何が起こっているのかリアルタイムにデータの収集・分析を行い、実世界で活用できる価値ある情報を導き出せるようにするには、これまで各データセンターに分散している情報をクラウド上に集め、ユーザーがネットワークを通じて今欲しい情報にスムーズにアクセスできるような環境を整備することが望まれます。しかし、このようなデータの利活用には、セキュリティやプライバシーの問題を解決していかなければなりません。どうすれば利用者に快適かつ安全なシステムを提供できるのか、そのためには実際にシステムを構築し、実践的な検証を行うことが必要です。そのためのテストベッドを構築し、実際のプロジェクトで活用していただくことが重要であると考えています。

また、データの利活用が進めば進むほど、強固に対策を行わなければならないのがセキュリティです。近年の政府機関や民間企業を狙ったサイバーアタックでは、技術的に高度な潜在型のマルウェアなどが使用されており、 既存の技術では対処が極めて困難な状況です。欧米各国においてもサイバーアタックへの対策は喫緊の課題となっております。こうしたマルウェアの感染を高精度かつ迅速に検知する技術を確立し、ユーザーが安心して利用できるネットワーク環境を構築するために、NICTではセキュリティ研究を推進しており、既にnicterなど、一定の成果をあげている研究もあります。このように情報通信におけるセキュリティは国家の安全にも関わってくる課題です。NICTという中立性を最大限に活かして、理論と実践を高度に融合させたネットワークセキュリティの研究開発の世界的な中核拠点を目指して、取り組んでいきます。

さらに、これら大容量のデータ流通を支えるネットワーク基盤の確立も緊急の課題といえます。通信容量がますます逼迫する中で、年々増大するデータ流通を支えるネットワークの実現のためには、緊急性の高いデータを優先的に伝送するなど柔軟なネットワーク設定・運用が可能となる、ネットワーク基盤技術の研究開発や国際標準化が必要です。NICTでは、超高速・大容量光ネットワークに関する研究開発を産官連携で実施しており、その成果は総務省直轄委託研究に引き継がれ、開発されたLSIは世界シェアの過半を占めています。光通信分野は国際的に非常に競争も激しい分野ですが、日本の情報通信の根幹に関わる研究ですので、今まで以上に国際競争力を強化できるよう、研究開発を加速していきます。

その他、テラヘルツ波のような新たな無線領域の開拓やホワイトスペースの利活用といったワイヤレス分野の研究開発や音声翻訳システムなどのユニバーサルコミュニケーションに関する研究開発、脳の機能に学んだ革新的な情報通信技術の研究開発など多方面にわたる研究開発を進めています。

―それでは今後、NICTをどのような組織にしていきたいとお考えでしょうか。

今まで以上にグローバルで存在感や競争力を発揮できる組織にしていきたいです。

そのためにはまずNICT内部での研究開発のシナジー効果を高めることが重要です。物理的に離れた研究所同士を連携させ、組織一丸となって取り組まなければなりません。

どのような組織でもいえることではありますが、研究所もやはり人が全てです。様々なプロフェッショナルが異なる意見をぶつけ合うからこそ、アイデアが磨かれ、よりクオリティの高い研究としてアウトプットされます。ですから、明るく喧嘩ができると申しますか、緊張感はありつつも楽しみながら研究できる、そうした環境を築きたいと思っています。

また、産学官の連携も強化していかなければなりません。欧米の公的研究機関では、大学および企業とのネットワークの構築・拡大が盛んですが、日本ではまだまだこれからです。基礎的な研究成果を実用化に橋渡しし、社会に還元していくために、NICTはよりオープンな研究開発拠点となることが望まれています。そのためには、NICTの研究開発や活動が求心力のあるものでなければなりません。NICTならではの研究を伸ばすとともに、NICTのファンディング機能をうまく活用することで、情報通信技術開発分野の関連の研究活動を1つに束ねて、大学や民間企業との連携を強力に押し進めていくことができればと考えています。

今後、さらに情報通信におけるグローバル競争は激しくなることでしょう。NICTは産学官での連携を加速し、研究開発のスピードアップや効率化を進めながら、より多くの方が情報通信技術の恩恵を享受できるような、社会的な価値の高い技術が生まれる拠点作りを進めたいと思います。

―本日はありがとうございました。

世界に存在感を持った組織となるためにNICTが進める3つの「O(オー)」

まずは組織が一丸となることです。NICTの研究拠点は全国に点在しており、研究分野も多方面にわたっております。NICTが情報通信の中核的な研究拠点となっていくためには、組織で一丸となって研究のシナジー効果を発揮し、さらにそれが各々の研究を加速させていくことが必要です。

世界で競争力のある技術を確立していくためには、NICTだけで全てを実現していくことは叶いません。大学や民間企業、他の公的機関など産学官の多様なステークホルダーが連携し、それぞれの得意分野を高め合っていくことが重要です。NICTはそのためのプラットフォームとして、世界を相手に協力・競争できる開かれた組織となるよう整備します。

そして、このようにNICTが情報通信分野の中核的なプラットフォームとして機能するためには、それだけの求心力が必要です。私たちの研究活動は、独自性のある魅力的なものでなければなりません。NICTだからこそ、と胸を張れるような質の高い研究開発を進めていきます。

坂内 正夫 坂内 正夫(さかうち まさお)



1975年4月、東京大学工学部電気工学科専任講師。1998年4月、東京大学生産技術研究所所長。2002年7月、国立情報学研究所副所長。2005年4月、大学共同利用機関法人情報・システム研究機構理事、国立情報学研究所所長。 2007年7月、 東京大学名誉教授。2013年4月、独立行政法人情報通信研究機構理事長に就任。工学博士。
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