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次世代ウィンドプロファイラの研究開発

はじめに

2012年12月、NICT本部(東京都小金井市)においてGPSゾンデ放球を含む集中的な大気観測が実施されました(図1は観測時の写真)。GPSゾンデとは気温・湿度・気圧・風速などを測定するための小型観測装置で、気球に取り付けて上空へ飛ばして観測を行います。気球と共に風に流されながら上昇するGPSゾンデからは、電波を使って時々刻々と観測データが地上へ送られてきます。最終的に気球は上昇に伴う気圧降下で破裂し、ゾンデは主に太平洋上に落下します。

NICTでは、京都大学生存圏研究所、気象庁気象研究所と共同で2011年から鉄道建設・運輸施設整備支援機構(JRTT)からの受託研究「航空安全運航のための次世代ウィンドプロファイラによる乱気流検出・予測技術の開発」を行ってきました。この研究開発で製作したウィンドプロファイラ(以下「WPR」という)の機能・性能の検証が今回のGPSゾンデ観測の主な目的です。

WPRは地上付近から上空数kmまでの風を観測する装置で、気象庁では2001年から「局地的気象監視システム」(略称: WINDAS)として全国展開しており、現在33地点での観測データを気象予報に利用しています。WINDASの運用から10年が経過し、その更新も視野に新しい技術を盛り込んだWPRを開発することを目的に3機関共同で本研究が開始されました。航空機事故の原因となる乱気流の検出・予測技術の開発も目的の1つであり、そのためにより高高度まで観測できる装置の開発を目指しています。

図1 GPSゾンデ放球時の写真
図1 GPSゾンデ放球時の写真
気球に観測装置を付けて放球(2012年12月)。

ウィンドプロファイラ(WPR)とは

WPRはパルス状の電波を上空へ発射し、その反射波から上空の風向・風速を推定するレーダです。電波の反射体は大気そのものです。気温・水蒸気変動などによる屈折率の変化によって、電波は微弱ながらいたるところで散乱されて戻ってきます。その反射波のドップラーシフト*1から風向・風速を求めることができます。GPSゾンデを用いた風観測が一日数回しか実施できないのに対し、WPRを用いれば時間的に連続して風向・風速を観測することができます。さらに、ドップラースペクトル幅というWPRの観測量は乱気流の指標となるため、航空機の運行高度まで観測できれば航空機の安全に役立つ情報を得られると期待されます。

次世代WPRプロトタイプ機の製作

本研究では、まず既存WPR2台を合体・改修して1台のWPR(通称LQ-13)を製作しました。図2はNICT本部に設置したLQ-13の写真です。合体・改修により送信電力、送受信アンテナサイズともに約2倍になり、より高高度までの観測が可能になりました。さらに観測上限高度を高くするためには送信電波のパルス幅を長くし、送信される電力を大きくすることが考えられますが、パルス幅を長くすると観測高度分解能が低下してしまいます。このジレンマを解消するために、本研究ではレンジイメージングという技術を導入しました。

図2 次世代 ウィンドプロファイラのプロトタイプ機(LQ-13)
図2 次世代 ウィンドプロファイラのプロトタイプ機(LQ-13)

レンジイメージング観測

通常のWPRは1つの周波数を用いますが、レンジイメージング観測では複数の周波数を切り替えて使います。今回開発したLQ-13ではパルス送信毎に5つの周波数の切り替えが可能です。各周波数の位相差をうまく利用して合成することで、送信パルス幅に対応した分解能よりも細かい高度方向の分解能を得ることができます。本研究では、ソフトウェア無線*2の技術を用いた新たな受信機を増設することでレンジイメージング観測を実現しました。図3に観測結果の一例を示します。一番左から順にLQ-4(従来型小型WPR)、LQ-13(レンジイメージングなし)、LQ-13(レンジイメージングあり)の観測データで、レンジイメージングありの観測データの一部を拡大したものを右側に示しています。LQ-4は高度分解能100mに相当する短いパルス幅を、LQ-13では高度分解能600mに相当する長いパルス幅を使用しています。例えば水平風速について見ると、LQ-4では観測できていない高度までLQ-13は観測できているなど、LQ-13の大型化及び長パルス使用による観測高度拡大の効果がはっきりと分かります(観測上限高度は気象条件に大きく左右されますが、航空機の巡航高度約10kmを超えて観測できる例も増えました)。さらにレンジイメージングありとなしでは高度方向の分解能に大きな違いがあることも見てとれます。右側の拡大図を見ると、レンジイメージングありのデータでは、分解能600mの長パルスを用いているにも関わらず厚み100m程度の薄い層を解像することができています。レンジイメージングでは乱気流の指標となるドップラースペクトル幅をより正確に観測できるため、乱気流検出の精度が上がると期待されます。

図3 観測結果の一例
図3 観測結果の一例(図をクリックすると大きな図を表示します。)
左列からLQ-4(小型WPR・レンジイメージングなし)、LQ-13(レンジイメージングなし)、LQ-13(レンジイメージングあり)の観測データ。上からSN比*3、スペクトル幅、水平風速の時間高度変化(6時間分の観測結果)。右の拡大図ではレンジイメージングによって100mスケールの大気の層が解像されているのが分かる。

2012年12月の集中観測では、GPSゾンデを67回放球しました。図4はLQ-13のレンジイメージング観測によって得られた風速とGPSゾンデ観測で得られた風速の比較結果の一例です。両者は非常によく一致しており、LQ-13の測風能力の正しさが検証されました。

図4 LQ-13のレンジイメージング観測とGPSゾンデ観測による風速比較結果の一例
図4 LQ-13のレンジイメージング観測とGPSゾンデ観測による風速比較結果の一例
左側は南北成分(北向き正)、右側は東西成分(東向き正)を示している。

現在LQ-13のレンジイメージング観測データは準リアルタイムで処理されており、今後さらに処理のリアルタイム化、安定化、高精度化を進めていきます。

今後の展開

気象庁では2013年度にWINDASを更新することが決まりました。この更新には本研究の成果も役立てられています。図3の右下拡大図に示されるような詳細なドップラースペクトル幅の観測結果は、数値モデルに取り込むことで精度の高い乱気流予測につながるものと期待されています。NICTでは今後も京都大学生存圏研究所及び気象庁気象研究所との共同研究を継続し、航空機の安全に役立つ乱気流予測など次世代WPRに求められる技術開発を行っていく予定です。

川村 誠治 川村 誠治(かわむら せいじ)
電磁波計測研究所 センシングシステム研究室 主任研究員

大学院博士課程修了後、日本学術振興会特別研究員(於通信総合研究所(現NICT))を経て2006年、NICT入所。大気物理、レーダシステムなどに関する研究に従事。博士(情報学)。
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