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仮想化ノード特集
―研究者の期待に応えるモノづくり― 試作開発室(後編)

先月号に引き続き、試作開発室を紹介します。

試作技術も人材を育て継承していく必要がある

試作開発室の建物は新しいですね。

中村 2008年12月から稼働しています。工作機械を設置している工作室区画は、材料の変化を抑えるために一定温度に管理されています。また、工作室や測定室の精密機器が設置されている基礎部には振動対策が施されています。

試作開発室のような施設は何年前からあったのですか。

小室 NICTの前の通信総合研究所、さらにその前の電波研究所の時代から、工作を行う部署がありました。

中村 文献に残っているもので、一番古いものは電波研究所沿革史に昭和21(1946)年の記録が残っています。昭和27(1952)年の電波研究所の発足当時からあったということでしょう。

昔から研究者にとって試作開発室のような施設が必要だったのですか。

中村 そうですね。最先端の研究は世の中にない物を研究しているわけですから、研究や実験に使う部品も世の中にない物になります。世の中にない物は自分たちで作らなければならないわけです。特に戦後間もない頃はほとんど何もない時代ですから、自分たちで工夫して作るしかなかったのでしょう。

小室 昔は木工室があって、木材加工の大工さんがいたり、現像室があって写真を撮影する人もいたりしたんですよ。

中村 人数も段々と少なくなっています。こうした技術はやはり人伝えなので、後の人に継承していかなければいけないのですが、なかなか難しい状況です。

技術を伝える教育プログラムのようなものはあるのでしょうか。

小室 我々試作開発室のスタッフは自分たちで技術を磨くしかないのですが、職員に対しては、毎年機械工作講習会を実施しています。今年は7月7日から9日にかけて実施しました(図1)。試作開発室にやって来て自分で加工していく研究者ももいます。NCフライス盤※1を操作できる研究者も増えていますよ。

少人数でNICTの研究を支えることは大変ですね。

小室 すべての要望を、試作開発室で受けているわけではありません。外部の業者に外注できるものはしていただいていますし、試作開発室からもメッキなどの表面処理は業者に依頼しています。

中村 製作する部品のジャンルも、光学系から真空系までどんどん広がっています。だから加工も「アルミニウムが削れればいい」というだけでなく、ステンレスの加工技術も必要だし、チタンを加工する場合もある。やることが広がっていく一方ですね。

小室 心情としては、自分の仕事のペースをある程度余裕を持って空けておきたいと思っています。そうすれば突然の依頼でもすぐに対応できるのですが、自分が目一杯の時に依頼があるとこちらも断らなければならないし、研究者も「どうしよう」と困ることになります。ですから、誰かが対応できるようにと考えています。

加工は1人ずつ別々に担当するのですか。

小室 その場合が多いですね。依頼ごとに、それぞれの得意分野などを考慮して振り分けています。

中村 特急で作らなければならないときには、3人で同時に1つの依頼品を作り込むこともあります。

職人気質のような気持ちがないと続きませんね。

小室 工夫次第でいろいろできるところが楽しいですね。自分で工夫して部品を作って、その工夫によってうまく行くときはやりがいを感じますよ。

一般公開したフーコーの振り子にも独自の工夫が

今年の施設一般公開日に「フーコーの振り子」※2が展示されましたが、どのような経緯で振り子を作ることになったのでしょうか。

小室 NICTが1997年から毎年協力してきている、高校生向けの「サイエンスキャンプ」というイベントで、2001年に、地球の自転や位置について解説することになりました。地球の自転が分かる一番シンプルな物ということで、学生たちにフーコーの振り子を見てもらえたら、というところから始まりました。

中村 最初は、サイエンスキャンプに間に合わせるために、2週間くらいの突貫工事で作りました。出来た物がとても良かったので、次の一般公開から展示することになったのです。

小室 フーコーが作った振り子は錘の部分が球形ですが、NICTが最初に作った錘は円筒形でした。しかし、円筒形では空気抵抗で振り子の揺れが長続きせず、2時間ごとに錘を振らないと止まってしまう状況だったので、2004年に全面的に設計変更をしたのです。

どのような工夫をしたのですか。

小室 振り子の長さを伸ばすか、錘やピアノ線の空気抵抗を減らせば、振り子が止まるまでの時間を長くすることができます。しかし、振り子は4階建ての建物の吹き抜け部分の天井付近(高さ17.5m)から吊り下げており、これ以上高くできません。できるだけ空気抵抗を減らしつつ重い形状はないかと試行錯誤していくうちに、錘を縦方向に延ばすのは振り子の周期にあまり関係が無く、横に広げる方が有効であることが分かって、最終的に円盤形の錘になったのです。実際に振り子が揺れる時間も2.5倍ぐらい伸びて、4時間に1回振ればきちんと揺れ続けるようになりました。5時間経っても60cm近くの振り幅があります。

錘の形状の他に、錘の重量も重要な検討課題でした。自分たちで設置するので重量はある程度決まってしまいますし、機械で加工できる大きさということで、直径も上限が決まります。あとは材料で、単位体積あたりの比重がなるべく大きな物を選ぶことにしました。そこで、砲金という青銅の一種を選択しました。

円盤形は加工しやすいのでしょうか。

小室 青銅自身は加工しやすい材料ですが、円盤形状は治具(部品加工などのための保持器具。英語のjigの当て字)を作らないと削れません。ピアノ線の取り付け部分を利用して冶具に固定するなど、いろいろと工夫しました。

天上に設置するピアノ線の固定部分も、ナイフエッジという刃と刃が組み合わさった機構を使っています。刃の先端が尖っていれば尖っているほど、傾く際の抵抗が少なくなるのです。このあたりの手法については、国立科学博物館の佐々木勝浩理工学研究部長(当時。現 同館名誉研究員)から伺った話を参考に、先端の形などを考えて設計しました。また、先端には長持ちするように、超硬合金を使っています。先端が丸くなってしまうと、振り子がまっすぐ振れなくなってしまいますので。

エッジ同士が直交するポイントもずれてはいけないので、その部分の加工精度も高くなければなりません。ですから、ワイヤー放電加工機を使って、5μm以内の精度にしています。

単純な仕組みに見えて、実は奥が深いのですね。フーコーの振り子を見た人が、天体や地球の動きに思いを馳せてくれるといいですね。本日はありがとうございました。

図4● 左から井上真哉、小室純一、中村賢司

用語解説

※1 NCフライス盤
フライス盤とは回転する工具を用いて平面や溝などの切削加工を行なう工作機械のことである。数値を入力してコンピュータにより制御できるフライス盤をNCフライス盤という。

※2 フーコーの振り子
赤道以外の場所で、十分に長い紐の先に錘をつけて揺らすと、振動面がゆっくりと回転するように動く。これは地球が自転していることによるコリオリの力の影響によるもので、1851年にフーコーが公開実験を行ったことから、フーコーの振り子と呼ばれている。

解説 フーコーの振り子で、なぜ地球の自転がわかるのか?

試作開発室でフーコーの振り子を作ることになったきっかけは、高校生に地球の自転や位置について解説するためだったという。フーコーの振り子で、なぜ、地球の自転がわかるのだろうか?

振り子は紐が長ければ長いほど、ゆっくりと振動する。NICTの施設一般公開で展示していたフーコーの振り子は、高さ17.5mから吊り下げているので、その周期は8.4秒である。このゆっくりした振動を繰り返していくと、その振動面は、必ず時計回りの向きに、1回振動するごとに一定の幅で、ずれていく。このずれを作り出しているのが、実は地球の自転なのである。

もし、振り子を宇宙空間から観察することができたら、常に一定の平面で振動する姿を目にするだろう。回転しているのは実はわれわれが住んでいる地球であって、見かけ上、振り子の振動している平面がずれているだけなのである。

まず、北極点(北緯90度)で振り子を振ることを想定する。宇宙空間から見た振り子は常に同じ振動面で振動しているが、地球が北極点を軸に反時計回りに回転(回転速度をωとする)しているので、北極点から見ると振り子の振動面が時計回りに回転速度ωで回転したように見える。回転周期は1日に1回転である。

次に、北極点以外の地球上の地点で振り子を振ることを想定する。緯度φの地点における水平面は、ω・sinφの回転速度で反時計回りに回転していることになる(図参照)。すなわち、北半球では、どの地点でも反時計回りに地球が回転していることになるが、その回転速度は、緯度が高いほど大きく、低いほど小さいということになる。このとき、宇宙空間から見た振り子は常に同じ振動面で振動しているが、地球とともに反時計回りに回転しながら振り子を見ると、振り子が時計回りにずれていってしまうように見える。(この、見かけ上働いている力を「コリオリの力」と言う。)これが、フーコーの振り子が北半球では時計回りにずれていく理由である。また、そのずれの大きさは、緯度が低ければ小さく、高ければ大きくなる。

南半球では、地球が時計回りに回転しているため、フーコーの振り子の振動面の移動する向きは半時計回りになる。

一方、赤道上では、振り子はその振動面を宇宙空間で一定に保ちながら振動を続けるが、地球はその振動面に直角の向きに回転しているだけで、振り子の振動面には影響を与えず、振り子の振動面は回転しない。

このように、フーコーの振り子は、原理がわかると、地球が回転しているのを目の当たりにできるスゴイものなのである。

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