情報が届かない社会を変える—デフリンピックでも実証実験、当事者とともに開発した双方向コミュニケーションツール「Pekoe(ペコ)」(2/4)

2.双方向コミュニケーションを成立させるための徹底した配慮—当事者目線にこだわった「Pekoe」

会議で使用されている聴覚障がいのある方向けコミュニケーションサービス「Pekoe」の画面

聴覚障がいのある方と開発された「Pekoe」ですが、こだわったところを教えてください。

 小久保:「Pekoe」は、コミュニケーションを円滑にする「双方向コミュニケーションツール」です。そのため、開発者2名に加え、木下さんを含む聴覚障がいのある方の意見をもとに開発を進めてきました。開発者は2週間ごとに寄せられる意見をタイムリーに反映し、改善後は実際に使用して率直なフィードバックを行い、それを迅速に次の改良へとつなげてきました。特にこだわったのが画面表示です。音による情報取得ができない分、表示される文字が唯一の情報源になります。

「Pekoe」には表示された発言にリアクションできる機能がありますが、他社の音声認識ツールやオンライン会議システムでは、リアクション時に発言表示が上下にずれてしまい、視点が動くことでストレスを感じやすいという課題がありました。「Pekoe」ではこの点を改善し、リアクションをしても発言表示がずれない仕様を実現しています。この工夫によって、リアクション機能を活用した積極的なやり取りが可能となり、ストレスのない双方向コミュニケーションを実現する点が「Pekoe」の大きな特長だと考えています。

木下:リアクション機能の中には「わからない」という項目も用意されています。このリアクションを選択すると、発言枠がピンク色に網掛けされ、どの発言に対して「わからない」と感じたのかが一目でわかる仕組みになっています。発言者に対して視覚的に伝えられる点も、「Pekoe」が双方向コミュニケーションツールとして持つ大きな特長の一つだと感じています。

小久保:この「わからない機能」も、当事者の方々の意見をもとに実装しました。会議中にわからない部分があっても、話を戻したり進行を止めたりするのは申し訳なく言い出しにくい、という声があったからです。この機能があれば、ボタン一つですぐに意思を伝えることができます。不明点や音声認識による誤認識があった場合でも、その場で確認・修正が可能になるため、「わからない機能」は非常に重要な機能の一つだと考えています。

木下:「Pekoe」には、発話が苦手な方に寄り添ったチャット機能もあり、文字起こし画面と同じタイムライン上に表示される点も特長です。他社の音声認識ツールやオンライン会議システムでは、チャット機能があっても別の場所に表示されるため、コメントしても気づかれないことがあります。その点、「Pekoe」ではチャット発言が確実に共有され、取りこぼしがありません。また、開発段階において、あえて音を消して会議を行い、Pekoeの文字起こしだけで進行するなど、困りごとを体感する工夫を重ねてきました。こうした取り組みがあったからこそ、利用者の意見を丁寧に反映した開発につながったのだと思います。

小久保:利用する人の立場に立って開発を進めることが、非常に重要だと考えています。そうでなければ本当に良いものは生まれませんし、双方向のコミュニケーションを実現するためには、こうした細部へのこだわりが欠かせないと感じています。

開発・実装などに際に、苦労したことや難しかったことを教えてください。

 小久保:話のリズムを崩さないために、リアルタイム表示を重視しました。音声認識が確定される前の文字起こしの状況を「認識中」として表示することで、少しでも早く情報を届けられるように工夫しました。相手が発言をしているのに、音声認識ツールでそれがすぐに文字化されないと、今何が話されているのか、わかりにくくなってしまうからです。技術的には、速度を保つために、音声データを細かく分割してサーバーに送信する工夫を行いました。また、UI*1の処理が遅くなった場合でも音声データが確実に届くよう、マルチスレッド化*2も行っています。JavaScriptでマルチスレッドを実装するのは非常に難しく、開発者からも相当苦労したと聞いています。

*1:User Interface(ユーザーインターフェース)の略称。ユーザーが製品やサービスと接するすべての接点や操作画面、操作方法を指し、ウェブサイトのデザイン、アプリのボタン配置、キーボードやマウスなどの入力装置なども含まれる
*2:一つのプログラム(プロセス)内で複数の処理の流れ(スレッド)を並行して実行する技術

 

声を即時に文字変換し、必要な情報をリアルタイムで届ける

木下:本来、音声認識の精度を高めるには、ある程度まとまった長さの文章にして文脈を把握させる方が効果的です。しかし、文章が長くなると発言枠への表示が遅くなり、修正が必要な場合にも正しい発言の記憶が薄れてしまいます。そこで、発話内容を細かく区切って発言枠に表示し、必要に応じて素早く修正できる仕組みにしました。現在は、使用用途に応じて選択できる「確定速度優先モード」と「精度優先モード」を用意しており、場面に合わせた柔軟な運用を可能にしています。

小久保:音声認識ツールには、まだ100%完璧なものはなく、誤変換や誤認識が表示されることもあります。「Pekoe」では、発言者に限らず、気づいた人であれば誰でも発言枠を修正できる仕様にしています。この「誰でも修正できる」仕組みを実現する点は、技術的にも非常に大変だったと聞いています。他社の音声認識ツールでは、修正専用ツールが必要だったり、専門知識がなければうまく修正できなかったり、アカウントを持つ人しか修正できない場合もあります

その点、「Pekoe」は誰でも修正に参加できるコンセプトにしたため、気軽に直すことができます。複数人が同時に修正しても不具合が起きない仕組みを構築した点も、開発における大きな工夫の一つだと聞いています。こうした技術的な工夫に加え、Pekoeでは運用面のサポートにも力を入れています。導入をするときには、利用する方が安心して使えるよう操作説明会も実施しています。さらに、聴覚障がいについて正しく理解し、適切な対応方法を学んでいただく「セミナー」も実施しています。このセミナーでは、聞こえないことで生じる問題や困りごとを自分ごととして捉えられるようになり、結果的にチーム内で支え合う意識が醸成されることを目的としています。コミュニケーションの質を高め、心理的安全性のある職場づくりにもつながるため、Pekoeはツールとしてのハード面だけでなく、ソフト面からもサポートに取り組んでいます。

リコーが提供する聴覚障がいの理解と、適切な対応方法を学ぶことができるセミナー
誤変換があったら気づいた人がその場ですぐに修正できるので、誤認識を防止し、会話の内容も正しく把握できる