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ひかりを自由にあやつる 高速高精度光変調技術で拓く大容量通信と宇宙をみる極限技術 川西 哲也
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ひかりを自由にあやつる 高速高精度光変調技術で拓く大容量通信と宇宙をみる極限技術 新世代ネットワーク研究センター 先端ICTデバイスグループ 研究マネージャー 川西 哲也


もっとたくさんのデータを「ひかり」で送りたい

今や「ひかり」といえば新幹線というよりも先にインターネットが思い浮かぶのではないでしょうか。誰もが携帯電話やインターネットを使ったときにどこかで「ひかり」を使った通信、すなわち、光通信のお世話になっているはずです。光ファイバを使えば、遠くまで光にのせた情報を伝えることができます。光通信では、普段、目で見る光とは違い、光ファイバ内を透過する能力の高い赤外光の一種が使われます。人間同士が会話するときに音の高さや強さ、長さを変化させて情報を伝えるように、光通信では光を変化させます。このことを光変調と呼びます。最も簡単な光変調として光が「ある」、「ない」の2通りでデジタル信号を送るオンオフキーイング(OOK)と呼ばれる方法がこれまで使われてきました。最近では、メールを消さずにどんどんため込む、ハードディスクレコーダにどんどん録画する、デジタルオーディオプレイヤーにどんどん音楽をため込む、デジタルカメラでどんどん撮影するといった、とにかくデータを保存しておいて必要なときに選んで取り出すというライフスタイルが広がりつつあり、大量のデータをスムーズにやりとりする技術が求められています。このような大容量通信へのニーズに応えるためにNICTでは高速光通信を支える光変調技術の研究開発を進めており、光変調の高速性の追求に加えて正確に光をあやつる技術で世界トップクラスの成果を上げています。この技術は様々な分野での利用が期待でき、極限性能を追求する電波天文などへの応用を目指した研究を行っています。ここでは大容量通信を実現するための最新の高速高精度光変調技術と巨大な電波望遠鏡を支える基準信号発生技術を紹介します。

光変調…「ひかり」をあやつる

光は光波とも呼ばれ、電波と同じ電磁波の一種です。電磁波を特徴付けるのは、大きさ(振幅)、振動の速さ(周波数)、波動のタイミング(位相)の3つの要素です。これらを変化させることで、情報を伝えます。先にご紹介したOOKは、振幅が“1”か“0”の2通りの光波の状態(シンボルまたは符号と呼ぶ)を使うもので、1回の光変調でデジタル信号1つ(1ビット)伝えることができます。より多くの情報を送るためには、@光変調をより速くする、A1回の光変調でより多くのビットを送るという2つのアプローチがあります。@は高速に、Aは高精度に光を変調する技術に相当します。長年にわたり@の高速化が研究のトレンドでしたが、NICTでは世界に先駆けて@とAの両立に取り組んできました。ここで、Aの高精度変調について説明します。位相、振幅をそれぞれ、2通りずつ、組み合わせを考えると全部で4つの符号を使えば1回の変調で2ビット送ることができます。nビット送るためには2n個の符号が必要です。符号を増やすには正確な光変調が重要になります。日本語の発音に例えてみましょう。五十音に加えて、同じ「あいうえお・・」でも振幅の小さいものを別の音とすると決めたとします。そうすると、短い言葉でたくさんの情報を伝えることはできるかもしれませんが、音の大きさを正確に言い分ける、聞き分ける能力が必要になります。光変調でも同じことがいえます。光の状態をより正確に制御できないと、どのような情報が送られているか区別できなくなります。波動の一種である光波は図1(左)に示すようなサイン、コサインで表されます(両者の位相は90度ずれています)。周波数を一定とすると、すべての光波はサインとコサインの2成分に分けることができます。コサイン成分を横軸に、サイン成分を縦軸にとると光波の状態、つまり、光変調の形式は2次元平面上の点で表すことができます。一度にたくさんの情報を送るときには多数の符号が必要になります。符号を2次元平面上に表した図のことをコンステレーション(星座図)と呼びます。複雑なコンステレーションをもつ信号を高速で発生させることが大容量伝送実現の鍵です。図1(右)は16個の符号を使って一度に4ビットの信号を送る16値直交振幅変調(16QAM)と従来のOOKのコンステレーションです。16QAMではOOKと比べると符号間の距離が小さく、高精度光変調が重要であることがわかります。

図1●(左)光の波形:サインとコサイン。(右)OOKと16QAMのコンステレーション

NICTは一度に2ビット送ることができる4値位相変調(QPSK)と変調速度の高さを両立する技術を世界で初めて2004年に発表し、それ以降、1つの光で100Gbpsの通信を実現することは実験室レベルでは特別なことではなくなりました。2007年には、多数の光を同時に使うことで1本の光ファイバで25.6Tbps(1秒にDVD250枚分以上のデータを送る能力)の大容量通信が達成されました(ベル研究所と共同)。さらに世界初の50Gbps16QAMを可能とする集積光変調デバイスを実現しました。無線分野では様々な複雑な変調方式は従来から利用されていましたが、光では周波数が携帯電話の無線信号のそれと比べると10万倍高く、複雑な変調方式は困難であるというのが常識でした。ここで紹介した高速高精度光変調技術や、高速信号処理技術などにより課題が克服されつつあります。

極限技術への応用…宇宙をみるための基準信号

ALMA(アタカマ大型ミリ波サブミリ波干渉計)はチリの高山地域で国際プロジェクトとして開発が進められている世界最高の感度と分解能を備えた電波望遠鏡です(図2)。最長18.5km離れた66台以上のパラボラアンテナで構成されます。これらのアンテナを連動させるためには基準となる光信号が必要となります。NICTは国立天文台と共同でALMAにおける信号計測の基準となる光信号源の研究開発を行っています。光変調の精度を表す重要な指標として消光比(光をオフしたときに消え残る光の大きさを表す)がありますが、従来技術と比べて1万倍を達成しました(図3)。ALMAで必要となる高い安定度、広い周波数範囲での信号発生などの条件を満たす信号源を高い消光比の光変調技術で実現しました。
 高い消光比の変調はALMA向けの信号源だけではなく、より高度な変調方式実現に重要であることが明らかになってきています。基礎研究から応用研究までを一貫して確実に進めていくことの重要性を示す成果であるといえるでしょう。
 大容量通信のために光ファイバの中でコンステレーションを描きながら、本当の宇宙をみるための技術にもつながるなんて、夢があると思いませんか?

図2●ALMA完成予想図(国立天文台提供)

図3●高消光比変調による光のオンオフ


謝辞

高速高精度光変調技術に関する研究は国内外の研究者との連携、協力により進めて参りました。東京大学、大阪大学、兵庫県立大学、早稲田大学、慶應義塾大学、同志社大学、国立天文台、産業技術総合研究所、KDDI研究所、住友大阪セメント新規技術研究所、ベル研究所などの大学、研究機関の皆様に感謝いたします。


Profile

川西 哲也 川西 哲也(かわにし てつや)
新世代ネットワーク研究センター
先端ICTデバイスグループ 研究マネージャー
大学院博士課程修了後、京都大学ベンチャービジネスラボラトリー特別研究員を経て、1998年通信総合研究所(現NICT)に入所。光変調デバイス、ミリ波・マイクロ波フォトニクス、高速光伝送技術などの研究に従事。2004年カリフォルニア大学サンディエゴ校客員研究員。博士(工学)。

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