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電子機器から放射される電磁波を可視化する 光学結晶を用いた電磁波測定技術の研究開発 

電磁波の干渉によるトラブルが増加

近年、ギガヘルツ帯の微弱な電波や微小な振幅の電気信号を利用した電子機器が広く使われるようになり、電子機器間での電磁干渉による通信障害や機器内部での干渉によるトラブルが増加しています。このようなトラブルを解決するためには、電子機器の内部や周囲の電磁波の分布を正確に測定し、原因究明を行うと同時に、対策の効果を測定して確認する必要があります。

光を使った電界と磁界の計測

電子機器の近くの電界や磁界を測定する場合、一般には金属の同軸ケーブルの先に直線状またはループ状の小さなアンテナをつけたプローブが使われます。周波数が高くなると図1のようにプローブと金属ケーブルによって本来の電磁界分布が変化してしまい、正確な測定が困難になります。
 一方、図2のように周囲の電界や磁界の強さによって屈折率などの光に対する特性が変化する電気光学結晶または磁気光学結晶を測定対象の近くに置き、この結晶にレーザー光を当て、戻ってくる光の偏波面の回転量*1を調べることにより、電磁界分布をほとんど乱すことなく測定ができることが知られています。
 しかしながら、この光学結晶と光ビーム(直径が0.1mm以下の細い光)を使った測定法は、通常の測定に比べて、電気から光へ信号を変換する過程が増えるため、損失が大きくなり、感度が低くなるという欠点があります。また、磁界に反応する磁気光学結晶に関しては、高い周波数での特性が悪いことなどが問題となっています。
 仙台リサーチセンターでは、この電気光学結晶と磁気光学結晶を使った電磁界分布測定システムの感度の向上と、60GHzまでの高周波化を目指して研究開発を行ってきました。

  • *1 光の偏波面の回転量:光は電磁波の一種で、進行方向と直交する方向に電界が振動していますが、その電界の方向が光学結晶を通過する前後で変化する量。

高い感度を実現する
ループコイル型光電磁界プローブ

測定感度の向上のために、電気光学結晶を用いたプローブの開発では、電界による光の屈折率の変化(電気光学効果)の高いDAST(4-N,N-dimethylamino-4’-N’-methyl-stilbazolium tosylate)と呼ばれる有機結晶と小さなループコイルを組合わせました。この結晶とコイルを流れる電流が特定の周波数で共振する特性を利用することで、極めて高い感度での電磁波の測定が可能になりました。さらに0.3mm角の微小なループコイルとDAST結晶からなるプローブで60GHzという高周波電磁界の測定ができるようになりました。
 このループコイル型光電磁界プローブと光ファイバを一体化したものを、機械的に一定空間内を走査する装置に取り付け、電子機器近傍の電磁界分布の測定ができるシステムを完成させたのが図3の光ファイバー体型プローブです。

光ビームの走査による測定

図4の測定システムは、平板状の電気光学結晶または磁気光学結晶を測定対象に近づけて、直径が0.1mm以下の細い光のビームを走査することにより、一定の範囲内の電界分布や磁界分布を高速に測定し、可視化できる装置です。磁気光学結晶については材料の組成から検討を行い、強磁性共鳴現象を利用することで30GHzを超える周波数までの測定ができる磁性ガーネット単結晶膜*2を開発しました。
 さらに、この電気光学結晶や磁気光学結晶を0.2mm角程度の微小なアレイ構造にすることにより、高い周波数においてもプローブによる影響を小さくし、正確な測定ができることがわかりました。このプロジェクトで試作した測定システムでは、50mm角の領域の電界や磁界分布を、1点当たり2ミリ秒という速さで測定し、可視化できます。
 図5の左側は10GHzの電磁波を放射する約4mm角のパッチアンテナの上の電界強度を測定した例ですが、従来の金属のプローブでは電磁的な結合が大きく正確に測定することが困難になっています。また、図5の右側はPCのマザーボードのクロック信号線上の電界分布を測定したものです。従来の同軸型プローブでは電界の方向が判別できていませんが、光電界プローブでは明確に分離されていることが分かります。

  • *2 磁性ガーネット単結晶膜:高い周波数でも磁性を示す透明で薄い膜状の結晶。このプロジェクトではYIG(Yttrium Iron Garnet、イットリウム鉄ガーネット)の一部をBi(ビスマス)やGd(ガドリニウム)で置き換えた材料を開発しました。

今後の展望

電子機器の小型化、高密度化に加えて、微弱な電磁波を使った無線通信機器は増加の一途をたどるものと考えられ、電磁波の干渉を避けるための設計技術、解析技術がますます重要になります。
 このプロジェクトで開発した、光を使った電磁界分布の可視化装置を、より小型で扱い易いものにすることで、機器から漏洩する電磁波の解析が効率よく行えるようになり、電子機器の高性能化や情報の漏洩防止に役立つものと期待されています。

太田 博康
太田 博康(おおた ひろやす)
連携研究部門産学連携グループ 仙台リサーチセンター
主席専門研究員*
大学院修士課程修了後、1977年にソニー(株)に入社。1996年 (株)環境電磁技術研 究所に出向。2005年大井電気株式会社よりNICT仙台リサーチセンターに出向。 光学結晶を用いた高周波電磁界測定技術の研究に従事。
*所属は、執筆時。仙台リサーチセンターは、2010年3月末で閉所。現在の所属は、大井電気 (株) 仙台研究開発センター 研究部。

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