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高度センサー情報集約・解析プラットフォーム - 新世代ICTサービスを実現するための要素技術 - ユニバーサルコミュニケーション研究所 情報利活用基盤研究室 室長 是津 耕司/ネットワーク研究本部 ネットワークシステム総合研究室 研究マネージャー 寺西 裕一/ネットワーク研究本部 ネットワークシステム総合研究室 主任研究員 中内 清秀

はじめに

NICTでは、インターネットの改良だけでは解決が困難な膨大なトラフィック、端末の多様化、大規模化などに対応するため、白紙から設計し直した新たなネットワークを構築していく新世代ネットワーク戦略プロジェクトを推進しています。新世代ネットワークでは、従来インターネットで扱われている情報に加えて、日常生活環境で発生する膨大なセンサーデータを活用し、実世界で起きている事象をリアルタイムに把握する新世代のICTサービスの実現を目指しています。今回紹介する高度センサー情報集約・解析プラットフォームは、3つの要素技術「動的ネットワーク制御ミドルウェア技術」、「広域センサーネットワーク構成技術」、「モバイルネットワーク仮想化技術」から構成されています(図1)。

図1●高度センサー情報集約・解析プラットフォーム全体図
図1●高度センサー情報集約・解析プラットフォーム全体図(図をクリックすると大きな図を表示します。)

動的ネットワーク制御ミドルウェア技術

高度センサー情報集約・解析プラットフォームでは、自然現象や社会現象に関する様々なセンサーデータを収集し解析する仮想センサーを作ることができます。この仮想センサーは、センサーデータを提供したり、加工したり、収集して保存したりする様々な情報サービスを組み合わせて作られます。我々は、こうした情報サービスが連携して動くアプリケーションを効率よく実行させるために、サービス連携に連動して動的にネットワーク資源を制御するService-Controlled Networking(SCN)ミドルウェア*1の研究開発を行っています。SCNミドルウェアは、OpenFlowや仮想化ノード基盤に代表されるようなプログラム可能ネットワーク基盤と、サービスコンピューティングやクラウドなどの情報サービス基盤の中間に位置するミドルウェアとして実現されます(図2)。プログラム可能なネットワークは、ソフトウェアからネットワークを操作するためのAPIやコマンドを提供していますが、SCNミドルウェアはこの機能を活用して、ネットワークの構成をアプリケーションの実行に適した形に自動的に調整します。

図2●SCNミドルウェアによる動的ネットワーク制御
図2●SCNミドルウェアによる動的ネットワーク制御(図をクリックすると大きな図を表示します。)

SCNミドルウェアは、以下のコンポーネントにより構成されています。

  • ①アプリケーション要求を宣言的に記述するための宣言的サービスネットワーク記述言語(Declarative Service Networking: DSN)
  • ②プログラム可能なネットワークを制御するためのコマンドを実行するためのネットワーク制御プロトコルスタック(Network Control Protocol Stack: NCPS)
  • ③DSN記述を解釈しNCPSのコマンド列に変換する機構

アプリケーションがDSNを使って「このサービスとこのサービスの間でこんなデータをやり取りしたい」という簡単な要求を与えると、それらのサービスが動いているノードを探したりデータをやり取りするパスを設定したりするNCPSのコマンドを生成し、アプリケーションの要求を満たす最適なネットワークを自動的に作成します。SCNでは、アプリケーションは、いつ、どのサービス間で、どの様なデータをやり取りするかについてのルールを宣言するのみで、それらを実際に実行する手続きについてミドルウェア側に任されています。その利点は、実際にデータ伝送を行うネットワークをプロトコルの違いによらず透過的に制御できることや、連携ルールを追加・変更するだけでアプリケーションの挙動を実行途中でも変更できることです。アプリケーションからSCNに指定する主な内容は、サービス発見、サービス間のデータ交換、状態監視に関するルールです。SCNは、DSNで記述されたこれらのルールを解釈し、NCPSを使って各ネットワークプロトコルごとにルールの実行に必要なコマンド列を生成します。また、複数のDSNからの変換を集約してコマンドを最適化したり競合を解消したりするための調停処理も行います。

SCNミドルウェアの効果は、災害時など既存システムで想定していない事態が発生した際、ネットワークの高い処理性能と拡張性を生かしながら、膨大な情報を組み合わせて集約・分析したり、情報サービスの代替サービスを発見し提供したりするなど、既存の情報サービスを様々に組み合わせて刻々と変化する状況に対応させたい場合に発揮されます。SCNミドルウェア技術を利用する事で、突発的なアプリケーションからの要求に対しても、ネットワークを動的かつ継続的に再構築することができるようになります。これにより、アプリケーション開発者にとってはネットワークの性能をより効果的に利用できるようになり、またネットワーク管理者にとっては毎回アプリケーション開発者の要求に対してネットワークの再設定をする必要がなく管理負荷を軽減することが可能になると期待されます。

広域センサーネットワーク構成技術

有無線のネットワーク技術やデバイス技術の発展により、従来は特別な装置が必要となっていた小さなセンサー、家電、モノなどを常時ネットワーク接続することが可能となりつつあります。実世界で起きている事象をリアルタイムかつ詳細に把握可能とするには、こうした日常生活環境に設置された膨大な数の無線センサーから発生されるセンサーデータを活用可能とする必要があります。我々は、広い範囲に配置された膨大な数の無線センサーの中から必要なもの同士を効率よくつなぐ「広域センサーネットワーク」技術の研究開発を行っています。

これまで我々は、集中サーバが不要な分散型アーキテクチャのもと、広域センサーネットワークを柔軟に構成可能とする技術のプロトタイプシステムとして、仮想統合センサーネットワークプラットフォーム(Virtual Federated Sensor Network (VFSN) Platform)を開発してきました(図3)。このシステムは「ネットワーク仮想化基盤」上で動作するよう設計されています。各無線センサーネットワークは、ネットワーク仮想化基盤を構成する「仮想基地局」の配下に接続されます。仮想基地局上には、各無線センターネットワーク間を分散型アーキテクチャで相互接続する「オーバレイネットワーク」を構成するためのモジュールが組み込まれています。このモジュールは、オーバレイエージェントプラットフォームソフトウェアPIAX*2を用いて実装されており、地理的に分散して存在する膨大な数の無線センサーネットワークから、必要なセンサーデータを効率良く集約、探索するための機能を持っています。また、低コストでの観測領域の拡大や災害時等の横断的な広域センサーネットワークを実現するため、別々の広域センサーネットワークを統合し、センサーを相互に融通する動作が実現されています。NICTが提供する新世代ネットワークテストベッドJGN-Xでは、PIAXを用いた様々な検証を容易に行える「PIAXテストベッド」*3の運用が行われており、本システムも動作しています。

図3●仮想統合センサーネットワークプラットフォーム
図3●仮想統合センサーネットワークプラットフォーム(図をクリックすると大きな図を表示します。)

モバイルネットワーク仮想化技術

高度センサー情報集約・解析プラットフォームでは、小さなサイズのデータを膨大かつリアルタイムに収集するサービスと、大きなサイズのデータをベストエフォートでやり取りするサービスが混在し、またそれぞれが異なる緊急性や重要性、接続性を持っています。我々は、モバイルネットワークを対象に、異なる品質を要求するサービスにそれぞれモバイルネットワーク資源を最適に割り当て、優先すべき重要なサービスを継続して提供できるモバイルネットワークの実現を目指しています。

その鍵となるのは「ネットワーク仮想化技術」で、多様なサービスや通信方式など異なる要求を持つネットワークを共通の基盤上に効率良く収容できるようにする技術として世界的に注目されています*4。ネットワーク仮想化の基本的な考え方は、プログラマビリティ(独自の通信プロトコルやパケット処理機能の柔軟な導入)とリソース分離(共存する仮想ネットワーク間での相互干渉の排除)です。これらを実現することで、異なる品質の仮想ネットワークを構築することができます。我々はこの概念をさらに発展させ、有線ネットワークと多様な無線ネットワークが接続されたモバイルネットワークにおいてもネットワーク仮想化を可能にする「モバイルネットワーク仮想化技術」*5の研究開発に取り組んでいます(図4)。我々が提案する有無線統合リソース制御方式は、無線区間において、アップリンクとダウンリンクの両方向のトラフィックを考慮し仮想基地局単位で動的な媒体アクセス制御(MAC)パラメータの調整を行うことが特徴で、各仮想ネットワークに対して任意の比率でネットワーク資源(エアタイム: 無線メディアアクセス時間)を割り当てることが可能になります。

図4●モバイルネットワーク仮想化の概要
図4●モバイルネットワーク仮想化の概要(図をクリックすると大きな図を表示します。)

おわりに

本稿で紹介した高度センサー情報集約・解析プラットフォームにより、世界中に置かれている膨大なセンサー情報を活用し、実世界で起きている事象を認識可能なプラットフォームを構築することで、今までのインターネットにはなかった新世代のICTサービスが実現されます。今後も、それぞれの要素技術、および、他の要素技術を含めたさらなる連携の検討を進め、新世代ネットワークの基盤技術の確立をはかるべく研究開発を進めていく予定です。

*1Tetsuo Toyomura, Takashi Kimata, Kyoung-Sook Kim, and Koji Zettsu: Towards Information Service-Controlled Networking, Proceedings of the 5th International Universal Communication Symposium (IUCS2011), pp.155-163, Oct. 2011

*2http://piax.org/ 参照

*3http://piax.jgn-x.jp/ 参照

*4A. Nakao, “Network Virtualization as Foundation for Enabling New Network Architectures and Applications,” IEICE Trans. Communications, Vol. E93-B, No. 3, pp. 454-457, 2010.

*5K. Nakauchi, Y. Shoji, N. Nishinaga, “Airtime-based Resource Control in Wireless LANs for Wireless Network Virtualization,” Proc. ICUFN 2012, July 2012.

是津 耕司 是津 耕司(ぜっつ こうじ)
ユニバーサルコミュニケーション研究所 情報利活用基盤研究室 室長

1992年大学卒業。2005年大学院博士課程修了。1992年日本IBM、2003年独立行政法人通信総合研究所(現NICT)入所。京都大学連携准教授。ドイツキール大学コンピュータ科学研究所招聘研究員(2009年)。新世代ネットワーク推進フォーラム研究開発WG「価値を創造するネットワーク」SWG主査(2009-2010年)。博士(情報学)。
寺西 裕一 寺西 裕一(てらにし ゆういち)
ネットワーク研究本部 ネットワークシステム総合研究室 研究マネージャー
大阪大学 サイバーメディアセンター 招へい准教授

1993年大学卒業。1995年大学院博士前期課程修了。同年日本電信電話株式会社入社。2005年大阪大学サイバーメディアセンター講師、2007年同大学院情報科学研究科准教授、2011年よりNICTに勤務。分散システム、ネットワークサービス基盤技術の研究開発に従事。博士(工学)。
中内 清秀 中内 清秀(なかうち きよひで)
ネットワーク研究本部 ネットワークシステム総合研究室 主任研究員

2003年、独立行政法人通信総合研究所(現NICT)入所。現在、新世代ネットワークアーキテクチャ、ネットワーク仮想化技術、モバイルサービス基盤技術の研究開発に従事。博士(工学)。
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