蛍光顕微鏡の観察精度を高める技術で生きた細胞の内部構造がより鮮明に
〜光学ゆがみを自動で直す新計算手法「øCAO」〜
2026年3月16日
ポイント
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蛍光顕微鏡の観察精度を高める技術を開発し、生きた細胞の内部構造や細胞組織の深部をより鮮明に観察可能に
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蛍光顕微鏡で撮影した画像の光学的なゆがみを計算だけで自動補正、高価な装置改造なしで高性能化でき、超解像顕微鏡にも適用可能
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生命科学の観察精度を一段と高め、病気の理解や創薬研究の効率化に期待
国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT、理事長: 徳田 英幸)未来ICT研究所バイオICT研究室の松田厚志研究マネージャーらによる研究グループは、京都大学及び宇都宮大学と共に、バイオ研究の基盤技術である蛍光顕微鏡による観察精度を高める技術を開発しました。
生きた細胞の内部は光の通り方が場所ごとに違い、顕微鏡画像がにじんだり暗くなったり光学的にゆがんで、本来の姿が見えにくくなることが課題でした。研究グループは、天文学で用いられる補償光学と同様な補正を行うことができる計算方法を発見し、撮影後の画像をコンピュータ処理で自動で鮮明化する新手法「øCAO(ファイカオ)」を開発しました。高価な装置改造や学習用データは不要で、既存の蛍光顕微鏡でも利用でき、生きた細胞の内部構造や細胞組織の深部をより鮮明に観察できるようになります。さらに、超解像顕微鏡にも適用でき、生命科学の観察精度を一段と高め、病気の理解や創薬研究の効率化などが期待されます。
本成果は、2026年3月9日(月)に、英国科学雑誌「Communications Engineering」に掲載されました。
背景

図1 蛍光ビーズの蛍光顕微鏡画像の比較(通常とøCAOで補正)
本来は点光源だが、植物組織を通過したことによって乱れてしまった蛍光ビーズ画像(左)を、開発したøCAOにより光のゆがみを取り除き、本来の点光源に復元させた(右)。
本来は点光源だが、植物組織を通過したことによって乱れてしまった蛍光ビーズ画像(左)を、開発したøCAOにより光のゆがみを取り除き、本来の点光源に復元させた(右)。
NICTバイオICT研究室では、生物が本来備える情報伝達の仕組みを正確に読み解くセンシング技術を開発し、通信技術の“生物体への拡張”を目指した研究を推進しています。
センシング技術の中でも、蛍光顕微鏡のような可視化技術は情報量が多く、広く使用されており、特に重要です。生物の機能は光の波長の10分の1程度の小さな分子複合体などが担っているため、非常に小さな世界を可視化する必要がありますが、細胞の中は場所によって光の通り方が少しずつ違うため、画像がにじんだり、光の量が低下したりして、本来の姿が見えにくくなることがありました。
このような光の乱れを直す技術として、天体望遠鏡や宇宙通信などで使用されている補償光学という技術があります。地表では気流が揺らいでいるため、宇宙の星の像はぼやけてしまいますが、補償光学により空気の揺らぎ効果を取り除くと、地上にある望遠鏡でもまるで宇宙にいるかのように天体を観察できます。補償光学の方法は顕微鏡にも導入されてきましたが、特殊な装置や複雑な調整が必要で、誰もが簡単に使えるわけではありませんでした。
今回の成果
研究グループは、補償光学と同様な補正を行うことができる計算法を発見し、撮影後の画像をコンピュータ上で処理するだけで光学的なにじみやゆがみを自動で取り除き、鮮明さを取り戻す新手法「øCAO(ファイカオ; phi Computational Adaptive Optics)」を開発しました。特別なハードウェアの追加などの高価な装置改造なしで使え、厚みのある試料でも細かな構造を見やすくできます。その結果、蛍光顕微鏡では従来は見えにくかった生きた細胞の内部構造や細胞組織の深部をより鮮明に観察できました(図1参照)。
また、近年開発された超解像顕微鏡法では、光の回折限界(光の波長のおよそ半分)より更に小さい構造も観察することができますが、非常に精密な光学系を必要としているため、分解能が大きく低下したり、本来は存在しない模様が出たりするなど、正しい微細構造を観察することが困難でした。研究グループは、øCAOを超解像顕微鏡法の一種である3D構造化照明顕微鏡法(3D-SIM)という方法にも応用し、光の揺らぎで低下してしまった分解能を回復させて、鮮明な画像を得ることを可能にしました(図2参照)。

図2 細胞骨格の繊維の超解像顕微鏡画像の比較(通常とøCAOで補正)
光の乱れにより分解能が低下し、影のような模様が生じている超解像顕微鏡画像(左)を、
開発したøCAOにより光のゆがみを取り除いたことで細胞内の繊維構造が鮮明になった(右)。
光の乱れにより分解能が低下し、影のような模様が生じている超解像顕微鏡画像(左)を、
開発したøCAOにより光のゆがみを取り除いたことで細胞内の繊維構造が鮮明になった(右)。
以上の研究開発により、細胞内部の微細構造をより鮮明に観察でき、病気の原因となる細胞内の異常を正確に把握できるため、病気の原因解明や創薬研究の加速、再生医療・バイオ産業の高度化に寄与します。また既存の蛍光顕微鏡の性能を最大限に発揮できるようになるため、研究コストの低減と高度な研究技術の普及にもつながります。
今後の展望
今後は、øCAOを、異なる超解像顕微鏡や更に深部を観察できる2光子顕微鏡などにも応用して、利用範囲を拡大させていく予定です。これにより、生物に関わる基礎・応用研究を推進するとともに、生物体の情報を読み出すセンシング技術の精度を更に向上させていきます。
øCAO デモ用実行プログラム
øCAOのデモ用の実行プログラムは、以下のURLで公開されています。
各機関の役割分担
- NICT: øCAOや理論の開発、生物試料画像の取得、øCAOを用いた補正
- 京都大学: 線虫試料の作成、画像取得
- 宇都宮大学: 植物組織を用いたテスト試料の作成
論文情報
著者: Atsushi Matsuda, Carlos Mario Rodriguez-Reza, Yosuke Tamada, Yamato Matsuo, Takaharu G. Yamamoto, Takako Koujin, Peter M. Carlton
論文名: Phase-Based Computational Adaptive Optics Enables Artifact-Free Super-Resolution Microscopy
掲載誌: Communications Engineering
DOI: 10.1038/s44172-026-00622-7
関連する過去のプレスリリース
- 2018年5月22日 超解像顕微鏡のための高精度色収差補正ソフトウェアを開発・無償公開
https://www.nict.go.jp/press/2018/05/22-1.html
なお、本研究の一部は、戦略的創造研究推進事業(CREST)JPMJCR2103、JPMJCR22E2、文部科学省科学研究費補助金21H04663、22K04961、新学術領域研究「散乱透視学」JP20H05891の助成を受けて行われました。
補足資料
今回開発した計算による補償光学øCAOの原理と利点
今回、研究グループは、天文学と生物学の画像は似ているものの、天文学では2次元画像を扱うのに対して、生物学では3次元(3D)画像を日常的に取得しているという点に注目しました。3Dの情報をうまく利用すれば、取得済みの3D画像から光の乱れ(光学収差)の種類と量を計算により求めることが可能と考えました。
研究グループは、光学収差の有無により3D画像の空間周波数に起こる変化を解析しました。空間周波数では、画像は複数の波に分解され、様々な周波数の波の振幅と位相(ø)で表現されます。研究グループは、3Dの空間周波数では、光学収差の情報のほとんどが、位相成分によってエンコードされていることに気づきました。
この発見をもとに、可変形鏡などで光の位相を変調した時の現象を、画像の位相を変調することによりコンピュータ上で再現できました。
補償光学の一種に、波面センサーを使用せず、可変形鏡のみを用いるセンサーレス補償光学があります。可変形鏡により既知の光の乱れを導入して観察し、その結果、光の乱れが打ち消されるかどうかを繰り返し評価し、徐々に波面の乱れを補正する方法です。今回開発した方法は、センサーレス補償光学を計算だけで再現したことになります。
今回開発した方法は、追加光学が一切なし、学習データも不要で、取得後に適用可能です。ノイズ条件下でも安定に機能します。また、視野内の異なる領域で異なる収差を補正することは、光を用いた補償光学では非常に困難ですが、この方法では簡単に実現できます(図3参照)。

図3 線虫の体内の染色体の超解像顕微鏡画像の比較(通常とøCAOで補正)
左の画像は通常の顕微鏡による全体画像、右の画像群は拡大した超解像顕微鏡の光学切片像。線虫の体内の異なる染色体では異なる光の乱れが生じている。左の画像に示した異なる染色体の領域の光の乱れを別々に計算し、各領域の近傍の染色体を含めて超解像顕微鏡像を改善させた結果、近傍も含めた染色体の構造が鮮明に観察できるようになった。特に、通常の観察ではみられなかった2本の相同染色体の対合による染色体の隙間(染色体の中心の暗い線)がはっきりと見えるようになった。
左の画像は通常の顕微鏡による全体画像、右の画像群は拡大した超解像顕微鏡の光学切片像。線虫の体内の異なる染色体では異なる光の乱れが生じている。左の画像に示した異なる染色体の領域の光の乱れを別々に計算し、各領域の近傍の染色体を含めて超解像顕微鏡像を改善させた結果、近傍も含めた染色体の構造が鮮明に観察できるようになった。特に、通常の観察ではみられなかった2本の相同染色体の対合による染色体の隙間(染色体の中心の暗い線)がはっきりと見えるようになった。
用語解説
補償光学
光の乱れを取り除き、大気による乱れを打ち消すための技術。まず、天体から来る光が地球表面の大気の揺らぎにより乱された後の波面を「波面センサー」で計測し、光の波面のゆがみを計測する。次に、形を変えられる「可変形鏡」というミラー等を用いて、波面のゆがみを光学的に補正する。
天体観察では特定の天体等を観察するのに対して、生物の観察では多数の試料を限られた時間で観察する必要があるため、生物顕微鏡への応用は効率性に問題がある。また、生物に対する光の照射が有毒であるため、大量の光を必要とする波面センサーも生物学の顕微鏡で使用することは困難だった。
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超解像顕微鏡法 蛍光顕微鏡は光を使用するため、光の波長の半分程度の構造までしか見分けることができない。一方、超解像顕微鏡は、蛍光の特徴などをうまく利用するなどして、光の法則に従いながら分解能の制約を回避することにより、通常の分解能の限界を超える情報を取得できる。超解像顕微鏡法を開発した研究者らは2014年ノーベル化学賞を受賞した。 元の記事へ
本件に関する問合せ先
未来ICT研究所 神戸フロンティア研究センター
バイオICT研究室
松田 厚志
E-mail: a.matsuda
nict.go.jp
nict.go.jp広報(取材受付)
広報部 報道室
E-mail: publicity
nict.go.jp
nict.go.jp