世界初、“超伝導ワイドストリップ光子検出器”の開発に成功

~従来のナノストリップ型の200倍以上のストリップ幅で、高性能を実現~
2023年10月30日

国立研究開発法人情報通信研究機構

ポイント

  • 従来のナノストリップ型の200倍以上のストリップ幅の“超伝導ワイドストリップ光子検出器”の開発に成功
  • ナノストリップ型と同等の高検出効率を持った上で、高生産性、偏光無依存を実現
  • 光子検出器のコスト・作製ハードルを下げ、量子情報通信、量子コンピュータなどの実現の早期化に期待
国立研究開発法人情報通信研究機構(NICTエヌアイシーティー、理事長: 徳田 英幸)は、超伝導ストリップ光子検出器において、ストリップ幅を広くしても高効率に光子検出が可能となる新奇構造を創案し、ナノストリップ型に比べて200倍以上ストリップ幅が広い“超伝導ワイドストリップ光子検出器”の開発に世界で初めて成功しました。本技術によって、これまでナノストリップ型において問題となっていた生産性の低さや偏光依存性といった問題を解決することが可能となり、量子情報通信技術や量子コンピュータを始めとする広範囲な先端技術分野へ適用され、そうした技術の社会実装の早期化が期待されます。
なお、本成果は、2023年10月26日(木)に、米国科学雑誌「Optica Quantum」に掲載されました。

背景

光子検出技術は、現在、世界規模で熾烈な研究開発が進められている量子情報通信、量子コンピュータにとどまらず、蛍光色素を用いた生細胞観察、深宇宙光通信、レーザセンシングなど、多岐にわたる先端技術分野においてイノベーションをもたらすための戦略的基盤技術として位置付けられます。
NICTではこれまで、100ナノメートル以下のストリップ幅の“超伝導ナノストリップ光子検出器”(Superconducting Nano Strip Photon Detector; SNSPD)の研究開発を実施してきました。その結果、他の光子検出器を凌駕する性能を実現することに成功し、量子情報通信技術などへの適用によってその有用性を実証してきました。しかし、超伝導ナノストリップ光子検出器の作製には、高度なナノ加工技術によってナノストリップ構造を形成する必要があり、検出器性能のばらつきを生み、生産性の向上を妨げてきました。また、メアンダ状に配置された超伝導ナノストリップ構造に起因して、偏光依存性が存在することも光子検出器としての応用範囲を狭める原因となっていました。

今回の成果

図1. 今回開発した超伝導ワイドストリップ光子検出器(電子顕微鏡の写真)
今回NICTは、超伝導ストリップから構成される光子検出器において、ストリップ幅を拡大しても高効率に光子検出することが可能となる、「高臨界電流バンク(High Critical Current Bank; HCCB)構造」と呼ばれる新奇構造を創案し、従来のナノストリップ型よりも200倍以上のストリップ幅となる幅20マイクロメートルの“超伝導ワイドストリップ光子検出器”(Superconducting Wide Strip Photon Detector; SWSPD)を開発し(図1参照)、高性能動作に世界で初めて成功しました。
図2に示すように、これまでNICTにおいて研究開発を推進してきたナノストリップ型は、ストリップ幅100ナノメートル以下の極めて長い超伝導ナノストリップをメアンダ状に形成する必要がありましたが、今回開発したワイドストリップ型は、短い超伝導ストリップ一本だけで形成することができるようになりました。
この“超伝導ワイドストリップ光子検出器”は、ナノ加工技術を必要とせず、生産性の高い汎用的な光リソグラフィ技術によって作成することができます。また、ストリップ幅が光ファイバから照射される入射光スポットよりも広いため、一本の短い超伝導ストリップで受光部を形成することが可能となり、ナノストリップ型において見られていた偏光依存性を無くすことが可能となりました。この検出器の性能を評価した結果、通信波長帯(λ=1,550ナノメートル)における検出効率が78%と、ナノストリップ型の同81%と比べて遜色ない性能を示し、さらに、タイミングジッタにおいてはナノストリップ型よりも優れた数値を示しました(図2参照)。
図2. 従来技術(超伝導ナノストリップ光子検出器)と今回開発した技術(超伝導ワイドストリップ光子検出器)の構造及び性能の比較

今後の展望

今回の成果によって、量子情報通信を始めとした先端技術分野において必要不可欠な光子検出技術として位置付けられていたナノストリップ型よりも優れた性能・特徴を有した光子検出器を、より高い生産性の下で作製することができるようになりました。量子ネットワークや、JSTムーンショット目標6において進められているネットワーク型量子コンピュータの実現に向けて、必要となる高性能光子検出器の数は今後飛躍的に増大することが予想されますが、本技術はこのような要求に応じることができるものと期待されます。
また、今後は、“超伝導ワイドストリップ光子検出器”におけるHCCB構造の更なる探索を実施し、通信波長帯だけでなく、可視から中赤外に及ぶ広い波長帯において高効率に光子を検出することが可能となる技術や、受光部の更なる拡大によって、深宇宙光通信技術やレーザセンシング、生細胞観察など様々な先端技術分野への適用を目指します。

論文情報

掲載誌: Optica Quantum
DOI: 10.1364/OPTICAQ.497675
論文名: Superconducting wide strip photon detector with high critical current bank structure
著者: Masahiro Yabuno, Fumihiro China, Hirotaka Terai and Shigehito Miki

関連する過去のプレスリリース


なお、本研究の一部は、国立研究開発法人科学技術振興機構ムーンショット型研究開発事業 ムーンショット目標6「2050年までに、経済・産業・安全保障を飛躍的に発展させる誤り耐性型汎用量子コンピュータを実現」(プログラムディレクター: 北川 勝浩 大阪大学 大学院基礎工学研究科 教授)研究開発プロジェクト、「ネットワーク型量子コンピュータによる量子サイバースペース(JPMJMS2066)」(プロジェクトマネージャー: 山本 俊 大阪大学 大学院基礎工学研究科/量子情報・量子生命研究センター 教授)、及び日本学術振興会科学研究費助成事業基盤研究B(22H01965)による支援を受けて行われました。

用語解説

超伝導ストリップ光子検出器

光子検出器とは入射された光子を検出するために重要な、量子情報通信、量子コンピュータなどの性能を高める要となる装置であり、超伝導ストリップ光子検出器は、光子入射による超伝導ストリップの抵抗変動を利用して光子検出を行う仕組みになっている。ナノストリップ型は、ストリップ幅100ナノメートル以下の超伝導ナノストリップによって形成され、光子入射による局所的な抵抗領域の発生を利用して光子検出を行うことができる。紫外から中赤外におよぶ広い波長領域にわたって感度を有するが、特に、通信波長帯においては世の中で最も高性能な光子検出器として位置付けられる。超伝導ストリップ光子検出器は、これまでストリップ幅が狭いほど検出効率がよいと考えられてきたが、今回開発したのは、ストリップ幅20マイクロメートルのワイドストリップ型で、検出効率を高くすることは難しいとされてきた。


偏光依存性

光子検出器が入射光子の偏光状態に対して、検出効率が変動してしまうこと。


メアンダ状

図2(NICT製SNSPD)に見られるように、ごく長い一本のストリップがつづら折り状に折り返しながら配置されている形状のこと。


高臨界電流バンク(High Critical Current Bank; HCCB)構造

超伝導ストリップに電流を流すと、ストリップ線幅方向に電流分布の不均一性が生じる(図3(b)参照)。特に、ストリップ端部において高い電流密度が発生するため、超伝導臨界電流に対する印加電流比の不均一性が生じる。高臨界電流バンク構造は、ストリップ端部に高い臨界電流値を有するバンク構造(図3参照)を形成することで、この電流比の不均一性を回避することが可能となる。

図3. (a) HCCB構造付ストリップ光子検出器の概略俯瞰図 (b) 同断面図及び単位幅当たりの超伝導臨界電流とバイアス電流


検出効率

光子の入射に対して、検出器が正しく出力信号を発生させる確率。


タイミングジッタ

光子の入射タイミングに対して、検出器が信号を出力するタイミングの揺らぎ。

本件に関する問合せ先

未来ICT研究所
神戸フロンティア研究センター
超伝導ICT研究室

三木 茂人

広報(取材受付)

広報部 報道室