量子コンピュータに向けたハイエンドな国産超伝導ナノワイア単一光子検出器システムのフィールド実証に成功

2022年9月16日

大阪大学量子情報・量子生命研究センター
浜松ホトニクス株式会社
国立研究開発法人情報通信研究機構

研究成果のポイント

  • 光子1つ1つを検出する高性能な超伝導ナノワイア単一光子検出器システムの国産化に成功
  • これまで超伝導ナノワイア単一光子検出器システムは輸入に頼っており、国産化ができていなかった
  • 超伝導ナノワイア単一光子検出器システムは量子コンピュータをはじめ、様々な応用が期待されており、国産化によりそれらの研究開発が加速する

概要

図1 最大12チャンネルのSNSPDシステム。
SNSPDを12個搭載し、冷却温度2.16 Kに冷却可能な超低温のSNSPDシステムを開発。光信号入力と駆動及び信号読み出しのポートを備える。

大阪大学量子情報・量子生命研究センター、浜松ホトニクス株式会社(代表取締役社長: 晝馬 明)、国立研究開発法人情報通信研究機構(NICTエヌアイシーティー、理事長: 徳田 英幸)は共同で、最大12チャンネルの超伝導ナノワイア単一光子検出器(SNSPD)システムを試作、フィールド実証を行い、国産化への道筋をつけました。2050年の実現に向けた内閣府のムーンショット型研究開発事業目標6のゴールである誤り耐性型汎用量子コンピュータの実現へは、様々な方式の量子コンピュータが検討されていますが、量子コンピュータを実現するための重要な要素技術として、超高効率かつ超低暗計数が期待できるハイエンドなSNSPDシステムの実現が鍵となっています。このシステム内には、1つ1つの光子を検出する超伝導ナノワイア単一光子検出素子が多数に実装され、多チャンネルの光子検出システムとなります。今回は、NICTによって開発された超伝導ナノワイア単一光子検出素子を浜松ホトニクス株式会社で開発した超低温のSNSPDシステムに実装し、11個のSNSPDの動作を大阪大学において開発した量子もつれ光子対光源を利用して確認し、すべてのチャンネルが動作していることがフィールド(実際の使用環境)で実証されたものです。今後は、さらなる高性能化と多チャンネル化を進めて、量子コンピュータはもとより、量子ネットワーク量子センシングなどの量子2.0技術全般に貢献します。
本研究成果は、第83回応用物理学会秋季学術講演会にて、9月20日(火)9時15分(日本時間)に公開されます。(本講演会では発表内容に関する査読は一般には行われておりません。)

研究の背景

2050年前後に実現すると考えられている誤り耐性型汎用量子コンピュータは様々な社会課題を解決して、経済・産業・安全保障を飛躍的に発展させると期待されており、ムーンショット目標6として、その実現に向けた取り組みがなされています。この誤り耐性型汎用量子コンピュータの実現に向けては、現在のスーパーコンピュータのように、システムを1つ1つのモジュールに分割して、それらをネットワーク状に接続してネットワーク型量子コンピュータとすることが重要と考えられています。ネットワーク化には量子コンピュータから光子を飛ばして量子情報を運び、量子テレポーテーションを使って量子コンピュータに量子情報を転送します。この量子テレポーテーションのために、高効率、低暗計数かつ多チャンネルの超伝導光子検出器が必要となります。このようなハイエンドな超伝導光子検出器は世界的に開発競争が行われており、いくつかの海外のスタートアップが製品化も実現しています。国内ではNICTを中心に約20年間研究開発が行われてきました。

研究の内容

今回、ムーンショット目標6のプロジェクトにおいて、最大12チャンネルの超伝導ナノワイア単一光子検出素子を実装可能なSNSPDシステムを浜松ホトニクス株式会社がNICTの協力を得て作製し、そのSNSPDシステムの11チャンネルそれぞれにおいて量子もつれ光子の検出を確認し、実際の量子ネットワーク実験で利用可能なことを大阪大学において検証しました。各チャンネルは良好に動作し、量子コンピュータのネットワーク化にも重要な量子もつれの検出に各チャンネルで成功しました。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

これまで、ハイエンドなSNSPDシステムは欧米中露のスタートアップ企業からの輸入に頼っていましたが、今回の成果によって、国産化の可能性が見えてきました。2050年には実現するであろう誤り耐性型汎用量子コンピュータの重要な要素技術となり得ることはもちろんですが、その手前にもNISQ(Noisy Intermediate-Scale Quantum computer/device)と呼ばれる量子コンピュータにおいても重要な役割を果たすとともに、量子暗号通信、量子ネットワーク、量子センシングなど、今後期待される量子2.0技術の様々な場面で用いられることが期待されます。

特記事項

本研究成果は、2022年9月20日(火)9時15分(日本時間)に第83回応用物理学会秋季学術講演会にて発表されます
タイトル: “タンデム型type-II 疑似位相整合PPLN 導波路による非縮退光子対生成”
著者名: 林祥吾、 村上翔一、 小林俊輝、 知名史博、 三木茂人、 寺井弘高、 小玉剛史、 澤谷恒明、大友昭彦、 下井英樹、 生田力三、 山本俊
なお、本研究は、科学技術振興機構(JST) ムーンショット型研究開発事業 目標6 「2050 年までに、経済・産業・安全保障を飛躍的に発展させる誤り耐性型汎用量子コンピュータを実現(プログラムディレクター: 北川勝浩 大阪大学 大学院基礎工学研究科 教授)」の研究開発プロジェクト「ネットワーク型量子コンピュータによる量子サイバースペース(プロジェクトマネージャー: 山本俊 大阪大学大学院基礎工学研究科/量子情報・量子生命研究センター 教授/副センター長)(課題番号 JPMJMS2066)」による助成を受けて行われました。

※ 本講演会では発表内容に関する査読は一般には行われておりません。

各機関の役割分担
・ 浜松ホトニクス株式会社: SNSPDおよびSNSPDシステム開発
・ 情報通信研究機構: SNSPDの素子開発、SNSPDシステム開発協力
・ 大阪大学: SNSPDシステムを用いたフィールドでの量子もつれ実証

山本 俊 教授(プロジェクトマネージャー)コメント

超伝導光子検出器を国内で製造する民間企業はこれまでなかったのですが、今回は、国内企業がその製造に成功した第一例目になります。ムーンショット目標の達成には多くの高性能光子検出器が必要となりますが、その要求にも応えられる体制が整いつつあります。今後は、さらに性能向上し、ユーザーが増えることで製品としての魅力も増すことを期待しています。

今回の実証実験の詳細

今回開発した国産のSNSPDの11チャンネルの動作確認を行う有効な方法として、量子ネットワークで配信される重要な量子情報の担い手である量子もつれ光子対の評価実験を行いました。量子もつれから得られる情報は、量子力学特有の性質をもち、古典的には真似できないため、確実に量子力学の性質を捉えていることがわかります。図2のように、大阪大学大学院基礎工学研究科において開発したタンデム型type-II 疑似位相整合PPLN 導波路を利用した自発的パラメトリック下方変換(SPDC)により、偏光量子もつれ光子対発生を行います。この際、励起光は780 nmであり、発生した2つの光子は光通信波長帯である1540 nmと1582 nmになります。量子もつれ状態を確認するために、2つの光子の偏光を判別し、SNSPDにより光子検出を行います。この光子検出の情報を元に量子状態トモグラフィを行うと、2つの光子の状態を記述する密度行列が再現され、量子もつれの有無を判別することができます。11チャンネルのSNSPDを使って、10回の量子状態トモグラフィを行った結果が図3のグラフに示されています。どのチャンネルでも強い量子もつれが観測され、SNSPDが十分に量子力学の性質を実証できることが確認できました。

図2
図2 タンデム型type-II 疑似位相整合PPLN 導波路を利用した自発的パラメトリック下方変換(SPDC)による偏光量子もつれ光子対発生と光子検出システム。

図3 11チャンネルのSNSPDを使って量子状態トモグラフィを行った測定結果。

用語説明

超伝導ナノワイア単一光子検出器
(SNSPD: Superconducting Nanowire Single Photon Detector)

受光面に対して超伝導細線を敷き詰めた構造における超伝導現象を利用した単一光子検出器のこと。超伝導状態が壊れやすいように電流バイアスが加えられた細線に、光子が吸収されると、光子のエネルギーによって超伝導状態が壊れ、光子検出が可能となる。


2050年の実現に向けた内閣府のムーンショット型研究開発事業目標6
内閣府において、「人々の幸福(Human Well-being)」の実現を目指し、将来の社会課題を解決するために掲げられた9つの目標のうちの1つ。目標6では2050年までに、経済・産業・安全保障を飛躍的に発展させる誤り耐性型汎用量子コンピュータを実現するために、12のプロジェクトを推進している。
https://www8.cao.go.jp/cstp/moonshot/sub6.html


誤り耐性型汎用量子コンピュータ

量子コンピュータにおける誤りが十分に抑制されて、任意の規模の量子コンピュータが実装可能であり、任意の量子アルゴリズムが実装可能な量子コンピュータのこと。現在実装されている量子コンピュータは誤りの抑制が十分ではなく、可能なタスクが限られているので、誤り耐性型汎用量子コンピュータの実現が望まれている。一方、その実現が非常に困難なため、世界中で様々な研究開発が進められている。


暗計数

光子検出器のノイズによって、光子がない場合にも検出信号が発生し、計数(カウント)されることを指す。この暗計数がゼロであることが理想的な光子検出器である。


量子もつれ

複数の量子ビットの間の量子力学的な相関を表し、エンタングルメントとも呼ばれる。今回の実験のように2つの光子の量子もつれ光子対では、片方の状態が決まると、もう一方の状態もそれに応じて決まるといった性質を検証している。量子情報処理において、情報伝達、高速(効率)演算、セキュリティなど、ほぼすべての応用においてリソースとしての重要な役割を果たしている。


量子ネットワーク

複数のサイト間で量子もつれを共有したネットワークを量子ネットワークと呼ぶ。量子コンピュータまで含めた大規模なネットワークを「量子インターネット」とも呼んでいる。


量子センシング

量子力学特有の「重ね合わせ」や「量子もつれ」を利用した量子センサを用いて物質や環境などの様々な情報を計測・数値化する量子技術のこと。従来のセンシングの限界精度を突破するなどの精密計測が可能となる。


量子2.0
現代の半導体やレーザー技術は量子力学に立脚した技術であるが、それらでは未利用な量子力学特有の性質である「重ね合わせ」や「量子もつれ」を利用した量子情報技術を指す。詳しくは国立国会図書館が発行する調査報告書「量子情報技術」を参照。
https://qiqb.osaka-u.ac.jp/news20220331/


量子情報

現在の情報処理では「0」と「1」の2文字(ビットという)で計算や通信を行っているが、量子コンピュータなどの量子情報処理では「0」と「1」の重ね合わせ状態も使う(量子ビットという)。このように量子ビットで表される情報を量子情報と呼んでいる。


量子テレポーテーション

量子ビットの状態を古典的通信で送る方法のこと。リソースとして量子もつれを持つ量子ビット対を送信地点と受信地点に準備し、量子もつれ状態にある量子ビットの片割れと送りたい量子ビットの2量子ビットにベル測定を行う。古典通信によって測定結果を受信地点に知らせることで、受信地点の量子ビットを、送りたかった量子ビットの状態にすることができる。


NISQ(Noisy Intermediate-Scale Quantum computer/device)

計算過程でおきるノイズによる誤りに対して耐性のない、小中規模(数十量子ビットを超える規模)の量子コンピュータもしくはデバイスを指す。誤り耐性型汎用量子コンピュータ(100万量子ビット規模を想定)に至るまでの中間的な量子コンピュータであるが、問題によってはスパコンを超える計算能力がある。


量子暗号通信

「量子力学的信号は傷つけずに覗くことができない」という原理を用いて、送られた乱数表についた傷はすべて盗聴行為によるものと仮定し、乱数表を縮めて傷を直したものを秘密鍵暗号の鍵とする暗号方式のこと。量子暗号は量子コンピュータができても破られない究極の暗号方式と考えられている。

SDGs目標

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参考URL

大阪大学 大学院基礎工学研究科 物質創成専攻 量子情報・量子光学 山本研究室 

本件に関する問合せ先

大阪大学大学院基礎工学研究科/
量子情報・量子生命研究センター
教授/副センター長 教授 

山本 俊(やまもと たかし)
Tel: 06-6850-6445

国立研究開発法人情報通信研究機構
未来ICT研究所 神戸フロンティア研究センター
超伝導ICT研究室 主任研究員

三木 茂人(みき しげひと)
Tel: 078-969-2299

国立研究開発法人情報通信研究機構
広報部 報道室