ポイント

  • テラヘルツ帯用の高周波電力の測定が可能に
  • 220 GHz~330 GHzの高周波電力計を較正できる標準器を開発
  • 220 GHz~330 GHz用高周波電力計の較正サービスを2018年4月から開始
NICTは、国立研究開発法人産業技術総合研究所(産総研、理事長: 中鉢 良治)と共同で、テラヘルツ帯(220GHz~330GHz)の高周波電力計較正する 標準器の開発に成功しました。
本技術の開発により、国家標準にトレーサブルな精密測定が可能になり、高周波電力計の較正業務について、従来の170GHzまでの周波数範囲に、新たに220GHz~330GHzの範囲を追加することができました。これにより、現在、電波法で移行が進められている300GHzを計測する新スプリアス規格に対応した無線機器の特性測定が可能になります。テラヘルツ帯の電波の強さ(電力)については、これまで強い・弱いといった定性的な扱いにとどまっていましたが、正確な数値で300GHz帯の電波を扱えるようになります。
220GHz~330GHzの高周波電力計の較正サービスは、2018年4月から受付開始の予定です。
なお、今回の成果は、2018年2月5日、米国 「IEEE Transactions on Instrumentation and Measurement」のオンライン版に掲載されました。

背景

近年、テラヘルツ帯(100GHz~10THz)の電波の利活用に関して、高速大容量通信、イメージング、材料分析といった種々の技術の実用化を進めていく上で、テラヘルツ帯の基本的な特性である周波数と高周波電力について、精密かつ信頼性の高い標準を整備し、計測技術を向上させる必要性が高まってきました。
周波数については、光周波数コムの技術によって、標準が整備されつつありますが、高周波電力については、世界中で開発が遅れており、国家標準にトレーサブルな標準器の開発が望まれている状況です。
また、NICTでは、電波法に基づき、無線設備等から発射される電波の強さを測定する高周波電力計の較正サービスを実施していますが、2022年11月30日までに新スプリアス規格に完全対応することに合わせて、最高300GHzまで無線機を検査する必要が生じてきました。そのため、高周波電力計をはじめとする無線機を検査するために使用する測定器に対し、300GHzまで較正する技術の確立が急務でした。

今回の成果

NICTと産総研は、これまで共同で取り組んできた研究開発の技術を活かして、今回、220GHz~330GHzのテラヘルツ帯の高周波電力を計測できる標準器を開発しました。標準器が開発されたことで、これまで明確な基準がなかったテラヘルツ帯の高周波電力の値に対し、「基準」を与えることが可能となりました。今後、この標準器を基準にした、テラヘルツ帯の電波利用の促進が期待されます。
 
図1 NICTで行っている較正・校正サービスの範囲 (高周波電力計)
図1 NICTで行っている較正・校正サービスの範囲 (高周波電力計)
また、今回開発した標準器は、産総研が長年培ってきた等温制御型ツインドライカロリーメータの技術を採用しています。これにより、市販の高周波電力計を7.2 %以下の精度で較正することが可能となり、220GHz~330GHzの高周波電力を正確に測定できるようになりました(170GHz~220GHzについては、2020年サービス開始予定)。
 
図2 開発した標準器(等温制御型ツインドライカロリーメータ)
図2 開発した標準器(等温制御型ツインドライカロリーメータ)

今後の展望

NICTは、引き続き、産総研と共同で、周波数170GHz~220GHz用の高周波電力を計測するための標準器の開発を行います。また、テラヘルツ帯における高周波電力計測技術、電力計の較正技術に関する研究開発を進め、テラヘルツ帯を用いた電波利用の促進に貢献していきます。
なお、周波数220GHz~330GHzにおける高周波電力計の較正サービスは、2018年4月から受付開始の予定です。

掲載論文

雑誌名:IEEE Transaction on Instrumentation and Measurement
DOI:10.1109/TIM.2018.2795878
掲載論文名:Precise Power Measurement With a Single-Mode Waveguide Calorimeter in the 220-330 GHz Frequency Range
(シングルモード導波管カロリーメータを用いた220-330 GHz帯における精密電力測定)
著者名:Moto Kinoshita(木下 基、産総研)、Takemi Inoue(井上 武海)、Kazuhiro Shimaoka(島岡 一博、産総研)、Katsumi Fujii(藤井 勝巳、NICT)
発表日:2018年2月5日

関連する過去の報道発表

用語解説

高周波電力
電球やエアコンといった家電製品を動かすために必要な1秒当たりのエネルギーのことを電力と呼ぶ。電力は乾電池やバッテリー、壁にあるコンセントなどから供給され、その量はワット(W)という単位を使って表す。同様に、電波が持つ1秒当たりのエネルギーも電力で表され、スマートフォンや放送局の送信アンテナから発射した電波の量はワット(W)で表される。バッテリー(直流)や商用電源(50Hz/60Hz)と区別するために、高い周波数(高周波)で振動している電波が持つ電力を「高周波電力」と呼ぶ。
国内で電波を発射し、利用するに当たっては、電波法により、その目的ごとに周波数や高周波電力の値が定められており、基準を満たさなければ、電波を発射することはできない。これは、無線機やスマートフォン、放送局の送信設備だけでなく、電子レンジやIH調理器、ワイヤレス給電装置といった電波を使った家電製品にも適用される。
高周波電力の測定には、高周波電力計を使うが、電力計に表示される値の正しさは、標準器を使って較正を行って初めて担保される。これまでは、170GHzまでしか較正することができなかったため、たとえ「300GHzの高周波電力を測定した」と言っても、表示された値の正しさは分からなかった。
 
高周波電力
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較正(こうせい)
較正(こうせい)
NICTでは、高周波電力計をはじめ、周波数標準器など、無線機の性能を測定するために必要な測定器類の較正・校正サービスを行い、無線局の免許、検査等に必要な正確な測定を可能にすることで、電波の有効利用に貢献している。
電波を発射するためには免許が必要であり、無線機を操作する人は、「無線従事者免許証」を有しなければならない。また、電波を発射する無線機は、電波法で定めた基準を満たす性能を有することを検査され、「無線局免許状」が交付されていなければならない。
無線機の検査を行うために用いる高周波電力計をはじめとした測定器は、較正を受けた測定器でなければならない。測定器が較正されることによって、電波に関する正しい値を知ることができるとともに、どの登録証明機関や登録検査事業者で受検しても、同じ合否判定が得られるようになる。
ところで、測定器の「こうせい」には、「較正」と「校正」の文字が使われる。一般には、「校正」の文字が使われるが、「較正」は電波法に基づくもの、「校正」は電波法以外の法律(計量法など)に基づくものであり、法律の上では、「較正」は測定器の調整を含むが、「校正」は調整を含まないものとして区別される。
現在、NICTでは「較正」と「校正」の両方のサービスを行っているが、測定器のケースを開けてしまうとメーカ保証が受けられなくなることや、最近の測定器は構造が複雑なことから、現在は「較正」であっても測定器の調整は行っておらず、作業内容(サービス内容)に違いはない。
標準器
測定器の較正を行うための基準となる機器を標準器という。その標準器もまた、更に正確な標準器によって較正される。
トレーサブル
「この測定器(標準器)は、どの標準器によって較正されたのか?」と、較正の連鎖を遡っていくと、最後は国家標準にたどり着く。測定器が較正の連鎖によって国家標準にたどり着くことが確かめられているとき、「この測定器の較正値は、国家標準にトレーサブルである」という。今回開発した標準器は、220GHz~330GHz用の高周波電力計の較正値を、直流電力(直流電圧・抵抗)の国家標準にまで連鎖させ、トレーサブルにする装置である。
新スプリアス規格
無線設備から発射されてしまう不必要な電波を、できる限り低減させることによって、電波利用環境の維持、向上及び電波利用の推進を図るため、WRC(世界無線通信会議)において、無線設備のスプリアス発射の強度の許容値に関する無線通信規則(RR)の改正が行われた。国内においては、電波を発射できるための基準として、2005年12月1日から新たな基準値が適用された。これを「新スプリアス規格」と呼んでいる。現在、経過措置として、2022年11月30日まで旧規格にて免許された無線機の使用が認められているが、2022年12月1日以降も、その無線機を使い続けるためには、高周波電力計をはじめとする較正(校正)済みの測定器を用いて、新スプリアス規格の基準をクリア(合格)していることを証明し、免許を受けなければならない。
光周波数コム
光周波数コムとは、光の成分が周波数に対し等間隔で離散的に並んだレーザー光源のことで、髪をとかす櫛に似ていることから「光周波数コム(comb)」と呼ばれている。この光成分の間隔は、制御することが可能で、既存の周波数標準と同期させれば、テラヘルツ帯より、はるかに高い光の周波数帯における標準器として用いることができる。
等温制御型ツインドライカロリーメータ
等温制御型ツインドライカロリーメータ
一般に、カロリーメータは、カロリーメータに入った高周波電力が熱に変わったときに生じる温度上昇と、カロリーメータに内蔵された抵抗に直流電流を流して得られる、直流電力が熱に変わったときに生じる温度上昇を比べることで、高周波電力の測定を行う。高周波電力を入力したときの温度上昇と等しい温度上昇が得られる直流電力の値が、今求めたい高周波電力の値となる。直流電力は、精密に測定することが可能なため、高周波電力も精密に測定できたことになる。
以上の動作原理から明らかなように、カロリーメータは温度変化に対して敏感であり、カロリーメータの周りの僅かな温度変化によって測定結果が狂ってしまう。そのため、世界の国家計量標準機関によっては、大きな水槽の中にカロリーメータを封じ込めて、周囲温度の変化の影響を抑圧して精密測定を実施している。
産総研が高周波電力の標準器として採用している「等温制御型ツインドライカロリーメータ」は、水槽を用いる代わりに、同じ形状をしたカロリーメータを2個(ツイン)用意し、1つは高周波電力測定用、もう1つは温度基準を得るためのダミーとして使うことによって周囲温度の変化をキャンセルさせるため、水を使わず(ドライ)、取扱いが容易であるという特長を持つ。また、温度の基準となる金属ブロックを備え、高周波電力と直流電力による温度変化を精密に制御してバランスさせ、カロリーメータ内部を等温に保つ方法(等温制御)を採用していることで、一般的なカロリーメータと比べて、高速な測定を実現している。

本件に関する問い合わせ先

テラヘルツ研究センター テラヘルツ連携研究室/電磁波研究所 電磁環境研究室

藤井 勝巳

Tel: 042-327-7042

E-mail: sokugi_%_ml.nict.go.jp

広報

広報部 報道室

廣田 幸子

Tel: 042-327-6923

Fax: 042-327-7587

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