ポイント

  • 光格子時計の高い精度を活かした標準時系の構築に世界で初めて成功
  • 半年間生成・稼動し続けた標準時刻は、世界の標準時をも超える正確さ
  • 世界最高精度の時刻とのずれは僅か12億分の1秒、現行日本標準時より1桁高い精度
NICTは、電磁波研究所 時空標準研究室において、光格子時計と水素メーザ原子時計を組み合わせた「光・マイクロ波ハイブリッド方式」を新たに開発し、光格子時計に基づく高精度な時刻信号の発生を世界で初めて半年間継続させることに成功しました。
「光・マイクロ波ハイブリッド方式」で生成した時刻信号は、世界の標準時である協定世界時よりも正確であり、国際度量衡局(BIPM)が世界中の原子時計データを利用して計算する最高精度の仮想時刻と比べて、ずれは半年で僅か12億分の1秒以下(0.79ナノ秒)でした。また、現在の日本標準時よりも1桁高い精度で時刻を生成できることが確認され、将来、秒の定義がセシウム時計から光格子時計に変更されても、新しい光による定義に基づいて時刻を維持できることも示されました。
この成果は、英国オープンアクセス科学誌「Scientific Reports」に日本時間3月9日(金)に掲載されました。

背景

図1 ストロンチウム光格子時計
図1 ストロンチウム光格子時計
各国の標準時は、BIPMが生成する協定世界時を参照し、これと同期する形で生成・維持されています。
NICTが生成する日本標準時は、協定世界時に対して常時ほぼ5,000万分の1秒以内の時刻差を維持しています。1秒の長さは、セシウム原子のマイクロ波遷移の周波数を9,192,631,770Hzとすることで決まり、現在、世界最高精度のセシウム時計は、正確な1秒間を±1.1×10-16秒の精度で実現できます。
一方で、NICTにおいて開発されたストロンチウム光格子時計は、セシウム時計を超える5×10-17の精度を保っており、この精度を時刻維持に利用することが期待されます。
しかし、一般に装置が複雑な光時計は、長期にわたり無人で動作し、時刻を示し続けることは、まだ難しいのが現状です。そのため、光時計に基づいて時を刻むことは、まだ実現していませんでした。

今回の成果

今回我々は、ストロンチウム光格子時計と従来のマイクロ波時計で無人運転可能な水素メーザ原子時計(以下「水素メーザ」)を組み合わせて、時刻信号を発生する新しい方式「光・マイクロ波ハイブリッド方式」を新たに開発し、光格子時計に1秒の基準を求める形で、時刻系信号を世界で初めて半年にわたって生成することに成功しました。
この方式では、水素メーザを無人運転しておいた上で、限定的に1週間に1度3時間、光格子時計を有人運転して、水素メーザが刻む1秒が現在どれだけずれているかを測定します。さらに、過去の複数の測定値も考慮して、今後どの程度水素メーザがずれていくかを予測します。この光格子時計を利用して予測した調整値をあらかじめ設定しておくことで、光格子時計を基準とした極めて安定な時刻信号を生成することができました。
光格子時計と水素メーザによるハイブリッド方式で今回生成に成功した高精度な時刻信号(1秒の精度は5×10-16秒以内)は、日本標準時(1秒の精度はおおむね5×10-15秒以内)よりも高精度なため、日本標準時によって性能を評価することはできません。
そこで我々は、BIPMが毎月又は毎年、世界中の400台以上の原子時計のデータを計算機に入力して計算する二つの仮想的な時刻
i ) 協定世界時(毎月計算され、日本を含め各国標準時が基準としている実質的な世界標準時)
ii ) BIPM地球時(毎年1月に計算され、最大1年遅れてもより高精度な結果を必要とする科学者が利用)
と比較しました。
その結果、今回生成した時刻系信号は、協定世界時に対しては半年で10億分の8秒程度ずれたものの、より高精度なBIPM地球時に対しては半年経過しても12億分の1秒以下のずれという、極めて正確なものでした。このことは、我々が生成した信号は、協定世界時の刻む1秒のずれを明確に検出したことを意味しています。
同時に、NICTが今回開発した光格子時計と水素メーザとの「光・マイクロ波ハイブリッド方式」での時刻信号が、世界中のマイクロ波時計の総力を結集して作成されたBIPM地球時と同程度又はそれ以上の性能を持つことが分かりました。
近年、光周波数標準の進展は目覚ましく、国際度量衡委員会時間周波数諮問委員会では2026年に秒の定義を原子の光領域にある遷移周波数に変更することを検討しています。光時計によって協定世界時を校正することは、秒の再定義のための一つの必須条件となっており、今回の成果は、この条件をクリアする有力な方法になります。
また、光時計を複数用意して、確実に週一回等の定期的な運用をできるようになれば、本方式を日本標準時にも適用可能となり、精度を1桁改善した、より正確な1秒を標準時として発生できるようになります。

今後の展望

今回の成果を受け、NICTはこの「光・マイクロ波ハイブリッド方式」の日本標準時への適用を目指し、実用化のプロセスを一歩一歩進めていきます。
光格子時計は、近年、重力環境の変化を時計の進み方の変化として検出できることが示されつつあり、地下資源やマグマの移動を検出する等の応用が期待されています。この場合、利用する時計の進み方の変化をとらえるためには、基準となる「ずれない時刻」を常に得られる必要があり、社会基盤としての日本標準時は、一層精度を向上することで、この新しい役割を担うことをも見据えています。

掲載論文

雑誌名:Scientific Reports Vol. 8, 4243(2018)
DOI:10.1038/s41598-018-22423-5
掲載論文名:Months-long real-time generation of a time scale based on an optical clock
著者名:Hidekazu Hachisu, Fumimaru Nakagawa, Yuko Hanado, and Tetsuya Ido

補足資料

光・マイクロ波ハイブリッド方式

図2 時刻信号生成の構成図
図2 時刻信号生成の構成図
時刻を刻む時計には、決して動作が止まることがない信頼性が要求されます。その上で、最も正確な1秒が生成されれば理想的ですが、現実には信頼度と精度を一つの装置で両立することは困難です。また、自立して運用する原子周波数標準は、通常、生成する1秒が正しいかどうか自ら時折確認する必要があり、その確認作業のために信号生成を一時的に止める必要があります。
そこで、高精度な時刻信号を生成する際には、まず、止まることがなく簡単には大きくずれていかない発振器(原振)を用意し、この発振器の出力信号の周波数がずれていくのを周波数標準を基準にして評価し、その結果に応じて原振の信号の周波数を微調整します。この方法であれば、原子周波数標準を連続運転する必要がなく、その高い精度を活かすことができます。光格子時計はこの周波数標準に相当し、これまで1か月以上連続運転した例はありません。現状では、精度を落とさずに数年というオーダーで光格子時計のみで正確に信号を出し続けることは相当難しいと言わざるを得ません。
一方、原子遷移の共鳴周波数を正確に生成する能力は、運用が継続する限りは、光格子時計が既にセシウム標準を2桁近く上回っています。また、光周波数標準は、マイクロ波周波数標準より位相雑音が少なく、圧倒的に短時間の信号積算で高い精度を得られるという利点があります。
そこで、今回我々は、図2に示すように原振としてマイクロ波時計である水素メーザを利用し、この歩度調整を行うための基準として光格子時計を1週間に1度3時間程度運転して水素メーザの周波数のずれを計測し、過去25日間に計測されたデータを基にその後1週間の周波数変化を予測して、それを打ち消す調整をあらかじめ設定することで、安定な時刻信号を生成しました。
光周波数標準の場合、数時間の運転で水素メーザが刻む1秒の長さを16桁の精度で評価でき、終夜運転をする必要がありません。しかし、同じ精度をセシウム原子泉標準等マイクロ波周波数標準で得るためには1日以上運転して統計的誤差を小さくする必要があり、時刻信号の生成に活用するためには、ほぼ連続的に運転する必要があります。
 

ストロンチウムの時計遷移周波数

図3 ストロンチウム光格子時計遷移の周波数測定
図3 ストロンチウム光格子時計遷移の周波数測定
(2013年以降)
ストロンチウム光格子時計で原振が刻む1秒を評価するためには、ストロンチウムの遷移周波数を知っている必要があります。この遷移周波数については、2000年代半ばから光格子時計を運用している世界中の多数の機関で計測され、時間周波数諮問委員会に報告されています。
図3に示すように、2017年の委員会に新たに報告された5つの測定値においては、そのばらつきは0.13Hz(比率にして3×10-16)以下となっています。今回我々は、2015年の我々自身の測定に基づき、ストロンチウム光格子時計は429 228 004 229 872.97Hzの標準信号を出力すると仮定して、原振水素メーザの周波数を測定しました。

生成した時刻信号の性能評価

図4(a)に、半年にわたって光格子時計を利用して計測した水素メーザの周波数変化を示します。ほぼ直線的に水素メーザの周波数がドリフトしていることが分かり、水素メーザの周波数変化をあらかじめ相当程度予測できることが分かります。そこで、入力信号に対してほんの僅か周波数を変化させて出力することができる周波数調整器を利用して、予測の反対の周波数調整を設定しておくことによって、調整器の出力信号は水素メーザの周波数変化が打ち消された安定な信号となります。
図4 (a) ストロンチウム光格子時計による原振水素メーザの周波数測定結果
図4 (a) ストロンチウム光格子時計による原振水素メーザの周波数測定結果
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(b) 生成した時刻信号の協定世界時に対する時刻差(青)及びBIPM地球時に対する時刻差(赤)。
(b) 生成した時刻信号の協定世界時に対する時刻差(青)及びBIPM地球時に対する時刻差(赤)。 1ナノ秒=1×10-9秒。
より精度の高いBIPM地球時に対しては今回生成した時刻がずれていかないことが分かる。
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生成した信号の精度を評価するためには、基準となる時刻信号が必要です。我が国で得られる最も精度の高い時刻信号はNICTが生成する日本標準時ですが、日本標準時が刻む1秒の長さは±4×10-15秒程度変動します。これに対して、NICTの光格子時計は5×10-17の精度を持ち、生成した時刻信号を標準時を基準にして評価することは、安定なものをより不安定な物差しで計測するという矛盾が生じます。そこで我々は、共に計算機上の後処理で得られる仮想的な信号ではあるものの、
1. 16乗台前半の安定度がある「協定世界時」
2. 1年に1度BIPMが協定世界時を基本として、更により精度を上げて計算する「BIPM地球時」
との比較を行いました。
得られた結果を図4(b)に示します。信号を生成した半年のうち、最初の1か月は水素メーザの予測をするための予備期間となるため、生成を始めてから1か月経過した時点での時刻差をゼロとして初期化し、それから5か月の間にどの程度時刻差が変化したかを示しています。青色は協定世界時に対する時刻差、赤色はBIPM地球時に対する今回生成した信号の時刻差の変動を示します。生成した信号が協定世界時に対しては、ほぼ一定の割合で遅れていき、5か月後に8ナノ秒(1億2500万分の1秒)の遅れとなっていることが分かります。
一方、後処理によってより精度を高めたBIPM地球時に対しては、ほとんどずれがなく、5か月後でも時刻差は1ナノ秒(10億分の1秒)以下になっています。協定世界時、BIPM地球時はいずれも仮想的な時刻ですが、協定世界時は毎月の計算、BIPM地球時は年に一回の計算であり、後者の方がより多くのデータを計算に入れるため精度が高いことが知られています。我々が生成した時刻信号は、より精度が高い後者と整合性のある結果となっています。
なお、今回生成した時刻信号とBIPM地球時は、ほぼ同じ動きを示していますが、この二つの間には信号の使い勝手という点で決定的な違いがあります。我々が生成した信号は、リアルタイムにチクタク、チクタク、という信号をNICT小金井本部で正に2016年4月から9月末まで得られていましたが、BIPM地球時は、2017年の1月にBIPMが計算してようやく得られた仮想的な時刻です。今回の結果は、一台の光格子時計と一台の水素メーザの組み合わせによって、世界中のマイクロ波時計の総力を結集した結果得られる仮想時刻と同程度に安定な時刻信号をリアルタイムに生成できることを意味しています。

協定世界時の歩度校正

協定世界時は世界各国の標準時が基準として同期している時刻であり、これが刻む1秒は一次周波数標準によっておおむね校正されています。上述したように、今回我々が生成した光格子時計による時刻信号は、この協定世界時が定義に即した1秒からどれだけずれているかを明瞭に示していました。具体的に計算すると、5か月間で8ナノ秒のずれであることから、協定世界時が刻む1秒は、本来の1秒より(8×10-9)/(5×30×24×3,600)=6.2×10-16秒短く、その分協定世界時が早く進んでしまっていました。このように、今回の結果は、ストロンチウム光格子時計によって、協定世界時が刻む1秒の長さを評価できたことを示しています。そして、その評価結果は、6か月間にわたり、現行のセシウム一次周波数標準による各月の校正値と矛盾のない結果が得られることを確認しました。
このように協定世界時の1秒の長さを光原子時計で校正できることは、近い将来、秒の定義を現在のセシウムのマイクロ波遷移から他の原子種の光学遷移に変更するために満たすべき条件の一つとされています。なお、この協定世界時の16乗台後半に及ぶずれについて、BIPMは、2016年当時はそのままにしていましたが、2017年初頭から修正する頻度を上げており、現在では、協定世界時は、ほぼ±3×10-16以内を維持しています。

より高精度な標準時の実現へ

今回開発した「光・マイクロ波ハイブリッド方式」は、光格子時計の精度と水素メーザの信頼性という長所を組み合わせたものであり、将来的には日本標準時システムに利用することを見据えています。しかし、少なくとも1週間に1度のペースで運用を継続する必要があるため、修理に時間を要する不具合が起きても別の光時計がカバーできるような冗長性を確保することが必須となります。NICTでは、光格子時計2号機や単一イオン光時計等の開発を進めると同時に、可能であれば2011年にNICT-東大間で実現した世界初の光ファイバ接続*や、NICTが開発した搬送波位相利用衛星双方向周波数比較技術**等を利用して、国内外の他の拠点にある光時計とのリンクを活用して、標準時システムの一層の高精度化を図っていきます。
また、今回確立した方式による協定世界時の歩度評価の方法をCCTFの作業部会に報告して、協定世界時の歩度を評価する方法の一つとして採用されることを目指します。現在、周波数標準については、より高い性能が得られる光周波数標準へその重点がシフトしており、これまでどおりに、セシウム一次周波数標準による協定世界時の歩度校正を安定に継続できるかについて、少々懸念が生じつつあります。セシウム標準に依存せず、かつ光時計の連続運転を必要としない「光・マイクロ波ハイブリッド方式」は、これらの問題点を解決する現実的な方式となることが期待されます。
 
* 2011年8月4日、NICT報道発表
 
** 2014年5月27日、NICT報道発表

用語解説

光格子時計
光格子の概念図
光格子の概念図
2001年に東京大学大学院工学系研究科の香取秀俊准教授(当時)によって提案された光原子時計の方式の一つであり、現在ほとんどすべての先進国の標準研究所でその開発が精力的に進められている。特別な波長のレーザー光を干渉させて作った微小空間に、レーザー冷却された原子を捕獲し、これらの原子にレーザー光を当てて吸収する光の振動周波数を得る。この光の振動を数えることで1秒の長さを決めることができる。
光原子時計の方式としては、欧米発の単一イオントラップ時計もあり、一般にシステムが簡素になるが単一のイオンを利用するため信号強度が弱く、光格子時計に比べて長い信号積算時間が必要となる。
協定世界時
実質的な世界標準時となっており、日本を含めて各国の標準時がこれに同期している時刻系。国際度量衡局が、世界中の計量標準や天文学の公的研究所で運用されている原子時計400台以上の平均を取り、その進み具合を一次周波数標準によって校正して計算した結果(=国際原子時)に、うるう秒調整を加えたものである。計算は、5日ごとの0時(日本標準時では9時)ちょうどの瞬間だけについて行われ、5日ごとの各国の標準時等と協定世界時の時刻差という形で約1か月遅れて公表される。
国際度量衡局(BIPM, Bureau International des Poids et Mesures)
1875年に締結されたメートル条約に署名した国々が創設した恒久的な学術機関。加盟国政府の代表者が集う国際度量衡総会及びその下部委員会である国際度量衡委員会の指示に基づき計量標準に関する事業を行う。パリ郊外のセーブルにあり、時間周波数分野については、協定世界時を計算・決定する大きな役割を担っている。
水素メーザ原子時計
水素メーザ原子時計
水素メーザ原子時計
水素原子のマイクロ波遷移の共鳴周波数を基準にした原子時計。マイクロ波原子時計としては位相雑音が小さいが、系統誤差を抑制するのが難しく、長期的に周波数が変化する。
BIPM地球時
高精度なセシウム周波数標準を運用する国立標準研究所は、協定世界時が刻む1秒の長さを評価して国際度量衡局に報告する。国際度量衡局は、毎年1月にこの評価値を考慮して、協定世界時より精度が良かったと想定される時刻を算出し、協定世界時に対する補正値という形で公表する。これは、国際天文学連合が定義している地球時(Terrestrial Time)に相当するものであり、BIPM地球時という。
国際度量衡委員会時間周波数諮問委員会(CCTF, Consultative Committee of Time and Frequency)
国際度量衡総会で選出された最大18名の委員から構成される委員会を国際度量衡委員会(CIPM, Comité International des Poids et Mesures)と呼び、総会に代わり国際度量衡局を指揮監督する。国際度量衡委員会は、物理量の種類に応じて10個の諮問委員会に支えられている。そのうちの一つが時間周波数諮問委員会である。2026年の総会での決議が想定されている秒の再定義については、まず、この委員会で十分な技術的検討がなされた上で、CIPMに助言を行い、CIPMが勧告を出した上で総会で決議されることになる。

本件に関する問い合わせ先

電磁波研究所
時空標準研究室

井戸 哲也

Tel: 042-327-6527

E-mail: optical_timescale_%_ml.nict.go.jp

広報

広報部 報道室

廣田 幸子

Tel: 042-327-6923

Fax: 042-327-7587

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